第35話 繋がる糸
司令部からの帰路、レオンとアレクシスは、これまで集めてきた情報を、改めて整理することにした。
「まず、確認しておきたい」アレクシスが言った。「お前が疑っている輸送の不正、士官学校時代のものと、今回の南方戦線のもの、本当に繋がっていると思うか?」
「確証はない」レオンは正直に答えた。「だが、いくつかの符合がある」
レオンは、これまでの調査内容を、順を追って説明した。士官学校時代に見つけた輸送コストの異常。南方戦線で出会ったラドフォードという下士官の経歴。そして、両者に共通する、特定の商会の名前。
「その商会の名は?」
「『メルツ商会』。士官学校時代の資料にも、南方戦線の輸送記録にも、名前が出てくる」
アレクシスは、その名前を聞いて、わずかに眉を動かした。
「聞いたことがある名だ。……確か、私の親戚筋にあたる家と、取引関係があったはずだ」
「お前の家と?」
「正確には、私の父の従兄弟にあたる伯爵家だ」アレクシスは言った。「詳しいことは知らないが、軍需関連の商会と、密接な繋がりがあると、以前噂で聞いたことがある」
レオンは、その情報に、確かな手応えを感じた。
「その伯爵家の名は?」
「フェルナン家。南部に領地を持つ、比較的有力な家だ」
レオンは、これまで集めてきた資料の記憶を辿った。士官学校時代に見つけた、不自然に高い輸送コストの区間——それは確か、ある伯爵家の領地を通過するルートだった。
「……フェルナン家の領地、士官学校時代に俺が見つけた不正の場所と、重なる可能性がある」
「本当か」
「今すぐには断言できない。だが、調べる価値はある」
二人は、この符合を、慎重に検証していくことにした。だが、それは容易な作業ではなかった。軍の記録の多くは、南方戦域の各拠点に分散しており、まとめて確認することは難しい。
「地道に集めるしかないな」レオンは言った。
「時間がかかるだろうが、証拠がなければ、何も動かせない」アレクシスも同意した。
その日から、二人は表向きの職務——部隊の立て直しと補給体制の再構築——をこなしながら、密かに情報収集を進めることになった。
数日後、レオンは、以前情報をくれた荷車引きの若者に、再び接触した。
「あの件だが」レオンは、慎重に切り出した。「ラドフォード殿が指示していたルート、その荷を実際に受け取っていた業者の名前、分かるか」
「……業者の名前までは」若者は首を傾げた。「ただ、荷を引き渡す際に、いつも同じ紋章の入った馬車が待っていたのは、覚えています」
「紋章?」
「ええ。剣と麦穂を組み合わせたような紋章でした」
その説明に、レオンは息を呑んだ。士官学校時代に調べた資料の中に、まさにその紋章の記述があったことを、鮮明に覚えていたからだ。
「……フェルナン家の紋章だ」
レオンは、これで確信を深めた。士官学校時代に見つけた不正と、南方戦線で起きていること——両者は、間違いなく繋がっていた。
「これを、正式な証拠として提出できるか」
アレクシスに相談すると、彼は慎重な表情を見せた。
「荷車引きの証言だけでは、弱い。もっと確実な記録が必要だ」
「例えば?」
「輸送契約書、あるいは支払いの記録。それがあれば、動かぬ証拠になる」
「そういった書類は、どこで手に入る?」
「本来なら、軍の経理部門にあるはずだ」アレクシスは言った。「だが、そこへの接触は、慎重に行う必要がある」
二人は、経理部門への正式な照会を、あえて避けることにした。もし不正に関わる人間が経理部門に近い立場にいれば、証拠が握りつぶされる、あるいは改竄される危険があったからだ。
「別の方法を考えよう」レオンは言った。「例えば、実際に取引に関わった商人から、間接的に情報を得るとか」
「商人、か」アレクシスは、レオンを見た。「お前の父上は、以前この地域で商売をしていたと聞いたが」
レオンは、以前ドノヴァンから聞いた話を思い出した。父グランが、かつて南方軍への物資納入を行っていたという話だった。
「……父に、聞いてみる価値はあるかもしれない」
「連絡は取れるのか」
「手紙なら。ただ、返事が届くまでに、時間がかかる」
「今できることから、始めよう」
その夜、レオンは久しぶりに、父への手紙を書いた。士官学校時代から、あまり頻繁に連絡を取っていなかった父に対して、今回の件について、率直に助けを求める内容だった。
『父上、南方戦線で、フェルナン家とメルツ商会が関わる、輸送の不正の疑いを追っています。以前、この地域で商売をされていたと聞きました。何かご存知のことがあれば、教えていただけないでしょうか』
筆を置いた後、レオンは、しばらくその文面を見つめていた。
(親父は、何を知ってるんだろうな)
これまで、父の過去について、深く尋ねたことはなかった。だが今、この調査を進める中で、父の知識が、思いがけない鍵になる予感がしていた。
手紙を送り出した数日後、レオンとアレクシスは、引き続き現地での情報収集を続けていた。だが、その動きは、決して誰にも気づかれていないわけではなかった。
「最近、ヴァイス殿とレーヴェン殿が、妙に動き回っているようだが」
駐屯地の一角で、そんな囁きが交わされていることを、レオンはまだ知らなかった。
調査は、着実に進んでいる。だが、それと同時に、レオンとアレクシスの動きは、少しずつ、見えない誰かの目にも留まり始めていた。




