第34話 言葉の代償
「戦術的再配置」から三日が経過した頃、南方軍司令部から、レオンとアレクシスに対して、正式な召集がかかった。
「二人とも、司令部まで出頭せよ」
その通達を受け取った瞬間、レオンは緊張を隠せなかった。
「……来たか」
「予想はしていた」アレクシスも、平静を装いながらも、表情はいくらか硬かった。
司令部への道中、二人はほとんど言葉を交わさなかった。それぞれが、これから起こりうる事態を、頭の中で想定していた。
司令部に到着すると、そこには、これまで顔を合わせたことのない、高位の将官が待っていた。
「レオン・ヴァイス、アレクシス・フォン・レーヴェン、両名だな」
「はい」
将官は、二人の顔を、しばらく無言で見つめた。その視線には、明確な感情が読み取りにくく、レオンは内心で身構えた。
「先日の『戦術的再配置』について、詳しく説明してもらおうか」
レオンとアレクシスは、事前に打ち合わせていた通りの説明を、冷静に行った。補給状況の悪化、兵士の疲弊、そして——これ以上の進軍が、部隊の壊滅につながりかねないという判断。
説明を聞き終えた将官は、しばらく沈黙した後、口を開いた。
「率直に聞く。これは、実質的な撤退だったのではないか」
レオンは、一瞬言葉に詰まった。ここで嘘をつくべきか、それとも正直に認めるべきか——その判断が、レオンの中で激しくせめぎ合った。
先に口を開いたのは、アレクシスだった。
「はい」アレクシスは、はっきりと認めた。「実質的には、撤退の判断でした」
レオンは、その正直な回答に、驚きを隠せなかった。
「アレクシス——」
「隠しても、いずれ明らかになることだ」アレクシスは、レオンに小さく言った後、将官に向き直った。「これは私の判断です。責任は、私が負います」
「私も同じ判断をしました」レオンも、すぐに言葉を続けた。「責任は、二人で分かち合うべきです」
将官は、二人のやり取りを、じっと見つめていた。
「……正直な回答、評価する」将官は、意外にも穏やかな声で言った。「実のところ、現場からの詳細な報告は、すでにいくつか届いている。お前たちの判断が、多くの兵士を救ったという評価もある」
その言葉に、レオンは少し肩の力が抜けるのを感じた。
「では——」
「だが」将官は、続けて言った。「命令系統を無視した独断であることに、変わりはない。正式な処分については、今後の検討事項とする」
その曖昧な結論に、レオンは複雑な感情を抱いた。責められることも、称賛されることも、明確にはされない——それが、この帝国の、現実的な処理の仕方なのかもしれなかった。
「一つ、聞かせてもらいたい」将官は、話を続けた。「今後の南方戦域について、お前たちの見解を聞きたい」
レオンとアレクシスは、顔を見合わせた。この機会を、逃すわけにはいかなかった。
「現状の補給体制のままでは、カルディオへの進軍再開は、極めて危険だと考えます」レオンは言った。「まずは、後方の輸送体制を、根本的に見直す必要があります」
「輸送体制の、どこに問題があると?」
レオンは、これまで抱えていた疑念——特定の輸送ルートで繰り返されていた「損耗」の不自然さについて、慎重に言葉を選びながら説明した。
「……その件については、把握している」将官は、意外な反応を示した。「軍需に関する不正の疑いは、以前から一部で囁かれていた」
「それなら——」
「だが、証拠が不十分だ。噂だけでは、誰も処分できない」
その言葉に、レオンは、士官学校時代に感じた無力感を、再び思い出していた。証拠を集めても、それを実際に是正する仕組みが、この帝国には、十分に機能していないのかもしれない。
「もし、明確な証拠が集まれば、対処していただけますか」レオンは、思い切って尋ねた。
将官は、レオンをしばらく見つめた後、静かに答えた。
「証拠次第だ。だが、それを集める過程で、お前自身が危険に晒される可能性もあることは、覚悟しておけ」
その警告は、レオンにとって、決して軽いものではなかった。
会議が終わり、司令部を出た後、レオンとアレクシスは、しばらく無言で歩いていた。
「アレクシス」レオンは、先ほどのやり取りを思い返しながら言った。「なんで、正直に認めた? 誤魔化す選択肢もあったはずだ」
「誤魔化しても、いずれ明るみに出る」アレクシスは言った。「それなら、最初から正直に言った方が、信頼を得られる」
「……計算高いな」
「褒め言葉として受け取っておく」
二人は、久しぶりに、小さく笑い合った。
「これから、どうする?」レオンは尋ねた。
「まずは、部隊の立て直しだ」アレクシスは言った。「そして——」
「そして?」
「お前が気にしている、輸送の不正の件。私も、協力する」
「いいのか。お前の家にも、関わりのある話かもしれないぞ」
「だからこそだ」アレクシスは、静かに言った。「もし本当に、私の知る誰かが関わっているなら、それを見過ごすことは、私の信念に反する」
その言葉に、レオンは、士官学校時代から続く、アレクシスとの関係の変化を、改めて実感していた。対立から始まった二人が、今は、共通の目的に向かって、共に歩もうとしている。
(この国を変えるには、まだ長い道のりがある)
だが、少なくとも、その道を一人で歩む必要はないのだと、レオンは感じ始めていた。
南方の空に、夕日が沈みかけていた。困難な戦線は、まだ終わっていない。だが、レオンとアレクシス、二人の絆と決意は、これまでで最も強固なものになっていた。




