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豪商生まれのただの平民士官【帝国改革記】  作者: 橘秀斗
南方戦域

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第31話 北から来た男

 援軍が到着したのは、それから二日後のことだった。


 埃を巻き上げながら進んでくる部隊の先頭に、見覚えのある姿があった。士官学校時代よりも、幾分か引き締まった立ち姿。だが、その佇まいの端正さは、変わっていなかった。


「アレクシス」


 レオンが声をかけると、相手はこちらに気づき、馬を止めた。


「レオン・ヴァイス」アレクシスは馬から降りながら言った。「まさか、こんな場所で会うとはな」


「こっちの台詞だ。北方はどうだった?」


「お前が想像するより寒かった」


「戦争の感想を聞いたんだけどな」


「人間は寒いと、余計に言うことを聞かなくなる」


 その素っ気ない返しに、レオンは思わず笑った。二年前、士官学校で交わしていたような軽口が、自然と口をついて出た。


「変わらないな、お前」


「そちらこそ」アレクシスは、レオンの顔をしげしげと見た。「少し、雰囲気が変わったか」


「実戦を何度か経験すれば、誰でも変わる」


 二人は、簡単な近況の報告を交わした後、すぐに本題に入った。援軍として合流したアレクシスの部隊は、南方戦域の状況を正式に共有される必要があった。


「率直に聞きたい」アレクシスは言った。「今の補給状況、正確なところはどうなっている?」


 レオンは、隠すことなく、これまでの試算と懸念を説明した。進軍の速度に対して、補給線がどれほど伸びきっているか。物資の消耗が、どのペースで進んでいるか。


「……深刻だな」アレクシスは、レオンの説明を聞き終えると、静かに言った。「中央には、この状況、正確に伝わっているのか」


「伝えてはいる。だが、攻勢の方針自体は変わっていない」


「予想はしていたが……」アレクシスは、地図を見つめながら続けた。「北方でも、似たような状況があった。現場の実態と、中央の判断が乖離することは、珍しくない」


「お前の部隊は、このまま前線に合流するのか」


「そのつもりだ。だが、援軍として来た以上、私にも状況を報告する義務がある」


 レオンは、アレクシスのその言葉に、士官学校時代とは違う重みを感じた。北方戦線での経験が、この男に、単なる理想論ではない、現実的な判断力を与えているように見えた。


 その日の夕方、二人は仮設本部で、改めて今後の方針について話し合った。


「私の部隊は、士気も練度も、ある程度整っている」アレクシスは言った。「進軍を支援する形で合流できる」


「だが、その部隊にも、物資が必要になる」レオンは指摘した。「今の補給体制のままだと、援軍の到着は、状況を一時的に良くするだけで、根本的な解決にはならない」


「では、お前の見立てでは、どうするべきだと?」


「カルディオへの進軍を、これ以上続けるべきではないと思っている」レオンは、はっきりと言った。「都市を奪取できても、維持できなければ、意味がない」


「撤退を進言する、ということか」


「まだ、正式には言い出していない。だが、そう遠くないうちに、その判断が必要になる」


 アレクシスは、しばらく沈黙した後、静かに言った。


「その判断、簡単には受け入れられないぞ」


「分かってる」


「中央からの命令は、進軍継続だ。撤退を進言すれば、命令違反と受け取られかねない」


「それでも、このまま進軍を続ければ、部隊そのものが壊滅しかねない」


 二人の間に、士官学校時代と同じ、根本的な視点の違いが再び浮かび上がっていた。レオンは現実的な兵站の限界を見て、アレクシスは命令系統と組織の秩序を重視する。


 だが、その視点の違いは、以前とは違う形で、噛み合い始めていた。


「一つ、提案がある」アレクシスは言った。「今すぐ撤退を進言するのではなく、まず、私の部隊と共に、現状の維持が可能かどうか、実際に検証してみないか」


「検証?」


「お前の試算が正しいなら、遠からず、誰の目にも明らかな形で、限界が見えてくるはずだ。その時点で、私も共に、撤退を進言する」


「……今すぐには、動かないってことか」


「今動いても、証拠のない懸念として、退けられる可能性が高い」アレクシスは冷静に言った。「明確な根拠があれば、話は違ってくる」


 レオンは、その提案に、しばらく考え込んだ。以前のレオンなら、すぐにでも行動を起こしたいと考えただろう。だが、士官学校での経験、そしてこれまでの実戦での失敗が、レオンに、より慎重な判断を選ばせていた。


「……分かった。お前の言う通りにしよう」


「それと、レオン」アレクシスは、続けて言った。「今回は、私も君と同じ立場で動く。北方での経験から、私自身、中央の判断がいつも正しいとは限らないことを、学んでいる」


 その言葉には、士官学校時代のアレクシスにはなかった、何か新しい確信のようなものが滲んでいた。


「お前も、変わったんだな」


「人間は、経験を積めば変わる」アレクシスは、レオンの以前の言葉を、そのまま返すように言った。


 二人は、久しぶりに、対立ではなく、共通の目的に向かって歩み始めていた。だが、その先に待っているのは、これまでで最も困難な戦いになることを、二人ともまだ、完全には理解していなかった。


 夜、レオンは仮設本部の外で、静かな空を見上げていた。


 (あいつと、また同じ場所に立ってる。……士官学校の頃とは、違う意味でな)


 カルディオへの進軍は、今も続いている。そして、レオンとアレクシスの新たな共闘が、この南方戦線の行方を、大きく左右することになろうとしていた。

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