第28話 見えていなかった戦場
輸送隊への襲撃が成功して以来、レオンの立てる作戦は、駐屯地内で一目置かれるようになっていた。
「ヴァイス殿の読みは確かだ」
「今度の補給計画も、あいつに相談した方がいい」
そうした声が、次第に増えていった。レオンにとって、それは悪い気分ではなかった。だが同時に、これまでの士官学校での経験から、レオンはある種の警戒心も持ち合わせていた。
(褒められて調子に乗ってると、また足元をすくわれる)
その予感は、思いのほか早く現実になった。
襲撃成功から一週間後、中隊長がレオンを呼び出した。その表情は、これまでにないほど険しかった。
「レオン、報告がある」
「何でしょうか」
「第九師団の担当区域、南西の戦線で、大規模な後退が発生した」
レオンは、その名前に息を呑んだ。
「第九師団……ユリウスの部隊が」
「ああ。詳細な被害状況はまだ分からんが、かなりの損害が出ているらしい」
「原因は?」
「敵の集中攻撃だ。だが、問題はそれだけじゃない」中隊長は、レオンの目をまっすぐに見た。「南西戦線への補給が、大幅に不足していたことが分かっている」
その瞬間、レオンの中で、何かが繋がった。
「……まさか」
「お前が立てた輸送計画、そして先日の襲撃作戦——それに割かれた物資と護衛兵力が、結果的に南西戦線への配分を圧迫していた可能性がある」
レオンは、言葉を失った。
(俺は、この戦場だけを見ていた。全体を見てなかった)
これまでレオンが立てた作戦は、確かに目の前の課題を解決していた。輸送ルートの改善、敵補給線への攻撃——どれも、局所的には成功していた。だが、それが全体の中でどのような影響を及ぼすのか、レオンは十分に考えていなかった。
「すぐに、詳細な状況を確認させてください」
「もう遅い」中隊長は苦い顔で言った。「今から報告書を洗い直したところで、起きたことは変わらない」
レオンは、その場に立ち尽くした。自分の作戦の成功が、別の場所での犠牲につながっていたという事実が、重くのしかかっていた。
その日の夜、レオンは自室にこもり、南方戦域全体の兵力配置図を、改めて広げていた。
(俺の視点は、狭すぎた)
輸送ルートの改善は、確かに自分の担当区域にとっては正しい判断だった。だが、限られた護衛兵力と輸送資源を、他の戦線から奪う形になっていたことに、レオンは今更ながら気づいた。
「……戦争は、一つの戦場だけで行われてるわけじゃない」
その言葉は、以前ガレスから聞いた教えと、どこか重なっていた。「戦場では、自分の計算通りに事が運ぶとは限らない」という言葉は、今、まったく違う意味を持って、レオンの胸に響いていた。
翌朝、レオンはユリウスの安否を確認するため、情報を集め始めた。
「第九師団の被害状況、詳しく分かりますか」
連絡将校に尋ねると、少し困惑した様子で答えが返ってきた。
「まだ全容は掴めていません。ですが、負傷者はかなりの数に上ると聞いています」
「ユリウス・アルベルト殿の安否は」
「……申し訳ありません、そこまでは」
レオンは、じりじりとした不安を抱えながら、続報を待つしかなかった。
その日の午後、レオンは中隊長に、自分の考えを率直に伝えた。
「今後の作戦立案では、自分の担当区域だけでなく、南方戦線全体の物資配分を考慮する必要があると思います」
「言うのは簡単だが、実行は難しいぞ」中隊長は言った。「戦線ごとに指揮系統が分かれている。全体を見渡して調整できる立場の人間は、限られている」
「では、自分にできることは何でしょうか」
「少なくとも、自分の判断が周囲にどう影響するかを、常に考え続けることだろうな」中隊長は言った。「今回の件は、お前一人の責任じゃない。だが、この経験を無駄にはするなよ」
レオンは、その言葉を胸に刻んだ。
「もう一つ、聞いていいでしょうか」
「何だ」
「南西戦線への補給不足、これは単なる配分のミスだったんでしょうか。それとも——」
レオンは、士官学校時代から抱えている疑念を、思わず口にしかけた。中隊長は、その質問の意図を察したように、一瞬視線を逸らした。
「今は、それを詮索する時ではない。まずは、被害の全容を把握することだ」
その反応に、レオンは何かを感じ取った。だが、今はそれを追及する状況ではなかった。
数日後、ユリウスからの短い書簡が届いた。
『無事だ。だが、部隊の多くを失った。詳しくは、また会った時に話す』
その簡潔な文面に、レオンは複雑な安堵と、深い後悔を同時に感じていた。
(俺の作戦の成功が、お前たちの犠牲と繋がってたかもしれない)
自分の視野の狭さが招いた結果——それは、これまでのどの敗北よりも、レオンにとって重い意味を持つ教訓となった。
(一つの戦場を救うことが、別の戦場を犠牲にすることになる。……この戦争、どこまで複雑なんだ)
南方の乾いた空の下、レオンはこれまで以上に、戦争という仕組みそのものへの理解を、深めていく必要性を感じていた。




