第27話 初めての実戦
新ルートの成功から数日後、駐屯地に緊迫した空気が流れ始めた。
「サルディア軍、動きがあるようです」
偵察部隊からの報告が、次々と司令部に届けられていた。レオンも、兵站担当としてその情報を共有される立場になっていた。
「敵軍、街道沿いに輸送隊を展開させている模様」
その報告を聞いた瞬間、レオンの頭は自然と回転し始めていた。
「輸送隊の規模と、進行方向は?」
「中規模、およそ二十台の荷馬車。北東の街道を、こちらの前線陣地に向けて進んでいる様子です」
レオンは地図を広げた。士官学校時代に叩き込まれた地形分析の癖が、そのまま実戦の場でも動き出していた。
「これは……敵の前線部隊への補給線だな」
「そのようです」
「中隊長、提案があります」
レオンは、中隊長のもとへ急いだ。
「敵の輸送隊、狙う価値があると思います」
「輸送隊を?」中隊長は意外そうな顔をした。「本隊への攻撃ではなく?」
「本隊は数で優勢です。正面から当たれば、こちらの被害も大きくなります。ですが、輸送隊なら、少数の兵力で、大きな戦果が見込めます」
「根拠は?」
「敵の前線部隊は、この輸送隊からの補給に依存しているはずです。これを断てば、敵の前線部隊そのものの継戦能力を削げます」
中隊長は、しばらく地図を見つめた。
「……面白い。だが、お前自身に実戦経験がないことは、承知しているな」
「承知しています。ですが、作戦立案と、現場での指揮は分けて考えていただければと」
「つまり、お前は作戦だけ立てて、実行は別の者に任せる、と?」
「いえ」レオンは、これまでの経験から得た結論を、はっきりと口にした。「自分の立てた作戦です。責任を持って、現場にも同行します」
中隊長は、レオンをしばらく見つめた後、頷いた。
「……いいだろう。小隊規模での襲撃部隊を編成する。指揮は、経験のあるベテラン下士官に任せるが、お前も同行を許可する」
「ありがとうございます」
編成された部隊は、三十名ほどの小規模な襲撃隊だった。指揮を執るのは、豊富な実戦経験を持つ下士官、ハーケンという男だった。
「新任の兵站屋が、何しに来た」
出発前、ハーケンはレオンに対して、あからさまに懐疑的だった。
「作戦を立てたのは自分です。現場も見ておきたい」
「足手まといになるなよ」
その言葉に、レオンは反論しなかった。実戦経験がないことは事実だった。ただ、地形と敵の動きを読む自分の目を、この場で証明したいという思いもあった。
夜間、部隊は街道脇の茂みに身を潜め、輸送隊の接近を待った。
「静かに。合図まで動くな」
ハーケンの低い声が、緊張した空気の中に響いた。
やがて、遠くから馬車の車輪の音と、複数の話し声が聞こえ始めた。レオンは、地図で確認していた通りの位置に、輸送隊が近づいてくるのを、息を潜めて見守っていた。
(想定通りの進路だ)
輸送隊が、狙い定めた地点——道幅が狭く、両側に茂みがある区間に差し掛かった瞬間、ハーケンが手を上げた。
「今だ! かかれ!」
合図と共に、襲撃部隊が一斉に動き出した。輸送隊の護衛は少なく、突然の襲撃に、ほとんど反撃らしい反撃もできないまま、混乱に陥っていった。
レオンは、初めて目の当たりにする実戦の光景に、一瞬息を呑んだ。怒号、悲鳴、荷馬車の軋む音——これまで演習で経験してきたものとは、まるで違う緊張感だった。
「士官殿! 荷の中身、確認しますか!」
部下の一人が、レオンに声をかけてきた。レオンは、はっとして意識を切り替えた。
「ああ、確認する。食料と武器の量を、正確に把握してくれ。全部持ち帰る必要はない。使えるものだけ回収して、残りは焼却するか、あるいは——」
「あるいは?」
「敵が回収しに戻ってくる前に、こちらで使い物にならないよう処理する。持ち帰る余裕がないなら、それが最善だ」
この判断は、士官学校時代に学んだ「兵站の重要性」を、逆の視点から実行するものだった。奪うだけでなく、使えなくすることも、敵の戦力を削ぐ有効な手段になる。
襲撃は、想定していたよりも短時間で終了した。護衛の敵兵の多くは投降し、輸送隊は完全に無力化された。
「……見事だな」
撤収の準備をしながら、ハーケンが珍しく素直な言葉を口にした。
「作戦は間違ってなかった、ってことですかね」
「作戦だけじゃない。荷の処理の判断も、悪くなかった」ハーケンは言った。「兵站屋にしちゃ、肝も据わってるじゃないか」
「初めての実戦で、緊張してましたけどね」
「それが普通だ。緊張もせずに戦場に立つ奴の方が、よっぽど信用できん」
駐屯地への帰路、レオンは自分の作戦が、初めて実戦の場で成果を上げたことに、確かな手応えを感じていた。だが同時に、目の前で見た混乱と暴力の光景が、レオンの中に、これまでにない重みを残していた。
(これが、本物の戦争、か)
演習で学んだ理論と、目の前で起きた現実——その二つが、レオンの中で初めて明確に結びついた瞬間だった。
駐屯地に戻ると、この襲撃の成功は、すぐに中隊長のもとへ報告された。
「敵の輸送隊を無力化、か」中隊長は満足げに言った。「よくやった」
「作戦は上手くいきました。ですが——」
「ですが?」
「この程度の成果で、戦争全体が変わるわけではないと思います。敵も、こちらの動きに応じて、対策を講じてくるはずです」
その言葉に、中隊長は少し驚いた顔をした。
「随分と、冷静だな」
「浮かれている場合ではないと思っただけです」
レオンの言葉には、士官学校時代から一貫している、現実主義的な視点があった。一つの成功に満足せず、常に次の一手を考える——それが、レオンの戦い方だった。
だが、この時のレオンには、まだ分かっていなかった。
この局地的な成功の裏で、別の戦線が、静かに危険な状況へと向かっていることを。




