第26話 証明された数字
新ルートでの試験輸送は、三日後に実行されることになった。
レオンは、荷車引きたちの中から、以前情報をくれた若者を含む数名に協力を依頼した。人数は少なく、輸送量も限られている。だが、これは「実績」を作るための第一歩だった。
「新しいルート、本当に安全なんですか」
出発前、若い荷車引きが不安げに尋ねた。
「安全とは言い切れない」レオンは正直に答えた。「だが、少なくとも、これまでのルートより、不自然な『損耗』が起きる可能性は低い」
「士官様も、一緒に来るんですか」
「ああ。責任は俺が取る」
その言葉に、荷車引きたちの表情が、わずかに和らいだ。
新ルートは、これまでの街道より距離はやや長いが、レオンが地図と地形を照らし合わせて選んだ、比較的安全と思われる道筋だった。途中、川沿いの集落を経由することで、水の確保もしやすく、休憩地点としても機能する。
「思ったより、道が悪くないですね」
行軍を進める荷車引きの一人が、意外そうに言った。
「以前のルートは、なぜあんなに悪路を選んでたんでしょうか」
「さあな」レオンは曖昧に答えた。まだ確証のない話を、この場で口にするつもりはなかった。
道中、レオンは念のため、護衛の兵士たちにも周辺の警戒を徹底させた。これまでの記録にあった「盗難」が、本当に偶発的なものなのか、それとも意図的なものなのか——その答えは、まだ分からない。だが、備えを怠るつもりはなかった。
二日間の行軍を経て、輸送隊は無事に前線の駐屯地へ到着した。
「届いた物資、記録と照らし合わせてみろ」
レオンの指示に、確認作業が行われた。結果は、明確だった。
「……損耗、ほぼゼロです」
報告を受けた中隊長付きの記録係が、驚いた様子で言った。
「これまでの平均損耗率は、二割近くあったはずだが」
「今回のルートでは、記録上の損耗が発生していません」
その報告は、すぐに中隊長のもとへ届けられた。
「……本当に、ゼロなのか」
レオンから直接報告を受けた中隊長は、しばらく資料を見つめた後、複雑な表情を浮かべた。
「新ルートの結果は、明確です」レオンは言った。「これを踏まえて、輸送ルートの見直しをお願いしたいと思います」
「……分かった」中隊長は頷いた。「この結果を、正式な報告として上げよう」
その報告は、思いのほか早く駐屯地内に広まった。
「新任の士官が、輸送ルートを変えて、損耗をゼロにしたらしいぞ」
「あの、商人の息子だとかいう」
噂話として広がる中、当然、ラドフォードの耳にも届くことになった。
「……お前か」
その日の午後、レオンはラドフォードに呼び出された。倉庫の裏手、人気のない場所だった。
「何のつもりだ」ラドフォードは低い声で言った。「俺のルートを無視して、勝手に別のルートを試すとはな」
「試験的な取り組みです。結果は、ご覧の通りでした」
「結果、結果と……お前、自分が何をしたか、分かっているのか」
その言葉には、単なる縄張り意識以上の何かが滲んでいた。
「あなたが管理していたルートで、なぜ『損耗』が繰り返し起きていたのか、教えていただけますか」
ラドフォードの表情が、明確に強張った。
「……知らんな」
「本当に、知らないんですか」
「新任が、生意気な口を利くんじゃない」
「生意気なつもりはありません。ただ、事実を確認したいだけです」
ラドフォードは、しばらくレオンを睨みつけた後、吐き捨てるように言った。
「調子に乗るなよ、坊主。お前が知らないだけで、この戦場には、お前の理屈じゃどうにもならないことが、山ほどあるんだ」
その言葉を最後に、ラドフォードは足早に立ち去った。
(……何かある。確信はできないが、間違いなく)
レオンは、その背中を見送りながら、内心で考えを整理していた。今の段階で、これ以上ラドフォードを追及するのは得策ではない。証拠もまだ十分ではないし、何より、今は目の前の部隊を維持することが最優先だった。
その夜、中隊長がレオンを呼び出した。
「今回の件、上からも評価されている」中隊長は言った。「南方軍全体で、輸送ルートの見直しを検討するべきだ、という声も出始めているそうだ」
「ありがとうございます」
「だが」中隊長は声を落とした。「お前がやったことは、既存のやり方に波風を立てることでもある。今回はうまくいったが、この先も同じようにいくとは限らない」
「覚悟はしています」
中隊長は、レオンをしばらく見つめた後、小さく頷いた。
「……お前の父親も、こういう男だったのか」
「……分かりません。父の若い頃のことは、あまり知らないので」
「そうか」
その夜、レオンは宿舎で一人、今日の出来事を振り返っていた。数字による証明は、確かに一つの成果を上げた。だが、ラドフォードの態度、そして中隊長の含みのある言葉——それらは、この南方戦線に、まだ表に出ていない何かが潜んでいることを、レオンに強く感じさせていた。
(士官学校で見た輸送不正と、ここで起きてることは、繋がってるのか?)
まだ答えは出ない。だが、レオンの中で、その疑念は確実に大きくなっていた。
窓の外、南方の乾いた風が、静かに吹き抜けていった。




