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豪商生まれのただの平民士官【帝国改革記】  作者: 橘秀斗
南方戦域

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第25話 軋む現場

 夜通し記録と地図を睨み続けたレオンは、翌朝には一つの案をまとめ上げていた。


「輸送ルートを、一部変更したいと思います」


 中隊長への報告を終えたレオンは、その足で、現場の輸送隊を統括する下士官のもとへ向かった。


「輸送隊を、変更だと?」


 下士官——ラドフォードという名の、四十絡みの男だった——は、露骨に不機嫌な顔をした。


「今のルートは、盗難や損耗の記録が異常に多い区間を通っています。迂回すれば、届く物資の量が増えるはずです」


「迂回すれば、その分距離が伸びる。時間もかかる」


「距離は伸びますが、届く量が増えれば、結果的には効率が良くなります」


「新任が来て早々、何を偉そうに」ラドフォードは鼻を鳴らした。「このルートは、俺が長年管理してきたものだ。素人が地図だけ見て、口を挟むんじゃない」


「素人じゃない。事実を、記録から読み取っただけです」


「記録なんぞ、いくらでも都合よく読める」


 レオンは、この反応に少し驚いた。ただの現状維持ではなく、何か別の感情——警戒に近いものを感じたからだ。


「一つ、確認させてください」レオンは慎重に言葉を選んだ。「このルート、特定の輸送業者が長く請け負っているんですか」


 ラドフォードの表情が、わずかに強張った。


「……それが、何の関係がある」


「関係あるかどうかは、調べてみないと分かりません」


「新任のくせに、随分と首を突っ込むんだな」


 その日は、それ以上の話し合いにはならなかった。レオンは中隊長に事情を報告したが、返ってきたのは煮え切らない反応だった。


「ラドフォードは、この駐屯地で長く輸送を仕切っている。彼を無視して事を進めれば、現場が混乱する」


「ですが、現状のままでは物資が持ちません」


「分かっている。だが、慎重にやってくれ」中隊長は疲れたように言った。「私にも、上に説明できる材料が必要だ」


 (結局、誰も本気で動こうとしない、ってことか)


 レオンは、士官学校時代に見た輸送コスト不正の一件を思い出した。あの時と同じ、既得権益の匂いが、ここにも漂っていた。


 だが今は、それを暴くことより先に、目の前の部隊を生かすことが優先だった。


「トーマなら、こういう時どうするかな」


 思わず呟いた言葉に、レオンは自嘲気味に笑った。ここには、あの人懐っこい友人はいない。自分一人で、この現場をなんとかしなければならなかった。


 レオンは、正面からの対立を避け、別の角度から動くことにした。


 その日の夕方、レオンは輸送隊の末端で働く荷車引きたちのもとを訪れた。士官学校での兵站演習で得た教訓——「数字の裏には人がいる」——を、実践する時だった。


「お前ら、いつもこのルートを走ってるんだよな」


「そうですが……士官様が、何の用で」


 荷車引きたちは、警戒した様子でレオンを見た。


「率直に聞きたい。このルート、何か問題を感じたことはないか」


 荷車引きたちは、顔を見合わせた。誰も、すぐには答えなかった。


「別に、告げ口させたいわけじゃない」レオンは続けた。「ただ、物資が届かなくて、前線の部隊が困ってる。俺は、それを何とかしたいだけだ」


 しばらくの沈黙の後、若い荷車引きの一人が、おずおずと口を開いた。


「……あの区間、いつも決まった場所で、荷が『盗まれた』ことになるんです」


「決まった場所?」


「はい。ラドフォード様の指示で、必ずそこを通れと言われていて。でも、その場所を過ぎるたびに、荷が減ってるって話を、仲間から聞いたことがあります」


 レオンは、内心で確信を深めた。だが、この情報だけでは、まだ証拠として弱い。


「ありがとう。この話は、お前らから聞いたとは言わない」


「……士官様、俺たちに何かあったりは」


「しない」レオンは言い切った。「約束する」


 その夜、レオンは新たな情報を基に、さらに調査を進めた。問題の区間の地理、周辺の集落、そして——ラドフォードの経歴を、可能な範囲で調べた。


 (この男、着任前は、どこの部隊にいたんだ?)


 調べを進めるうちに、レオンはある一つの符合に気づいた。ラドフォードが以前所属していた部隊は、士官学校時代に見つけた、あの不自然な輸送契約に関わっていた地域と、近い場所だった。


 (偶然、か? それとも——)


 まだ確証はない。だが、この符合は、レオンの中で無視できないものになっていた。


 (今すぐ動くのは、得策じゃない。まずは、目の前の部隊を生かすことが先だ)


 レオンは、証拠集めを一旦保留し、まずは現実的な対策に集中することにした。ラドフォードと正面から対立するのではなく、別の輸送ルートを、実績で示すことにしたのだ。


 翌朝、レオンは中隊長のもとへ再び向かった。


「ラドフォード殿とは別に、私が試験的に、少数の輸送隊を新ルートで走らせる許可をいただけませんか」


「別ルート、か」中隊長は少し考えた。「……試験的に、というなら、悪くないだろう」


「ありがとうございます」


 レオンの中に、静かな決意が芽生えていた。正面から不正を暴くことは、今はまだできない。だが、結果を示すことならできる。


 (数字で証明してやる。俺のやり方が、間違ってないってことを)


 新たな輸送計画の実行に向けて、レオンは動き出した。この試みが、南方戦線での最初の転機になるかどうかは、まだ誰にも分からなかった。

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