第24話 補給倉庫にて
南方戦域、第七師団駐屯地。
着任二日目の朝、レオンは早速、補給倉庫の実態調査に取りかかっていた。
「新任士官が、こんな場所に何の用だ」
倉庫の管理を任されている老兵——名をドノヴァンといった——が、胡散臭そうな目でレオンを見た。
「配属先の状況を、自分の目で確認しておきたいだけです」
「士官学校出のお坊ちゃんが、わざわざ倉庫なんぞ見に来るとはな」
「お坊ちゃんじゃなくて、商人の息子ですよ」
「ああ? ……ヴァイス商会の?」
老兵の目つきが、わずかに変わった。
「知ってるんですか」
「知らいでか。南方軍の物資、昔はお前さんとこの商会も扱ってたはずだ。もう十年近く前だがな」
レオンは初耳だった。父が南方戦域にまで納入していたとは、これまで聞いたことがなかった。
「……その話、詳しく聞いてもいいですか」
「今は、それどころじゃないだろう」老兵は肩をすくめた。「見ての通りだ」
レオンは改めて倉庫の中を見渡した。棚には食料の袋がまばらに積まれているだけで、本来あるべき量の半分にも満たない。武器や矢の予備も、驚くほど少なかった。
「これで、部隊は何日戦えるんです?」
「戦えて、あと五日ってところだな。補給が届けば別だが」
「補給の予定は?」
「予定はある。だが、予定通り届いたことなんぞ、この一年ろくにないぞ」
レオンは、士官学校で見た南方戦域の報告書を思い出した。「補給は予定通り」という中央への報告と、目の前の現実とのあまりの乖離に、改めて言葉を失った。
(数字だけ見て納得してた自分が、恥ずかしくなるな)
「輸送記録を見せてもらえますか」
「見てどうする」
「現状を正確に把握しないと、対策も立てられません」
老兵はしばらくレオンを値踏みするように見た後、渋々といった様子で記録帳を差し出した。
「好きにしろ。誰も見向きもしなかった記録だがな」
レオンは記録帳を持ち帰り、その日の午後、自分の宿舎で内容を読み込み始めた。輸送日程、届いた物資の量、遅延の理由——士官学校時代に培った分析力を、フルに動員した。
数時間後、レオンはいくつかの傾向を見出していた。
輸送の遅延は、単純な距離や天候の問題だけではなかった。特定の街道区間で、繰り返し「盗難」や「損耗」として処理されている記録がある。損耗率にしては、明らかに不自然な数字だった。
「……これ、また同じパターンか」
士官学校時代、輸送コストの不自然な独占を見つけた時のことが、レオンの脳裏をよぎった。だが今は、それを追及する立場にはない。まずは、目の前の部隊をどう戦わせるかを考えなければならなかった。
夕方、レオンは直属の上官である中隊長のもとへ向かった。
「中隊長、補給状況について、報告があります」
中隊長は、疲れた顔でレオンを一瞥した。
「新任か。手短に頼む」
「現在の物資量では、あと五日で食料が尽きます。輸送記録を見る限り、今後の補給も予定通りには届かない可能性が高いです」
「……分かっている」中隊長は苦々しげに言った。「だが、中央への報告では『補給は概ね順調』となっている。今さら変えられん」
「実態と違う報告をしているんですか」
「私が始めたことじゃない」中隊長は低い声で言った。「これは、私が着任するずっと前から続いていることだ。実態通りに報告すれば、司令部の無能を認めることになる。誰もそれを望まない」
レオンは、その言葉に強い違和感を覚えた。だが、今この場で議論しても、状況は変わらない。
「では、現実的な対策を、私に立てさせてもらえませんか」
「対策?」
「現在の輸送ルートと配分を見直せば、少なくとも今の物資で、あと二日は延命できます。その間に、別の補給手段を確保できないか、調べてみます」
中隊長は、レオンをしばらく見つめた。
「……新任にしては、妙に落ち着いているな」
「士官学校で、兵站を専門に学んできましたので」
「話には聞いていた。商人の息子で、兵站に強い新任がいる、と」中隊長は小さく息を吐いた。「好きにしろ。この状況を少しでもマシにできるなら、何でもいい」
「ありがとうございます」
部屋を出たレオンは、夕暮れの駐屯地を見渡した。疲弊した兵士たち、乏しい物資、そして実態を隠す報告——士官学校で学んだ理想と、目の前の現実との落差に、レオンは改めて気を引き締めた。
(計算だけじゃ、足りない。これは、士官学校で散々学んだはずだ)
だが同時に、レオンの中には、これまでにない静かな闘志も生まれていた。
(それでも、俺にできることはあるはずだ)
その夜、レオンは輸送記録と地図を広げ、限られた物資で部隊を維持するための、最初の作戦を練り始めた。
本物の戦争における、レオンの最初の一歩だった。




