第23話 南へ
南方戦域へ向かう道のりは、レオンがこれまで経験したどの旅よりも長く感じられた。
軍用馬車を乗り継ぎ、時に徒歩で行軍する兵士たちの列に加わりながら、レオンは南へ、南へと進んでいった。
道中で目にする光景は、士官学校の中では決して見ることのなかったものだった。
徴兵されたばかりと思しき若い農民たちが、慣れない装備を身につけ、覚束ない足取りで行進している。彼らの中には、まだ十代半ばと思われる者も少なくなかった。
「新兵か」
隣を歩いていた古参の兵士が、レオンの視線に気づいて言った。
「今年に入って、また徴兵の年齢が下がったからな」
「そう、なんですか」
「士官様は、初めて南方に行くのか」
「はい」
「なら、覚悟しておいた方がいい」古参の兵士は、乾いた笑みを浮かべた。「学校で習ったことの半分も、通用しないぞ」
その言葉に、レオンは何も返せなかった。
行軍を続ける中、レオンは様々な人々とすれ違った。
武器や物資を運ぶ商人たちの荷馬車。傷病兵を運ぶための医療部隊。そして、道端で兵士たちに食料を売る、地元の農民たち。
(親父が言ってた通りだ。戦争は、戦場だけでやってるんじゃない)
軍需商人の息子として育った経験が、今、これまでにない実感を伴って、レオンの中に蘇っていた。剣を持つ者だけでなく、荷を運ぶ者、食料を作る者、傷を癒す者——それら全てが、この巨大な戦争という仕組みを支えている。
旅の終盤、レオンは同じ南方戦域への配属が決まった、見知らぬ新任士官たちと言葉を交わす機会があった。
「南方戦域は、噂ではかなり厳しい状況だと聞くが」
「補給が滞っているらしいな。上層部は何をしているんだ」
そうした会話の端々から、レオンは南方戦域の現状について、断片的な情報を集めていった。士官学校で見た報告書の内容と、実際に聞こえてくる噂——両者はほぼ一致していた。
そして、旅の最終日。
南方戦域の駐屯地が、遠くに見え始めた。
レオンは、これまでの想像を超える光景に、思わず息を呑んだ。
駐屯地の周囲には、本来なら整然と並んでいるはずの補給用の荷車が、乱雑に放置されている。荷を運ぶための馬の数も、明らかに不足しているように見えた。兵士たちの列には、装備の整っていない者が目立ち、疲労の色が濃く滲んでいた。
「……これは」
レオンは、士官学校で立てた数々の兵站計画を、頭の中で思い出していた。あれらは、理想的な条件を前提とした計算だった。だが、目の前に広がる現実は、その理想からあまりにもかけ離れていた。
駐屯地に到着したレオンは、上官への着任の挨拶を済ませた後、割り当てられた宿舎へと向かう道すがら、補給倉庫の様子を見に立ち寄った。
倉庫の中は、想像していたよりもはるかに乏しかった。棚に並ぶべき食料や装備の多くが、空のままだった。
「新任か」
倉庫番の老兵が、疲れた様子で声をかけてきた。
「はい。着任したばかりです」
「士官学校で、兵站についてはみっちり習ったんだろう」
「……はい」
「なら、目の前の状況を見て、どう思う?」
レオンは、しばらく倉庫の中を見渡した。
積み上げられているはずの物資が、明らかに足りない。輸送の記録を見れば、届くはずの分量と、実際に届いた分量に、大きな乖離があることが分かるだろう。士官学校で見た資料の中にあった「不自然な数字」が、ここでは、生々しい現実として目の前に存在していた。
レオンは、静かに呟いた。
「……これで、戦えって?」
その言葉には、これまで積み重ねてきた学びと、それでもなお埋めきれない現実とのギャップが、凝縮されていた。
倉庫の外に出ると、夕日が南方の荒れた大地を赤く染めていた。遠くには、これから向かうことになるだろう前線の気配が、微かに感じられた。
レオンは、士官学校での二年間を振り返った。
貴族と平民の壁。アレクシスとの対立と共闘。トーマとの友情。ユリウスの成長。ガレスから学んだ、戦場の非情な現実。そして、輸送コストの一件で垣間見た、帝国の根深い問題。
そのすべてが、今、この瞬間のために積み重ねられてきたのだと、レオンは感じていた。
(正しい作戦を考えるだけじゃ、足りない。人を動かす力が要る。……それでも、まだ足りないものがある)
目の前に広がる、想像を絶する補給の乏しさ。これは、士官学校の演習では決して教えられなかった、本物の戦争の姿だった。
レオンは拳を握りしめ、前線の方角を見据えた。
(この国はおかしい。それは、今でも変わらない。……だが、まずは、目の前のこの状況を、なんとかしなきゃならない)
士官学校で学んだすべてを胸に、レオン・ヴァイスの本当の戦いが、今、始まろうとしていた。




