第22話 それぞれの戦場へ
卒業式当日、帝国中央士官学校の講堂には、これまでで最も厳粛な空気が漂っていた。
二年間の学生生活を終え、正式に帝国軍士官として任官する日。壇上では、校長が卒業生一人ひとりの名前と配属先を読み上げていく。
「アレクシス・フォン・レーヴェン。北方国境警備隊、配属」
名前が呼ばれると、アレクシスは背筋を伸ばしたまま、堂々とした足取りで壇上に進み出た。その所作には、伯爵家の跡取りとしての教育が、確かに滲んでいた。
「レオン・ヴァイス。南方戦域、第七師団付き、配属」
自分の名前が呼ばれ、レオンも壇上へと歩を進めた。周囲の視線——かつては値踏みするようだった視線が、今は違う色を帯びていることに、レオンは気づいていた。
「トーマ・ベル。西方国境、輸送部隊、配属」
「ユリウス・アルベルト。南方戦域、第九師団付き、配属」
友人たちの配属先も、次々と読み上げられていく。レオンとユリウスは、同じ南方戦域だったが、所属する師団は違っていた。
卒業式が終わり、学生たちは校庭に集まって、思い思いに別れの挨拶を交わしていた。
「南方かあ」トーマが少し寂しそうに言った。「俺は西方だから、しばらく会えないな」
「生きて帰ってこいよ」レオンは、いつもの軽口とは違う、真剣な調子で言った。
「お前もな」トーマは笑った。「まあ、お前のことだから、変な作戦立てて、上官の頭を悩ませてそうだけど」
「褒め言葉として受け取っておく」
ユリウスが、少し緊張した面持ちで近づいてきた。
「レオン、同じ南方戦域だけど、師団は違う。……もしかしたら、しばらく会わないかもしれない」
「戦場は同じだ。どこかで、また顔を合わせることもあるだろう」
「そうだといいな」ユリウスは、以前とは見違えるほど、しっかりとした表情で言った。「僕、レオンと出会って、本当に変われたと思う。ありがとう」
「礼を言われるようなことはしてない」レオンは、いつもの調子で答えた。「お前が、自分で変わったんだ」
「……そういうところ、変わらないな、レオンは」
三人が笑い合っていると、少し離れた場所から、アレクシスが近づいてきた。
「そろそろ、それぞれの出発の時間だ」
「お前は北方か」レオンは言った。「厳しい土地だと聞くぞ」
「望むところだ」アレクシスは静かに言った。
二人は、しばらく無言で向き合った。二年間の対立と協力、思想の違いと、互いへの認識の変化——その全てが、この短い沈黙の中に凝縮されているようだった。
「レオン」アレクシスが口を開いた。「最後に、一つだけ言っておきたい」
「何だ」
「君のやり方は、危うい。だが、それでも私は、君が正しいと思う道を進み続けることを、期待している」
「……お前らしくない台詞だな」
「そうか?」アレクシスは、わずかに口角を上げた。「事実を言っただけだ」
「お前もな」レオンは言った。「その権力とやらを使って、この国をどう変えるつもりなのか、いつか見せてもらう」
「約束はできない。だが、忘れはしない」
二人は、それ以上多くを語らなかった。ただ、互いに小さく頷き合い、それぞれの方向へと歩き出した。
その日の午後、レオンは南方戦域へ向かう軍用馬車に乗り込んだ。窓の外には、二年間過ごした士官学校の校舎が、次第に遠ざかっていく。
(入学したときは、この学校が敵だらけに見えた)
あの日感じていた孤立感を思い出しながら、レオンは自分の中の変化を振り返っていた。トーマとの友情。ユリウスとの絆。ガレスから学んだ、戦場の現実。そしてアレクシスとの、対立しながらも認め合う関係。
どれも、入学当初のレオンには想像もできなかったものだった。
馬車が進む街道には、他にも多くの兵士たちの姿があった。若い兵士。年老いた兵士。徴兵された農民らしき者たち。彼らもまた、それぞれの戦場へ向かっているのだろう。
レオンは、幼い頃に見た父の姿を思い出した。
「戦争ってのは、剣を持った奴だけでやるもんじゃない」
その言葉の意味を、これまで以上に深く理解できるようになっていた。兵站、物資、そして、それを支える無数の人々——戦争とは、それらすべてが絡み合った、巨大な仕組みなのだと。
(この国はおかしい。それは、今でも変わらない考えだ)
だが今のレオンには、士官学校編で学んだ、確かな土台があった。正しい作戦を考える力。人を動かす難しさ。そして、一人ではできないことがあるという謙虚さ。
(だからこそ、中から変えてやる)
その決意は、入学当初と変わらない。だが、その決意を支える経験と覚悟は、まるで違うものになっていた。
馬車の窓から見える景色が、次第に見慣れない土地へと変わっていく。南方戦域まで、あと数日の旅程だった。
レオンにとって、これから始まるのは、士官学校での「模擬」ではない、本物の戦争だった。




