第19話 卒業前の課題
思想の違いを互いに認識した夜から、レオンとアレクシスの関係は、奇妙な安定期に入っていた。完全に分かり合えたわけではない。だが、互いの立場を理解した上で、必要な時には協力する——そんな距離感が、自然とできあがっていた。
そんな中、学校からある発表があった。
「卒業前の最終演習について、説明する」
全学年が集められた講堂で、校長が壇上に立っていた。
「今年の卒業予定者を対象に、これまでで最大規模の実戦想定演習を行う。期間は三日間。偵察、補給、防衛、攻撃、退却——実際の戦場で求められるすべての要素を、諸君ら自身の手で構築してもらう」
教室内にざわめきが広がった。これまでの演習とは規模も緊張感も、桁違いになることは明らかだった。
「指揮官の選出、部隊編成、作戦立案——すべて学生の自主性に委ねる。教官陣は、最低限の安全確保のみに徹する」
この発表は、これまでの「教官が枠組みを用意し、その中で学生が動く」形式から、大きく踏み込んだものだった。
「……これ、事実上の卒業試験みたいなもんだよな」放課後、トーマが緊張した面持ちで言った。
「そう考えていいだろうな」レオンは頷いた。「これまでの演習と違って、失敗しても『次がある』とは限らない」
演習の陣営分けが発表されると、レオンは自分の名前を確認して、少し驚いた。
「東軍……総指揮官、レオン・ヴァイス」
これまでの共同指揮ではなく、単独での総指揮官という役割だった。西軍を見ると、そこにはアレクシスの名前があった。
「今度は、正面からのぶつかり合いか」
アレクシスも同じ結果を確認していたらしく、二人の視線が講堂の中で交差した。
「望むところだ」レオンは小さく笑った。
「同感だ」
演習の準備期間は、これまでで最も濃密なものになった。レオンは自分の部隊を編成するにあたり、これまでの経験を総動員することにした。
「トーマ、お前には連絡役を頼みたい」
「連絡役?」
「これまでの演習で、俺が学んだことの一つが、伝令の重要さだ。お前は人付き合いが得意で、誰とでもすぐに信頼関係を作れる。各部隊との連携役に、これほど適した人材はいない」
「……買いかぶりすぎじゃないか?」
「買いかぶりじゃない。適材適所だ」
次に、レオンはユリウスのもとを訪れた。
「ユリウス、お前には、別動部隊の指揮を任せたい」
「……僕が、指揮官?」ユリウスは驚いた顔をした。「僕には、そんな柄じゃない」
「柄かどうかは、やってみなきゃ分からないだろ」レオンは言った。「お前は、最近の演習で、自分の意見をはっきり言えるようになった。判断力も、確実に育ってる」
「でも、僕の指揮で、失敗したら……」
「失敗したら、その時考える」レオンは言い切った。「最初から失敗を恐れて任せないより、任せて失敗した方が、まだ学びがある」
ユリウスは、しばらく黙り込んだ後、小さく頷いた。
「……分かった。やってみる」
レオンは、これまでの経験から一つの結論に至っていた。「自分一人ですべてを動かそうとしない」ことこそが、これまでの失敗と成長を通じて得た、最大の教訓だった。
作戦会議で、レオンは自分の考えを部隊全体に説明した。
「今回の演習、俺一人で全部の判断をするつもりはない」
この言葉に、集まった学生たちは意外そうな顔をした。
「兵站と地形の分析は、俺が担当する。だが、現場での判断は、それぞれの部隊長に任せる。俺が事前に判断基準を明確にしておくから、その範囲内で、自由に動いてくれ」
「基準というのは?」
「例えば、『予想外の敵に遭遇した場合、退却か迎撃かの判断は現場に任せる。ただし、味方の本隊との連携が取れなくなる場合は、必ず退却を優先する』——というように、事前に条件を決めておく」
部隊の学生たちの間に、これまでとは違う空気が流れた。以前のレオンなら、こうした説明の場でも、細部まで自分で決めようとしていただろう。だが今のレオンは、明確に「任せる」姿勢を示していた。
「……変わったな、レオン」
会議の後、ユリウスがぽつりと言った。
「そうか?」
「前は、なんというか……一人で全部背負おうとしてる感じがあった。今は、違う」
「一人でやろうとして、二回も負けてるからな」レオンは苦笑した。「学ばなきゃ、意味がない」
準備は着々と進んでいった。だが、レオンの頭の片隅には、西軍の総指揮を執るアレクシスの存在があった。
(あいつは、どんな作戦で来る? 統率力を活かした、組織的な戦い方をしてくるはずだ)
これまでの模擬戦、そして共同指揮演習での経験——それらすべてが、この最終演習に向けた材料になっていた。
演習開始まで、あと二日。レオンは自室の窓から、夜空を見上げていた。
(士官学校での集大成だ。ここで、俺がこれまで学んだことのすべてを、試す)
その視線の先には、確かな決意が宿っていた。




