第17話 報告の代償
翌日、レオンは自分の見つけた証拠をまとめ、学校の監査を担当する事務官のもとへ向かった。
「これを、見ていただきたいんです」
レオンは輸送コストの資料、契約記録、そして自分なりの分析をまとめた書類を差し出した。事務官は書類に目を通し、次第に表情を険しくしていった。
「……これは、どこで手に入れた資料だ」
「図書室の公開記録と、授業資料を照らし合わせて、自分で作成しました」
「一士官候補生が、こんなものを……」事務官は困惑した様子だった。「これは、学校の管轄を超える内容だ。軍務省か、監査院に提出すべき案件だぞ」
「では、そちらに提出していただけますか」
「……分かった。預かっておく」
その日は、それだけで終わった。だがレオンは、何かが動き始めた予感を、確かに感じていた。
数日後、レオンは学生課に呼び出された。
「ヴァイス。お前が提出した資料について、話がある」
案内された部屋には、見覚えのない士官服の男が座っていた。階級章から見て、それなりの地位にある人物だとレオンにも分かった。
「君が、この資料を作成したのか」
「はい」
「よくできている」男は淡々と言った。「だが、この件については、これ以上首を突っ込まないでもらいたい」
「……理由をお聞きしても?」
「調査中の案件に、部外者が関わるのは望ましくない」
その言い方は、レオンにとって、まるで手応えのないものだった。
「調査は、進んでいるんですか」
「進めている」男は同じ調子で答えた。「以上だ」
部屋を出たレオンは、廊下で拳を握りしめていた。
(結局、これで終わりか)
その日の夕方、ガレスがレオンの様子を見て、声をかけてきた。
「話は聞いた」
「……予想通りでした」レオンは自嘲気味に言った。「証拠を出しても、握りつぶされて終わり、ですか」
「握りつぶされたとは、まだ言い切れない」ガレスは言った。「だが、お前が期待していたような、劇的な変化が起きないことは確かだろうな」
「これじゃあ、何のために調べたのか分かりません」
「そうか?」ガレスは静かに問い返した。「お前は、何のために調べた?」
レオンは言葉に詰まった。
「……戦地で物資が足りずに苦しんでいる兵士たちのため、だと思ってました」
「なら、今回の件で、その兵士たちの状況は、少しも変わらなかったと言えるか?」
「……分かりません」
「調査が進んでいる、というのが事実なら、遅かれ早かれ何らかの是正はされるかもしれない。表立って評価されなくても、お前の指摘が、その一歩になった可能性はある」
レオンは、その言葉を素直には受け取れなかった。だが、頭ごなしに否定することもできなかった。
その夜、レオンはアレクシスの部屋を訪ねた。珍しいことだったが、今はどうしても、この件について話したい相手だった。
「入っていいか」
「珍しいな、君がここに来るとは」
レオンは、事務官とのやり取り、そして呼び出された部屋での会話を、順を追って話した。アレクシスは黙って聞いていた。
「……予想はしていた」アレクシスは静かに言った。「その伯爵家は、軍の上層部だけでなく、宮廷にも強い影響力を持っている」
「なら、最初から無駄だったってことか」
「無駄とは言わない」アレクシスは首を振った。「だが、君のやり方——正面から証拠を突きつけて是正を求める、というやり方は、この帝国では通用しにくい」
「じゃあ、どうすればいいんだ」
「私なら、こうする」アレクシスは言った。「証拠を握りつぶそうとする側にも、それを利用されたくない別の派閥がいる。その情報を、しかるべき筋に、しかるべき形で流す。表立って自分が動いた形にはしない」
「……根回し、か」
「そうだ」
「それじゃ、俺のやったことは、意味がなかったってことか」
「そうは言っていない」アレクシスは少し語気を強めた。「君の調査自体は、正確で価値のあるものだった。だが、それをどう使うかという点で、君と私の考え方は違う」
二人の間に、これまでとは違う種類の緊張が生まれていた。共同指揮演習で協力し合った関係だからこそ、この根本的な考え方の違いが、より鮮明に浮かび上がっていた。
「正しいことを、正しいやり方で言えば、いつか変わる」レオンは言った。「俺は、そう信じてる」
「甘い」アレクシスは、はっきりと言った。「この帝国は、正しさだけでは動かない。権力を持つ者を動かすには、権力を使うしかない」
「なら、お前はどうするつもりなんだ。伯爵家の長男として、その権力とやらを使って、この国をどう変える?」
アレクシスは、しばらく沈黙した後、静かに答えた。
「それは、まだ答えが出ていない」
その日の会話は、そこで終わった。だが、レオンの中には、これまでにない疑問が芽生えていた。
(俺とこいつは、目指す先は同じかもしれない。だが、そこに辿り着く道が、全然違う)
この違いが、これから先、二人の関係にどう影響していくのか——その答えは、まだ誰にも分からなかった。




