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豪商生まれのただの平民士官【帝国改革記】  作者: 橘秀斗
士官学校編

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第16話 数字の裏側

 それから数日、レオンは空き時間のほとんどを図書室で過ごすようになっていた。集めた資料は、南方戦域の戦況報告だけでなく、過去数年分の物資輸送記録、部隊配置図、戦費に関する文書にまで及んでいた。


「まだ調べてるのか」


 トーマが呆れたように声をかけてきた。


「気になり始めたら、止まらなくてな」


「授業の課題は? 大丈夫なのか」


「並行してやってる」


 実際、レオンの成績は落ちていなかった。むしろ、南方戦域の資料を読み込む過程で得た知識が、座学の理解をさらに深める結果になっていた。


 ある夜、レオンは輸送記録の中に、奇妙な数字を見つけた。


「……これ、おかしくないか」


 独り言のように呟いた言葉に、隣で別の資料を見ていたアレクシスが反応した。


「何がおかしい?」


「これを見てくれ」レオンは資料を指し示した。「南方戦域への物資輸送、この区間だけ、輸送コストが他の区間の倍近くかかっている」


 アレクシスは資料を覗き込んだ。


「……確かに、不自然な数字だな」


「距離も地形も、そこまで大きく変わらないはずなのに、なぜこんな差が出るのか」


 レオンは、さらに関連する資料を探し始めた。輸送業者の名前、契約内容、担当地域——調べるほどに、一つの傾向が見えてきた。


「この区間の輸送業者、特定の商会に集中してる」


「その商会に、何か問題が?」


「いや、商会自体の問題じゃないと思う」レオンは慎重に言葉を選んだ。「問題は、なぜこの商会だけが、この区間の輸送を独占しているのか、ってことだ」


 レオンは商人の息子として、こうした「不自然な独占」の匂いを嗅ぎ分ける感覚を持っていた。


「……もしかして」


「言うな」レオンは先回りするように言った。「まだ確証はない。ただ、この輸送区間を管轄しているのが、どこの家の領地か、調べてみる価値はありそうだ」


 数日後、レオンは図書室の資料と、士官学校の記録を照らし合わせ、ある事実にたどり着いた。


 輸送コストが不自然に高い区間は、ある伯爵家の領地を通過するルートだった。そして、その独占的に輸送を請け負っている商会は、その伯爵家と深い縁故関係にあった。


「……これ、輸送費に上乗せがあるってことか」


 レオンは資料を前に、拳を握りしめた。戦地で物資が足りず、兵士が苦しんでいるという報告を見た直後だっただけに、この発見はレオンの中に強い怒りを生んだ。


「レオン」


 声をかけてきたのは、ガレスだった。図書室に頻繁に通うレオンを、気にかけていたらしい。


「教官、これを見てください」


 レオンは自分が見つけた不自然な数字と、その裏にある関係を説明した。ガレスは黙って聞いていたが、やがて小さくため息をついた。


「……よく気づいたな」


「これ、教官は知っていたんですか?」


「噂程度には」ガレスは正直に答えた。「だが、証拠を持って指摘した者はいなかった」


「これを、上に報告すれば——」


「レオン」ガレスは、レオンの言葉を遮った。「その前に、聞いておきたいことがある。お前は、この問題を報告して、どうなると思っている?」


「不正が正されて、輸送コストが適正化されて——」


「本当にそうなると思うか?」


 レオンは言葉に詰まった。


「その伯爵家は、帝国軍上層部にも強い影響力を持っている」ガレスは静かに続けた。「一士官候補生が、証拠を持って指摘したところで、簡単に握りつぶされる可能性の方が高い。それどころか、指摘した者自身が、不利益を被る可能性すらある」


「……それでも、報告すべきだと思います」


「私も、報告自体は否定しない」ガレスは言った。「だが、覚悟はしておけ。お前が正しいことをしても、それがすぐに正しい結果につながるとは限らない」


 その言葉は、これまでの演習で学んできたこと——「正しい作戦」と「実行できること」の違い——を、また別の形で突きつけてくるものだった。


「軍隊を変えれば、帝国を変えられる、と思っていました」レオンは呟くように言った。


「甘くはない、ということが分かってきたか」


「はい」


 ガレスは、レオンの肩に軽く手を置いた。


「だが、気づいたことに意味がないわけじゃない。今すぐ変えられなくても、覚えておけ。いずれ、お前がもっと大きな力を持ったとき、この経験が意味を持つ」


 レオンは頷いた。だがその胸の内には、これまでにない重い感情が渦巻いていた。


 (軍隊を変えるだけじゃ、足りない。……政治、貴族の利害、金の流れ——全部が絡み合ってる)


 この夜、レオンは初めて、「帝国を中から変える」という自分の目標の、途方もない難しさを実感していた。

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