第14話 男爵家の意地
共同指揮演習での勝利から数日。学校内の空気は、以前とは少しずつ変わり始めていた。
「よう、レオン、アレクシス様と組んで大勝利だったんだって?」
廊下ですれ違う学生たちの視線に、以前のような値踏みするような色は薄れていた。代わりに、興味と、わずかな敬意が混じるようになっていた。
「あの二人が組むと、あんな戦い方ができるのか」
「平民だからと侮っていたが……」
レオン自身は、そうした周囲の反応にさほど関心を払っていなかった。だが、ユリウスにとっては違ったようだった。
「なあ、レオン」放課後、図書室でユリウスが切り出した。「最近、君に対する周りの態度、変わってきてると思わないか?」
「別に、気にしてない」
「そうか……」ユリウスは少し俯いた。「羨ましいな、そういうところ」
「何がだ」
「僕は、いつまで経っても『男爵家の落ちこぼれ』のままだ」
その声には、諦めではなく、何か違う感情が滲んでいた。
翌日、事件は起きた。
実技演習の合間、以前ユリウスを取り囲んでいた貴族学生たちの一人が、また因縁をつけてきた。
「おい、アルベルト。お前、最近レオンと仲良くしてるらしいな。平民に媚びを売って、何のつもりだ?」
「……別に、媚びを売っているわけじゃない」
「じゃあ何だ。男爵家の三男が、平民と馴れ合って、恥ずかしくないのか?」
周囲に、以前と同じような取り巻きが集まり始めていた。だが、その時。
「……恥ずかしいのは、そっちだろう」
ユリウスの口から、これまでにない強い言葉が漏れた。
「なんだと?」
「僕が誰と付き合おうと、君に関係ないはずだ」ユリウスは、震える声ながらも、はっきりと言い切った。「それに、この間の共同指揮演習、見ていただろう。平民のレオンと、伯爵家のアレクシス様が組んで、勝利した。身分がどうとか、そんなことより、大事なものがあるはずだ」
取り巻きの学生は、一瞬言葉に詰まった様子だった。
「……口だけは達者になったな、アルベルト」
「口だけかどうかは、これから証明する」
その場に居合わせたトーマが、後でレオンにこの話を興奮気味に伝えた。
「聞いたか、ユリウスの奴、ついに反論したんだってな!」
「……聞いた」レオンは少し驚いていた。「あいつが、あそこまではっきり言うとはな」
「お前と組んで、色々変わったんじゃないか?」
「俺は特に何もしてない」
「してるさ」トーマは笑った。「お前が普通に接してきたことが、あいつにとっては大きかったんだと思うぞ」
その日の夕食時、ユリウスが少し照れくさそうな顔で、レオンとトーマの席にやってきた。
「聞いたか、僕のこと」
「聞いた。やるじゃないか」レオンは素直に言った。
「柄にもないことをした、と自分でも思う」ユリウスは苦笑した。「でも、あの共同指揮演習を見て……身分より大事なものがあるって、証明されたみたいで。それが、勇気になった」
「なあ、ユリウス」レオンはふと思いついたように言った。「お前、貴族なんだからもっと偉そうにしていいんじゃないか? 男爵家でも貴族は貴族だろ」
これは以前にもした冗談だった。
「それをやったら、君が一番怒るだろ」
ユリウスも即座に、以前と同じ返しをした。だが今回は、その言葉に以前よりずっと自然な余裕が感じられた。
「息、合ってきたな、お前ら」トーマが笑った。
三人の間に、軽やかな空気が流れた。だがその空気の中に、レオンはふと、以前とは違う視点を見出していた。
(貴族だから、平民だから——そういう括りで見てた頃より、今の方が、ずっと自然に付き合えてる気がするな)
ユリウスの変化は、単に一人の学生が強くなったという話ではなかった。それは、レオンの中にあった「貴族=敵」という単純な図式に、確かな亀裂を入れる出来事でもあった。
その夜、レオンは自室で、これまでのことを振り返っていた。
入学当初、レオンにとって貴族は一括りの存在だった。だが今は違う。アレクシスのように信念を持って行動する者もいれば、ユリウスのように環境に苦しみながらも変わろうとする者もいる。そして、あの取り巻きのように、身分を振りかざすことでしか自分を保てない者もいる。
(貴族が敵なんじゃない。……敵になるかどうかは、本人次第、ってことか)
まだ完全に消化しきれてはいない。母の死に関わった貴族への感情は、簡単に拭えるものではなかった。だが、少なくとも「貴族」という言葉だけで、すべてを判断することの危うさには、気づき始めていた。
窓の外では、月明かりが静かに校舎を照らしていた。
この学校生活も、残り半分を切ろうとしていた。士官学校という縮図の中で見えてきた帝国の姿は、これから先、レオンにとってさらに大きな意味を持つことになる。




