第13話 役割分担
演習前日の最終確認。レオンとアレクシスは、これまで積み重ねてきた議論の結果を、部隊全体に説明する場に立っていた。
「今回の作戦は、二段構えだ」レオンが地図を指しながら説明を始めた。「まず、偵察部隊の情報を踏まえて、基本配置を均等にしつつ、東側にやや厚めの兵力を置く」
「そして、指揮系統についてだが」アレクシスが続けた。「兵站・地形・物資に関する判断はレオンが担当する。部隊の配置転換、士気の維持、指揮系統の伝達は私が担当する」
役割を明確に分けた説明に、部隊の学生たちからも安堵の声が漏れた。前回までの「誰の指示を聞けばいいのか分からない」という混乱を、事前に防ぐための工夫だった。
「質問がある人間は?」
レオンが尋ねると、一人の学生が手を挙げた。
「もし、レオン先輩とアレクシス先輩の判断が食い違ったら、どうすればいいんですか?」
もっともな疑問だった。レオンとアレクシスは顔を見合わせた。
「その場合は」アレクシスが答えた。「地形・兵站に関わる判断は、レオンの意見を優先する。指揮系統・士気に関わる判断は、私の意見を優先する。それでも判断がつかない場合は——」
「その場合は、俺たちのどちらかが折れる」レオンが引き取った。「議論してる時間があれば、だけどな」
軽口に、緊張していた学生たちから小さな笑いが漏れた。
演習当日。空は前回とは違い、快晴だった。だが、それが油断につながらないよう、レオンは念のため天候急変時の対応も、部隊全体に共有していた。
「西軍、動き出しました!」
開戦の合図と共に、伝令が矢継ぎ早に報告を上げてくる。レオンとアレクシスは、地図を挟んで並んで立っていた。
「予想通り、東側から主力が来ているな」アレクシスが言った。
「偵察の精度、上がってきたな」レオンが頷く。「厚めに配置した東側の兵力で、まず持ちこたえる。その間に——」
「私は本陣周辺の士気維持と、増援の準備をする」
「頼む」
二人は互いの担当領域について、それ以上の説明を必要としなかった。
戦況が進む中、予想外の動きが起きた。
「報告! 西軍の一部が、南側の森を回り込んで接近しています!」
レオンは地図を確認した。南側は、手薄に配置していた区域だった。
「……陽動か、本命か」
「レオン、判断は?」アレクシスが尋ねた。
「地形を見る限り、南側から本陣まで直進できる道は限られてる。少数での奇襲か、東側と挟み撃ちにする本命部隊か——どちらとも取れる」
「時間がない。決めろ」
レオンは一瞬、迷った。前回までなら、ここで全部を一人で判断しようとしていただろう。だが今回は違った。
「アレクシス、南側の部隊、士気と練度をどう見る?」
「報告では、比較的経験の浅い学生が中心の部隊だ。本命として送り込むには、いささか心もとない編成に見える」
「……なら、陽動の可能性が高いな」レオンは頷いた。「南側には最低限の護衛だけ残して、東側の防衛を維持する。もし本命だったとしても、そこまで速く本陣には到達できないはずだ」
「了解した」
アレクシスはすぐに指示を伝達した。判断の速さと、伝達の正確さ——これはレオン一人では到底できないことだった。
結果として、南側の部隊は陽動だった。東側で持久戦を続けている間に、西軍主力の消耗が目立ち始めた。
「西軍、東側での攻撃、勢いが落ちています!」
「今だ」レオンが言った。「予備部隊を投入して、東側を押し返す」
「部隊の士気は十分だ。行ける」アレクシスが頷いた。
二人の判断が、初めてはっきりと噛み合った瞬間だった。
押し返された西軍は、態勢を立て直すことができないまま、次第に劣勢に追い込まれていった。
演習終了の合図が鳴り響いたのは、それから間もなくのことだった。
「……東軍、勝利」
審判役の教官の声に、東軍の陣地から歓声が上がった。
レオンは肩の力を抜きながら、隣のアレクシスを見た。
「……勝ったな」
「ああ」アレクシスも珍しく、満足げな表情を見せていた。
「正直、お前と組んで、ここまでうまくいくとは思わなかった」レオンは率直に言った。
「私も同じだ」アレクシスは頷いた。「君の判断力と、私の指揮系統——組み合わせれば、これほどの成果が出るとは、正直予想していなかった」
「役割分担、ってやつだな」
「そうだ。すべてを一人でやろうとする必要はない。自分の得意な部分に集中し、苦手な部分は、それが得意な人間に任せる」
レオンは、その言葉を静かに噛みしめた。これまでの二度の敗北で学んだこと——一人の力には限界があるということが、今回の勝利で明確な形になった気がした。
演習場の隅で、トーマとユリウスがこちらに駆け寄ってきた。
「見てたぞ、二人とも! すごい連携だったな!」トーマが興奮気味に言った。
「まさか、あの二人が組んで、こんなにうまくいくとはな」ユリウスも感心したように言った。
「たまたまだ」レオンは照れ隠しのように言った。
「たまたまじゃないだろ」アレクシスが珍しく口を挟んだ。「ちゃんと議論を重ねた結果だ」
「……お前、そういうところは律儀だよな」
「事実を事実として言っているだけだ」
その様子に、トーマとユリウスが顔を見合わせて笑った。
夕暮れの演習場で、レオンは久しぶりに、清々しい気持ちで空を見上げていた。
(一人じゃ、無理なことがある。それを認めるのも、悪くないもんだな)
この経験は、レオンにとって——そしてアレクシスにとっても——これから先の物語における、重要な転換点となった。




