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豪商生まれのただの平民士官【帝国改革記】  作者: 橘秀斗
士官学校編

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第12話 噛み合わない歯車

 共同指揮演習の詳細が発表されたのは、その三日後だった。


「今回は、学年全体を東西二陣営に分け、各陣営に複数の共同指揮官を置く」

「実戦では、一人の指揮官がすべてを決めることは少ない。複数の指揮官が、意見を擦り合わせながら作戦を立てる——その訓練でもある」


 東軍の指揮官には、レオンとアレクシスの他に、もう一人、貴族出身の学生が加わっていた。


「よろしく頼む」アレクシスが淡々と挨拶する。


「……よろしく」レオンも仕方なく頭を下げた。


 最初の作戦会議は、お世辞にも順調とは言えなかった。


「まずは、こちらの兵力配置から決めよう」アレクシスが地図を広げた。「本陣防衛に主力を置き、左右に均等な部隊を配置する」


「待て」レオンが口を挟んだ。「地形を見ろ。西側は開けた平地だが、東側は森林地帯だ。均等に配置するのは無駄がある」


「無駄とは限らない。均等配置は、どちらの方向から攻められても対応できる柔軟性がある」


「柔軟性より、確率の高い方に厚く配置すべきだ。敵の本陣の位置を考えれば、東側から攻めてくる可能性が高い」


「確率だけで戦力を偏らせるのは危険だ。外れた場合、致命的な穴になる」


 二人の意見は真っ向からぶつかった。もう一人の指揮官は、おろおろとしながら間に入ることもできずにいた。


「レオン、前回の反省を忘れたのか? 一人の判断で全部決めるのは危険だと、自分で言ってたはずだ」アレクシスが言った。


「忘れてない。だが、根拠のある判断まで捨てる必要はないだろう」


「私だって根拠なく言っているわけじゃない」


 平行線をたどる議論に、会議は一向に進まなかった。


 放課後、レオンは一人、演習場の脇でぼんやりと座り込んでいた。


「うまくいってないみたいだな」


 トーマが声をかけてきた。


「ああ。あいつと組むのは、思った以上に厄介だ」


「そりゃそうだろ。お前らずっと言い争ってきた仲じゃないか。いきなり息が合うわけない」


「……分かってはいるんだが」


「なあ」トーマは腰を下ろしながら言った。「お前、アレクシスの言い分、全部間違ってると思ってるのか?」


「いや……」レオンは考えながら答えた。「正直、柔軟性を持たせるって発想自体は、悪くないと思う。ただ、俺の考えとぶつかっただけで」


「なら、どっちも正しい可能性があるんじゃないか?」


「両方正しいのに、結論が違う、ってことがあり得るのか?」


「知らないよ、そんな難しい話」トーマは笑った。「ただ、お前らの話聞いてて思ったのは——お互い、相手を説得しようとしすぎて、相手の話をちゃんと聞いてないんじゃないか、ってことだ」


 その指摘に、レオンは少し驚いた。


「……そうかもな」


 翌日の会議で、レオンは方針を変えることにした。


「昨日は悪かった」レオンは切り出した。「お前の意見を、頭から否定するつもりで話してた」


 アレクシスは意外そうな顔をした。


「……私も、同じだったかもしれない」


「もう一度、それぞれの案の根拠を、ちゃんと聞かせてくれないか」


 アレクシスは頷き、改めて説明を始めた。


「均等配置を提案したのは、敵の本陣の位置が、まだ確定情報ではないからだ。偵察報告は東側からの侵攻可能性を示しているが、あくまで可能性の一つに過ぎない」


「……確かに、偵察情報の精度については、俺も検証してなかった」


「一方で、君の指摘も理解できる」アレクシスは続けた。「偵察の精度が高いなら、確率の高い方に厚く配置するのは合理的だ」


「じゃあ、問題は偵察情報の精度、ってことか」


「そうだ」


 二人は初めて、対立ではなく、問題の本質に向かって話し始めた。


「偵察部隊をもう一度出して、精度を上げよう」レオンが提案した。「時間はかかるが、その間に基本配置だけ先に決めておけばいい」


「賛成だ」アレクシスは頷いた。「基本配置は均等にしておき、偵察結果が出た時点で、比重を調整する。柔軟性と確率、両方を活かせる」


 もう一人の指揮官が、ほっとしたように口を開いた。


「……やっと、話が進みそうですね」


 レオンとアレクシスは、互いに顔を見合わせた。気まずさと、わずかな可笑しさが同居する表情だった。


「昨日は、悪かった」アレクシスが改めて言った。


「いや、俺も意固地になってた」


「今後も、こういうことはあると思う」アレクシスは言った。「私と君は、根本的な考え方が違う。だが——」


「だが?」


「違うからこそ、見えている景色が違う。それを活かせれば、悪くない結果が出るかもしれない」


 レオンは、その言葉に小さく頷いた。


「……悪くない、な」


 完全に意見が一致したわけではない。だが、この日を境に、二人の間には、これまでにはなかった協力関係の萌芽が生まれ始めていた。


 演習本番まで、あと数日。レオンとアレクシス、それぞれの強みをどう組み合わせるか——その答えは、まだ見えていなかった。

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