第106話 決断
内密の対話から、さらに三日が過ぎた、ある日のことだった。
「全軍に、正式な、勅令が、発布されます」
その知らせは、瞬く間に、帝都中に、広がっていった。レオンとアレクシスも、改めて、軍務省へと、招集されることになった。
「皇帝陛下より、正式な、ご決定が、下されました」
軍務大臣が、これまでにない、重々しい声で、集まった高官たちに、告げた。
「東方リュネス帝国への、さらなる進軍を、正式に、中止する」軍務大臣は、勅令を、読み上げ始めた。「現在の、国境線を、維持し、これ以上の、積極的な、軍事行動は、行わない」
その言葉に、会議の場に、大きな、ざわめきが、広がった。
「加えて」軍務大臣は、続けた。「リュネス帝国に対し、改めて、正式な、和平交渉を、申し入れる」
レオンは、この決定に、深い、安堵を覚えると同時に、これまでの、長い戦いの、確かな、意味を、改めて、実感していた。
「レオン・ヴァイス、アレクシス・フォン・レーヴェン、両名について——」軍務大臣は、続けて、告げた。「此度の、命令拒否の件、正式な、処罰は、行わない。むしろ、両名の、現場での、的確な判断が、帝国を、重大な危機から、救ったものと、評価する」
この発表に、レオンとアレクシスは、顔を見合わせた。
「お咎めなし、ということか」アレクシスが、小さく、呟いた。
「陛下なりの、決断なんだろうな」レオンも、静かに、頷いた。
会議の後、レオンとアレクシスは、改めて、皇帝への、謁見を、許される機会を得た。
「此度の、ご決断——心より、感謝申し上げます」レオンは、深く、頭を下げながら、言った。
「礼を、言われるようなことでは、ない」皇帝は、静かに、答えた。「お前の、指摘を、受け入れた——それだけのことだ」
「陛下」アレクシスが、改めて、口を開いた。「此度の、ご決断——帝国にとって、大きな、転換点に、なるかと、存じます」
「分かっている」皇帝は、重く、頷いた。「これは、単に、一つの、戦争を、終わらせるだけの、決断ではない」
「……と、おっしゃいますと」
「これまでの、帝国の、あり方そのものを、見直す、必要があると、考えている」皇帝は、はっきりと、言った。「軍備だけに、頼るのではなく、外交、そして、国内の、統治制度——それらすべてを、改めて、見直す時が、来たのかもしれない」
レオンは、この言葉に、これまでの、長い戦いの、確かな、結実を、感じ取っていた。
「もし、よろしければ」レオンは、思い切って、申し出た。「その、見直しの作業に、私も、微力ながら、お力添えをさせて、いただければと、存じます」
皇帝は、その申し出に、小さく、頷いた。
「お前には、これからも、この帝国のために、力を、尽くしてもらいたい」皇帝は、言った。「お前と、アレクシス、二人の、これまでの、功績——それは、決して、小さなものではない」
謁見を終えたレオンとアレクシスは、宮殿を、静かに、後にした。
「本当に、終わったんだな」レオンは、改めて、そう、呟いた。
「一つの、大きな戦いは、な」アレクシスは、頷いた。「だが——」
「だが?」
「これから、帝国そのものの、改革という、新たな、長い戦いが、始まることになる」アレクシスは、続けた。「今回の、決断は、あくまで、その、始まりに過ぎない」
レオンは、その言葉に、深く、頷いた。これまでの、長い道のり——士官学校での学び、南方戦線での実戦、帝都での局所的な改革、そして、この、東方での戦争を通じた、帝国全体の、方向転換——それらすべてが、今、新たな、大きな一歩へと、繋がろうとしていた。
東方では、まもなく、正式な、和平交渉が、開始されることになった。レオンの、これまでの分析と、信頼関係の構築——それらが、この、重要な交渉の、確かな土台となっていった。
そして、帝都では、皇帝の、新たな決意の下、これまでの、軍事中心の統治体制を、見直す、大規模な改革への、動きが、静かに、始まろうとしていた。
(軍を強くすることと、戦争を減らすこと——その答えを、ようやく、見出せたのかもしれない)
レオンは、帝都の空を、見上げながら、静かに、そう、思った。力と、対話——その、両方を、諦めない。それこそが、これまでの、すべての戦いを通じて、レオンが、辿り着いた、確かな、答えだった。
だが、この答えを、本当の意味で、帝国全体に、根付かせていくこと——それは、まだ、始まったばかりの、長く、困難な、道のりだった。
帝都の空に、これまでとは違う、新たな、希望の光が、確かに、差し込み始めていた。




