↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
豪商生まれのただの平民士官【帝国改革記】  作者: 橘秀斗
帝都・改革編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
106/116

第105話 皇帝の孤独

 謁見から三日が過ぎても、皇帝からの、正式な決定は、下されないままだった。


「陛下は、今、何を、されているのでしょうか」


 宮殿の片隅、与えられた一室で、レオンは、落ち着かない様子で、そう漏らした。


「分からない」アレクシスも、同じように、緊張した表情で、答えた。「これほどの、長い沈黙——それだけ、陛下自身も、深く、お悩みになっているということだろう」


 その間、宮廷内では、様々な憶測が、飛び交っていた。


「陛下は、両名を、処罰されるおつもりだ」


「いや、むしろ、進軍そのものを、取りやめる方向だという話もある」


 そうした、根拠のない噂に、レオンは、深く、気を揉みながら、ただ、沈黙の時間を、過ごし続けていた。


 四日目の夜、思いがけない、知らせが、レオンのもとに、届いた。


「ヴァイス殿、陛下が、お呼びです。ただし——」


 伝令は、少し、戸惑った様子で、続けた。


「此度は、正式な、謁見ではなく、内密の、お召しとのことです」


 レオンは、この異例の招集に、強い緊張を覚えながらも、指示された通り、人目を避けるようにして、宮殿の、奥まった一室へと、案内された。


 そこには、これまでの、謁見の時とは、まったく違う、簡素な服装の、皇帝が、一人、佇んでいた。


「……陛下」


 レオンは、深く、頭を下げた。


「堅苦しい挨拶は、いい」皇帝は、疲れたような声で、そう言った。「座れ」


 レオンは、戸惑いながらも、指示された椅子に、腰を下ろした。


「アレクシスは、呼んでいない」皇帝は、続けた。「今日は、お前一人に、話したいことがある」


「……どのような、お話でしょうか」


 皇帝は、しばらくの間、沈黙していた。その表情には、これまでの、謁見の場での、威厳に満ちた姿とは、まったく異なる、深い、疲労と、孤独の色が、滲んでいた。


「お前の、あの問いかけ——勝利そのものが、次の戦争の理由になっている、という指摘」皇帝は、やがて、静かに、口を開いた。「あれから、ずっと、考え続けている」


「……陛下」


「正直に、言おう」皇帝は、続けた。「お前の、指摘は、正しい」


 その言葉に、レオンは、息を呑んだ。


「私は、これまで、本当に、ただ、帝国の、安全を、守りたいと、願ってきた」皇帝は、静かに、言葉を続けた。「だが、お前の言う通り、その『安全』を求める行為そのものが、新たな、不安定を、生み出し続けてきたのかもしれない」


「陛下——」


「私は、いつの間にか」皇帝は、重い声で、続けた。「『戦わなければ、守れない』という、強迫観念に、囚われていたのかもしれない」


 レオンは、その言葉に、これまで、一度も、見たことのない、皇帝の、人間としての、深い葛藤を、垣間見ていた。これまで、絶対的な、権威として、存在していた皇帝——その人物も、また、一人の、悩み、苦しむ、人間だったのだと、レオンは、改めて、実感していた。


「ですが、陛下」レオンは、慎重に、言葉を選びながら、続けた。「これまでの、すべての判断を、否定するわけでは、ありません。帝国が、これまで、守られてきたのも、また、事実です」


「お前は、優しいな」皇帝は、小さく、自嘲するように、笑った。


「優しいわけでは、ありません」レオンは、はっきりと、言った。「ただ——物事を、単純に、善悪で、割り切ることは、できないと、学んで参りました」


 皇帝は、その言葉に、しばらくの間、レオンを、見つめていた。


「お前は、本当に、不思議な男だな」皇帝は、やがて、そう言った。「平民の出でありながら、これほど、物事の本質を、見抜く力を、持っている」


「商人の家で、育った経験が、大きいのだと、思います」レオンは、素直に、答えた。「父から、戦争は、戦場だけで、起きているわけではないと、教わりました」


 皇帝は、その言葉に、深く、頷いた。


「お前の、父親に、一度、会ってみたいものだな」


 その言葉に、レオンは、少し、驚きながらも、小さく、微笑んだ。


「一つ、聞かせてほしい」皇帝は、改めて、真剣な表情で、尋ねた。「もし、私が、今回の、進軍命令を、撤回するとしたら——それは、帝国にとって、本当に、正しい選択に、なるのだろうか」


 レオンは、深く、息を吸い込み、慎重に、答えた。


「正しいかどうかは、私には、分かりません」レオンは、正直に、言った。「ですが、少なくとも——今回の、進軍を止めることで、多くの兵士の命が、救われることは、確かです」


「それだけでは、不十分だと、思うか」


「いいえ」レオンは、はっきりと、首を振った。「それこそが、何より、重要なことだと、信じています」


 皇帝は、その答えに、長い、長い、沈黙の後、静かに、頷いた。


「……分かった」皇帝は、やがて、そう、言った。「少し、時間が、欲しい」


 この、内密の対話は、それで、終わった。だが、レオンは、皇帝の、その、人間らしい、葛藤と、苦悩に触れたことで、これまでの、単純な「命令と反逆」という、構図とは、まったく異なる、重い、現実を、改めて、感じ取っていた。


 (陛下もまた、この、帝国という、巨大な仕組みの中で、一人、戦っておられるのかもしれないな)


 帝都の夜、レオンは、これまでの、すべての経験を、改めて、胸に、刻みながら、皇帝の、最終的な決断を、静かに、待ち続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。