第102話 帰還、そして対話へ
帝都に到着したのは、前線を発ってから、十日後のことだった。
これまでとは違う、重苦しい緊張を抱えながら、レオンとアレクシスは、宮殿へと、足を踏み入れた。
「ヴァイス殿、レーヴェン卿、お待ちしておりました」
出迎えたのは、以前、軍務省で、二人を見出した、軍務大臣だった。その表情には、これまでにない、複雑な色が、浮かんでいた。
「陛下は、すぐにでも、お会いになる、おつもりですか」アレクシスが、尋ねた。
「いや」軍務大臣は、慎重に、答えた。「まず、宮廷内の、状況を、お伝えしておきたい」
二人は、軍務大臣に案内され、人目のつかない一室へと、通された。
「此度の、両名の決断——宮廷内でも、大きく、意見が、分かれている」軍務大臣は、重い声で、切り出した。「強硬派の貴族たちは、これを、明確な、軍規違反として、厳しい処罰を、求めている」
「一方で?」レオンは、尋ねた。
「穏健派、そして、現場の実情を、理解する一部の軍人たちは、両名の判断を、支持する声を、上げている」軍務大臣は、続けた。「レーヴェン伯爵家も、この件について、正式に、意見を、表明している」
「父が——」アレクシスが、驚いたように、言った。
「ああ。『現場の判断を、無視した、拙速な処罰は、軍の士気を、著しく損なう』と、陛下に、直接、進言された」
レオンは、この話に、これまでの、アレクシスとの、長い絆を、改めて、感じ取っていた。
「皇帝陛下は、今、何を、お考えなのでしょうか」レオンは、率直に、尋ねた。
軍務大臣は、しばらく、沈黙した後、慎重に、言葉を選んだ。
「正直に、言おう」軍務大臣は、言った。「陛下は、これまでの、お考えを、完全に、変えられたわけではない。だが——」
「だが?」
「両名の報告書、そして、全指揮官の総意という、その重み——それを、無視することも、できずにおられる」軍務大臣は、続けた。「陛下は、今、ご自身の中でも、大きな、葛藤を、抱えておられるのだと思う」
レオンは、この言葉に、以前の、謁見の記憶を、改めて、思い起こしていた。「軍を強くすることと、戦争を減らすこと」——あの問いを、投げかけた、皇帝その人の、その葛藤。
「明日、正式な、謁見の場が、設けられる」軍務大臣は、続けた。「そこで、両名は、直接、陛下に、申し開きをすることになる」
「どのような、場になるのでしょうか」アレクシスが、尋ねた。
「軍務省の、主要な高官、そして、宮廷の、有力な貴族たちも、同席することになる」軍務大臣は、説明した。「いわば、公開の場での、審議、ということになるだろう」
レオンは、その重さに、改めて、気を引き締めた。
その夜、レオンとアレクシスは、宮殿内の、与えられた一室で、明日に備え、静かな時間を、過ごしていた。
「何を、陛下に、申し上げるべきだと、思う」レオンは、アレクシスに、尋ねた。
「事実を、正直に、伝えるしかない」アレクシスは、はっきりと、言った。「補給の限界、そして、それを無視した進軍が、もたらす、具体的な危険——これまで、ずっと、やってきたように」
「それだけで、陛下の、お考えを、変えられるだろうか」
「分からない」アレクシスは、正直に、答えた。「だが、少なくとも、私たちには、事実と、信念以外に、示せるものは、ない」
レオンは、その言葉に、静かに、頷いた。これまでの、長い戦い——士官学校での学び、南方戦線での実戦、帝都での改革、そして、東方での対話——それらすべての経験が、今、この、最も重大な局面に、集約されようとしていた。
「もし、処罰されることになったら——」レオンは、ふと、そんな言葉を、漏らした。
「後悔は、しない」アレクシスは、即座に、答えた。「お前も、同じだろう」
「ああ」レオンは、小さく、頷いた。「これまでの、すべての経験が、今の、この決断に、繋がっている。それを、後悔するつもりは、ない」
窓の外、帝都の夜空には、これまでと変わらぬ、静かな星々が、瞬いていた。だが、その静けさの中に、明日、訪れるであろう、重大な局面への、確かな緊張が、二人の間に、漂っていた。
(軍を強くすることと、戦争を減らすこと——その答えを、ようやく、見出し始めたと、思っていた)
レオンは、改めて、これまでの、自分の歩みを、振り返っていた。皇帝から、投げかけられた、あの重い問い——その答えを、今、自らの行動と、信念を通じて、示さなければならない。
明日、皇帝との、直接の対話——それは、これまでの、すべての戦いの中でも、最も重大な、そして、最も困難な、戦いになるはずだった。
帝都の夜は、静かに、更けていった。レオンとアレクシス、二人の、最後の戦いへの、覚悟が、確かに、固まりつつあった。




