第101話 帝都の反応
報告書を送ってから、十日が過ぎていた。
前線には、これまでにない、重苦しい沈黙が、続いていた。
「まだ、何の返答もないのか」
レオンは、毎日のように、そう、繰り返し尋ねていた。
「帝都でも、相当な、混乱があるはずだ」アレクシスは、努めて、冷静さを保ちながら言った。「これほどの、重大な決断——簡単に、結論が出るはずがない」
その間、前線の部隊は、進軍を停止したまま、慎重に、防衛態勢を維持し続けていた。敵軍も、この膠着状態を、注視しているようだった。
「敵軍、特に、積極的な動きは、見せていません」
偵察部隊からの、継続的な報告に、レオンは、わずかな安堵を覚えていた。少なくとも、この停止期間が、新たな危機を、招いているわけではなかった。
そして、十一日目の朝、ついに、帝都からの、正式な使者が、到着した。
「皇帝陛下からの、勅令を、お伝えする」
前線本部に、緊張が走った。レオンとアレクシスは、並んで、使者の前に立った。
「レオン・ヴァイス、アレクシス・フォン・レーヴェン、両名、及び、この決定を支持した、すべての指揮官——皇帝陛下は、此度の、命令拒否について、重大な、軍法違反であると、お考えである」
その言葉に、本部内の空気が、一気に、冷え込んだ。
「ただし」使者は、続けた。「陛下は、同時に、現場からの、詳細な報告——補給状況の分析、そして、全指揮官の総意という、その重みも、十分に、考慮された」
レオンは、その言葉に、わずかな希望を、見出した。
「陛下の、ご決定は——」
「帝都への、即時の召還を、命じる」使者は、はっきりと、告げた。「レオン・ヴァイス、アレクシス・フォン・レーヴェン、両名は、速やかに、帝都へ戻り、直接、陛下の御前で、この件について、申し開きをするように、とのことだ」
レオンとアレクシスは、顔を見合わせた。
「処罰ではなく、まず、直接の対話を、求めている、ということか」アレクシスが、小声で、呟いた。
「陛下なりの、配慮なのかもしれないな」レオンも、同じように、低い声で、応じた。
「前線の指揮は、どうなる」アレクシスは、使者に、確認した。
「両名が、帝都に向かう間、副官が、暫定的に、指揮を執る。ただし——」使者は、続けた。「進軍の再開については、両名が、帝都から戻るまで、保留とする、との、ご判断である」
この言葉に、レオンは、確かな安堵を覚えた。少なくとも、無謀な進軍が、即座に、強行されることは、避けられた。
その夜、レオンとアレクシスは、帝都への出発を前に、改めて、これまでのことを、静かに、語り合っていた。
「これから、どうなると思う」レオンは、率直に、尋ねた。
「分からない」アレクシスは、正直に、答えた。「処罰を受けるかもしれない。それでも、私は、今回の判断を、後悔していない」
「俺もだ」レオンは、はっきりと、頷いた。「もし、もう一度、同じ状況に、立たされても、俺は、同じ決断をする」
二人は、これまでの、長い道のり——士官学校での対立から、南方戦線での共闘、そして、帝都での改革、東方での対話——それらすべての経験を、改めて、噛み締めていた。
「一つ、気になることがある」レオンは、ふと、口を開いた。「皇帝陛下は、本当に、ただ、安全保障のために、進軍を、お命じになったんだろうか」
「どういう意味だ」
「以前、陛下から、投げかけられた、あの問い——軍を強くすることと、戦争を減らすこと——あの問いを、投げかけた、ご本人が、なぜ、今回、これほど、積極的な、軍事行動を、お選びになったのか」レオンは、考えを巡らせながら、言葉を続けた。「もしかしたら、俺たちには、まだ、見えていない、何か別の、事情があるのかもしれない」
アレクシスは、しばらく、考え込んだ後、頷いた。
「帝都に戻れば、その答えも、見えてくるかもしれないな」
翌朝、レオンとアレクシスは、前線を、副官に託し、帝都への、長い帰路に着いた。
これまでの、すべての戦いの、集大成とも言える、この決断——その結末が、どのようなものになるのか。そして、皇帝が、本当に、何を考えているのか。
帝都への道のりの先に、物語の、最も重大な局面が、静かに、しかし確実に、待ち構えていた。




