第100話 命令拒否
皇帝からの、再度の進軍命令——それを前に、レオンとアレクシスは、丸一日、ほとんど眠らずに、議論を重ねていた。
「もう一度、確認する」レオンは、疲労の色を滲ませながらも、冷静に、言葉を続けた。「この進軍を続ければ、どうなる?」
「補給が、確実に、崩壊する」アレクシスは、これまでの分析を、改めて、確認するように言った。「そうなれば、部隊は、敵地の奥深くで、孤立する。撤退すら、困難になるだろう」
「それは、南方戦線の、比ではない、規模の惨事になる」
「ああ」
二人は、これまでの、すべての戦いの経験——士官学校での学び、南方戦線での実戦と、父母の過去、帝都での改革、そして、この東方での、長い対話の努力——それらすべてを、改めて、胸に刻みながら、この、最も重い決断に、向き合っていた。
「俺は——」レオンは、ようやく、口を開いた。「これ以上の進軍命令には、従えない」
その言葉に、アレクシスは、静かに、レオンを見つめた。
「分かっている上で、言っているんだな」
「ああ」レオンは、はっきりと、頷いた。「皇帝陛下に、反旗を翻すつもりは、ない。だが、兵士たちを、無謀な死地へ送ることは、俺には、できない」
「命令拒否——それは、軍法上、重い罪になる」
「分かってる」
レオンは、これまでの、父グランの言葉を、改めて、思い起こしていた。「どれだけ厳しい戦いになっても、最後まで、兵士たちを、生かすことを、第一に考えるんだ」——その言葉が、今、レオンの、確かな指針となっていた。
アレクシスは、しばらくの間、沈黙していた。そして、やがて、静かに、口を開いた。
「私も、同じ結論に、達している」
「アレクシス——」
「私は、皇帝陛下を、裏切るつもりはない」アレクシスは、はっきりと、言葉を続けた。「だが、この命令に従うことが、本当に、帝国のためになるとは、思えない。帝国を守るために、私は、この命令には、従わない」
レオンは、その言葉に、これまでの、長い道のりを、改めて、噛み締めていた。士官学校時代、対立していた二人が、今、それぞれの立場から、同じ結論に、辿り着いていた。
「これから、どうする」レオンは、尋ねた。
「まず、現場の、すべての指揮官と、意見を、共有する必要がある」アレクシスは、冷静に、方針を示した。「独断で、事を進めるのではなく、できる限り、組織としての、正当な手続きを、踏みたい」
その夜、レオンとアレクシスは、前線の、すべての主要な指揮官を、仮設本部に、招集した。
「皇帝陛下からの、進軍継続命令について——」アレクシスは、まず、これまでの経緯を、丁寧に、説明した。「私とヴァイス殿は、この命令に、従うことはできないと、判断した」
この発言に、指揮官たちの間に、強い動揺が、広がった。
「命令拒否、ということか」一人の指揮官が、険しい表情で、尋ねた。
「そうだ」アレクシスは、はっきりと、答えた。「だが、これは、反乱ではない。この、特定の命令——補給の限界を超えた、無謀な進軍——これに、従わない、という、限定的な判断だ」
レオンも、これまでの、補給データと分析を、改めて、すべての指揮官に、示した。
「この進軍を続ければ、間違いなく、部隊は、壊滅的な被害を受ける」レオンは、冷静に、しかし、確かな決意を込めて言った。「俺たちは、ここで、一旦、態勢を整えるべきだと、考えている」
指揮官たちの間で、激しい議論が、交わされた。
「命令に背けば、我々は、軍法会議に、かけられるかもしれない」
「だが、無謀な進軍で、部隊を失えば、それこそ、取り返しがつかない」
長い議論の末、最終的に、ほとんどの指揮官が、レオンとアレクシスの、判断を、支持することになった。
「分かった」最終的に、ある古参の指揮官が、重い口を開いた。「ここで、一旦、進軍を止める。そして、改めて、皇帝陛下に、現場の総意として、この判断を、お伝えしよう」
この決定は、すぐに、正式な報告として、帝都へと、送られることになった。
『皇帝陛下
現場の、全指揮官の総意として、現在の進軍を、一旦、停止することを、決定いたしました。これは、陛下への、反逆の意志によるものでは、決してありません。
ただ、現在の補給状況を鑑みるに、これ以上の進軍は、部隊の壊滅的な損害を、招く危険が、極めて高いと、判断いたしました。
この決定の、すべての責任は、私、アレクシス・フォン・レーヴェン、そして、レオン・ヴァイスが、負います』
この報告書を送った後、前線本部には、これまでにない、重い緊張が、漂っていた。
「これで、本当に、良かったのか」
若い指揮官の一人が、不安げに、そう漏らした。
「分からない」レオンは、正直に、答えた。「だが、これが、今の俺たちにできる、最善の判断だと、信じている」
帝都からの、皇帝の反応——それが、どのようなものになるのか。レオンとアレクシス、そして、この決断を支持した、すべての指揮官たちの運命が、今、皇帝の、次の判断に、委ねられようとしていた。
東方の空の下、帝国の歴史における、最も重大な岐路の一つが、今、静かに、しかし確実に、形作られようとしていた。




