第7話 互いに仲間たちが頼りにならない
◇ 勇者サイド ◇
次の日曜日の昼前。
俺は駅前にある魔王像の前で、彼女を待っていた。
ちなみに、この魔王像に特定のモデルはいないらしい。
当時の人間が想像した、空想上の魔王を形にしたものだそうだ。
俺は結局、魔王と直接対峙することがなかった。
もし、宇宙人が侵略してくる前に魔王と出会っていたら、世界はどうなっていたのだろう?
俺が魔王を倒していれば、宇宙人が介入してくることもなかったのではないだろうか?
そんなことを考えると、胸の奥がズキンと痛んだ。
裏ダンジョンにこもってレベルを上げるのではなく、もっと仲間たちを頼るべきだったのかもしれない。
一人で強くなることばかり考えず、仲間と力を合わせて魔王へ挑んでいれば――。
「……やめよう」
考えても、過去は変わらない。
俺はスマホを取り出し、時間を確認した。
待ち合わせまでは、あと二十五分。
だいぶ余裕がある。
スレを確認し、今日のクエスト――やるべきことを、もう一度確認しておこう。
女性の目を見て話す。
相手の話を否定しない。
自分の話ばかりしない。
困ったら料理か天気の話をする。
毒男たちから与えられた注意事項を確認していると、不意に声をかけられた。
「すみません、お待たせいたしました」
声のしたほうへ振り返る。
そこには、先日の魔族の女性が立っていた。
彼女の装いは爽やかで、自然と目を引いた。
白いTシャツの上に重ねた、フリル仕立てのキャミソールが風をはらんで、ふんわりと揺れている。
カジュアルなデニム姿でありながら、どこか令嬢のような品が感じられた。
非常によく似合っている。
「ど、どうも。いや、まだ来たばかりです。待ってません。えっと、すみません。お綺麗だったので、言葉が出てこなくて」
やばい。
本当に言葉が出てこない。
自分でも、何を言っているのか分からなかった。
彼女の表情も、どこか引きつっている気がする。
やはり、だいぶぎこちない。
お礼のためとはいえ、俺のような男と会うのは嫌だったのではないだろうか。
◇ 魔王サイド ◇
「すみません。お綺麗だったので、言葉が出てこなくて」
その言葉を聞いた瞬間、顔が一気に熱くなった。
何を言っているの、この男は!?
いや、落ち着きなさい。
クールよ。
クールになるのよ、ティアアマティア。
「あ、ありがちょうございます」
噛んだ。
盛大に噛んだ。
だが、ここは何事もなかったかのように押し通すしかない。
ちなみに、彼の背後に立っている魔王像は、私と似ても似つかない筋骨隆々の大男だった。
誰なのよ、こいつ。
あとで像を管理しているところへ苦情を入れたいところだが、いまはそれどころではない。
あの夜、彼はくたびれたスーツを着ていた。
だが、今日は白いシャツに紺色のジャケットを合わせ、細身のパンツを穿いている。髪もきちんと整えられており、先日とは印象がまるで違っていた。
もしかして、今日のために用意してくれたのだろうか。
いや、まさか。
考えすぎだ。
それより、次は何を話せばいい?
戦闘であれば、初手に『輝く息』を叩き込めばよかった。
相手の耐性を確認し、その後の行動を決める。
だが、初対面の男性との食事では、何を初手に選べばよいのだ?
「それでは、向かいましょうか」
結局、私は会話を諦め、目的地へ向かうことにした。
◇ 勇者サイド ◇
「それでは、向かいましょうか」
彼女に連れられて訪れたのは、いま話題のイヌリア料理店だった。
ランチでは、新鮮な野菜と手打ちパスタを楽しめると評判――と、サイトの口コミには書かれていた。
もちろん、この辺りの店は口コミサイトでひと通り調査済みだ。
何が起こるか分からない冒険において、事前の情報収集は欠かせない。
情報収集を怠れば、サブイベントやクエストを見逃してしまう。最悪の場合、入手機会の限られたアイテムを取り逃す可能性もある。
出現するモンスターの傾向が分かれば、必要な属性耐性も事前に用意できる。
勇者にとって、情報収集は必須の行動なのだ。
店員に案内され、テラス席へ着く。
俺は、あらかじめ決めていたランチセットを迷わず注文した。
彼女も少し遅れて、注文を済ませる。
ここまでは完璧だ。
そう思ったのだが――。
◇ 魔王サイド ◇
やけに手慣れていないか?
彼はメニューをほとんど見ず、迷うことなく注文を済ませた。
もしかして、この店の常連なのだろうか?
だとすると、これは失礼にあたるのではないか?
普段から利用している店へ、お礼と称して連れてきてしまった。
いや、もしかすると、以前にも別の女性と来たことがあるのでは……?
えっ。
これ、本当に大丈夫なの?
「すみません。少し、お手洗いへ」
急に怖くなった私は席を立ち、優秀な仲間たちへ助けを求めることにした。
◇ 勇者サイド ◇
「すみません。少し、お手洗いへ」
注文をスムーズに終えたと思ったら、彼女が急に席を立ってしまった。
どうしよう。
もしかして、何かやらかしたか?
俺はテーブルの下でスマホを取り出し、急いでスレへ書き込んだ。
▼0913 元勇者◆G.Sabe/6rXs
めっちゃ綺麗に注文を決めたら、
相手が急に席を立ったんだが
俺、何かやらかした?
▼0914 名無しの毒男 ID:Kp8Lm2Qa
服は大丈夫なんだろうな?
鎧を着ていってないよな?
▼0915 名無しの毒男 ID:Vn3Rt7Mx
お前の顔を見て吐きに行ったとか
▼0916 名無しの毒男 ID:Bq9Hs4Ld
馬鹿野郎!
メニューも話題のひとつなんだよ
お互いに何を食べるか、どんな料理なのか、
そういうことを話しながら注文を決めるもんなんだよ
そうか。
そうだったのか。
メニューを話題にするなんて、考えもしなかった。
店へ行くときには、だいたい何を買うか決めておくものだ。
薬草が足りない。
万能薬が必要だ。
魔法薬を補充しておこう。
買うものを決めてから道具屋へ向かう。それが普通だと思っていた。
だが、ここでは何を注文するか決めることも、ひとつのコミュニケーションになるらしい。
「深いな……」
感心している場合ではない。
この失敗を、どうにかして取り戻さなくては。
▼0917 元勇者◆G.Sabe/6rXs
卍解したい
どうすればいい?
▼0918 名無しの毒男 ID:Fm5Za8Ku
卍解するなwwwww
▼0919 名無しの毒男 ID:Vn3Rt7Mx
誤字とはいえ、それが最初に出てくるのはなんなんだよwwwww
仕事中なのに吹き出しちまったじゃねーかwwwwwwwww
▼0920 名無しの毒男 ID:Bq9Hs4Ld
とりあえず、相手の服は褒めたんだよな?
服を褒めたか?
どうだろう……。
褒めたような気もするし、褒めていない気もする。
容姿については、何か言ったような……?
駄目だ。
緊張しすぎて、記憶が曖昧になっている。
とにかく、レスに従おう。
相手の目を見て、服装を褒める。
これで挽回できるはずだ。
◇ 魔王サイド ◇
お手洗いへ駆け込んだ私は、個室へ入るなりスマホを取り出した。
開いたのは、先日の相談後に独女たちが勝手に立てた専用スレである。
私は恋愛相談ではないと何度も抗議したのだが、誰も聞き入れてくれなかった。
▼0016 白馬のお姫様◆M.MaO/LuCi
やべーですわ!
常連の店に連れてきてしまったかもしれませんわ!
メニューを見ずに、迷いなく注文していましたの!
▼0017 Miss.名無し ID:Ht6Bw1Px
終わりましたわ
▼0018 Miss.名無し ID:Fs2Yk8Mu
コミュ力が壊滅的ですの
▼0019 Miss.名無し ID:Zn5Rc3Ve
別の女の匂いがしますわ!!!
▼0020 Miss.名無し ID:Vp3Ne7Ka
男一人で来るような店ではありませんわ!
直接聞いたほうがよろしいですの!
▼0021 白馬のお姫様◆M.MaO/LuCi
もう、どうすればいいのか分かりませんわ!
助けて!!
>>0030
▼0022 Miss.名無し ID:Qr9Lm4Za
だから安価をやめろですわ!
▼0023 Miss.名無し ID:Fs2Yk8Mu
ぬちゃんねらーとしては、
お手本のような人材ですわね
▼0024 Miss.名無し ID:Ht6Bw1Px
ksk
▼0025 Miss.名無し ID:Zn5Rc3Ve
ksk
▼0026 Miss.名無し ID:Vp3Ne7Ka
結婚しましょう!
▼0027 Miss.名無し ID:Fs2Yk8Mu
水をぶっかけて帰る
▼0028 Miss.名無し ID:Ht6Bw1Px
ビンタする
▼0029 Miss.名無し ID:Zn5Rc3Ve
役所へ行って婚姻届を出す
▼0030 Miss.名無し ID:Qr9Lm4Za
とにかく相手の目を見て、
服装を褒める
▼0031 Miss.名無し ID:Vp3Ne7Ka
ホテルへ連れ込む
▼0032 Miss.名無し ID:Fs2Yk8Mu
危なすぎですわ!!
▼0033 Miss.名無し ID:Ht6Bw1Px
奇跡的にデス安価をすり抜けましたわwwwww
危なかった……。
一歩間違えれば、水をぶっかけるか、ビンタするか、婚姻届を出すところだった。
だが、安価は絶対である。
相手の目を見て、服装を褒める。
これなら、私にもできるはずだ。
◇ 勇者サイド ◇
やがて、彼女が席へ戻ってきた。
相手の目を見る。
そして、服装を褒める。
大丈夫だ。
レッドドラゴンと戦うより、はるかに簡単なはずである。
俺は覚悟を決め、彼女の目をまっすぐに見つめた。
なぜか彼女も、俺の目をじっと見つめている。
俺たちは同時に口を開いた。
「その服、とてもよく似合っています!」
「そのジャケット、とてもよくお似合いですわ!」
声が、完全に重なった。
「「…………」」




