第2話 夜道でヒロイン(仮)を救う
結局、会社に戻ると上司に怒鳴られ、同僚には笑われ、散々な目に遭った。
緑色だった上司の顔が、怒りでどんどん赤くなっていく光景は、なかなかにシュールだった。
いや、笑ってはいけないのだが。
怒られるのはつらい。
だが、この程度では俺のMPは1ポイントたりとも減少しない。悲しいことに、精神耐性も最大まで上がっている。
それでも心は傷つくのだから、どうやら世の中にはステータスへ反映されないダメージも存在するらしい。
◇
1Kの自宅へ向けて、夜道を歩く。
途中でコンビニに寄り、夕食の弁当を買った。
昔なら、この時間には道具屋も閉まっていた。
買い物をしたければ宿屋で一泊するか、町の外をうろつきながら朝になるのを待つしかなかった。正直、こういうところは便利になったと思う。
いつからだろう?
町の外を歩き回らなくても、勝手に日が暮れるようになったのは。
俺はスマホでスレの流れを確認しながら、夜道を歩いていた。
歩きスマホは危険らしいが、俺にはあまり関係がない。
常時発動型のパッシブスキル《警戒》によって、周囲で起きる異変には即座に対応できるからだ。
その《警戒》が、突然、頭の中で警報を鳴らした。
「向こうか!?」
嫌な予感のする方角へ顔を向け、目を凝らす。
闇の中――と言いたいところだが、街灯に加えて店やビルの明かりが煌々と道を照らしているため、ほとんど闇など残っていない。
ともかく、その明かりの下に男女の姿があった。
男は仕立てのよさそうな服を着ていた。宇宙人の美醜はよく分からないが、たぶんイケメンなのだろう。頭部から伸びた2本の触角を見るかぎり、少なくとも人間ではなさそうだ。
対する女性の頭には、2本の角が生えていた。
魔族だ。
――魔族。
それは三年前まで人間と対立し、長い戦争を続けていた種族である。
勇者だった俺にとっては、倒すべき敵だった。
だが、それも昔の話だ。
いまの俺は、世界を救えなかった“元”勇者である。
人間と魔族の戦争は終わった。いまさら俺が関わることではない。
そう思ったとき、魔族の女性がちらりとこちらを見た。
目が合った――気がした。
――助けて。
そう言っているような気がした。
助けを求められたのなら、迷う理由はなかった。
その瞬間、俺の右拳は宇宙人の男の顔面へ迫っていた。
――バルーラ!
拳が触れる瞬間、強制転送魔法を無詠唱で発動させる。
宇宙人の男の姿が、空間からかき消えた。
もちろん、ダメージはない……はずだ。
「危ないところだった……」
俺がまともに殴れば、レッドドラゴンですら肉片ひとつ残らない。
スキルを使わず、少し力加減を間違えて撫でただけでも、裏ダンジョンの雑魚モンスターなら消し飛んでしまう。
転送魔法が間に合わなければ、とんでもないことになっていた。
ともかく、これで殺人――いや、殺宇宙人を犯さずに済んだ。
おそらく男には、俺の顔も見えていない。
俺が動いてから転送するまで、時間にして刹那にも満たなかったはずだ。向こうにしてみれば、何が起きたのかも分かっていないだろう。
転送先には首都の中央広場を指定しておいた。周囲には警備員もいるため、身の安全は保障されている。
これで一件落着だ。
俺は女性へ向き直る。
「……うん?」
彼女の視線が、いまの一連の動きを最初から最後まで追っていたような気がする。
……いや、気のせいだろう。
俺のレベルは9999だ。
そう簡単についてこられるはずがない。
「あ、あの、大丈夫でしたか? それとも、もしかして余計なことをしちゃいましたか?」
「いえ、ありがとうございました。取引先の方で、無下にもできず、本当に困っていたところなので……」
女性は安堵したように微笑んだ。
頭から伸びる2本の角。
柔らかく波打つ金色の髪に、浅黒い肌。そして、ジャケットを羽織った上品なセットアップ。
気品のある立ち姿は、どこかの令嬢のようだった。
彼女と向かい合っていると、急に自分が場違いな人間に思えてくる。
なんだか恥ずかしくなり、俺はさっさとこの場を去ることにした。
「あ、そ、それじゃあ、俺はこれで」
「待ってください」
踵を返そうとしたところで、女性に呼び止められた。
「あの、できれば、あとでお礼がしたいのですが……」
「あ、あ、すみません」
「ふふ。どうして謝るんですか?」
「いえ、その、あの……」
どうにもいたたまれない。
俺は慌ててスマホを取り出し、連絡先交換用のQRコードを表示した。
女性も自分のスマホを取り出し、カメラでコードを読み込む。
「それでは、あとでご連絡しますね」
「あ、はい」
もう、さっさと帰ろう。
俺は弁当を抱えたまま、早足でその場を立ち去った。
自宅には五秒で到着した。
途中で人も車も撥ねなかったし、弁当も崩れていない。
我ながら完璧な移動だったと思う。
玄関を開け、弁当を流し台の上へ置く。
そのまま六畳間へ駆け込み、カーペットに敷きっぱなしの布団へ飛び込んだ。
スマホを取り出し、急いでスレを開く。
▼0233 元勇者◆G.Sabe/6rXs
たすけておまいら!!!!!




