表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/10

第1話 レベル9999、営業成績ゼロ

 かつて、この世界では、人類と魔族による長い戦争が続いていた。


 だが、三年前。


 その戦争は、あまりにも唐突に終わりを告げた。


 空の彼方からやってきた()()()が、人類も魔族もまとめて屈服させたからである。

 剣と魔法の時代を終わらせた、新たな戦争。


 ――後に宇宙戦争と呼ばれる、一週間にも満たない侵略だった。


     ◇


 そして、宇宙人の征服から三年後。


 かつて石造りの家々が並んでいた街には、アスファルトが敷かれ、灰色のビルが立ち並んでいる。

 馬車に代わって自動車が道路を行き交い、夜になっても街は昼間のように明るい。

 そんなビジネス街にあるオフィスビルの一角で、俺は今日も上司に怒鳴られていた。


「お前なあ! 今月、1件も契約が取れてないってどういうことだ!? なんのための営業だ!」


 ツルツルの頭部から、二本の触手を生やした上司が机を叩く。緑色の肌が赤くなっている気がする。


「あ、す、すみません!」


「最初に『あ』をつけるんじゃねえよ! 『あ』を! そういうところが駄目なんだよ!」


「あ、すみません!」


「もういい! ほれ、今日中にここへ営業に行ってこい!」


 乱暴に渡された紙には、営業先の住所が記されていた。

 ここから、およそ600キロ離れた土地である。


「あ、あの……交通費とかは……?」


「自腹に決まってんだろうが、ダボが! 早く行ってこい!」


「はひぃ!」


 追い出されるように、ビルの外へ出る。

 また今日も、厄介なクエストを受けてしまった。


「600キロか……交通費ももらえないし、歩くか……」


 スーツを乱さないように歩くなら、三十分といったところだろうか。

 この現代社会では、スーツの乱れひとつで営業先に不快な印象を与えてしまうらしい。

 たった三年前まで、王侯貴族に謁見するのでなければ、服装の乱れなど誰も気にしていなかったというのに……。


 本当に、生きにくい世界になってしまったものだ。


 まあ、こうしてクエストを与えてもらえるだけ、まだ恵まれているのかもしれない。

 命令も依頼もない日は、何をすればいいのか分からない。

 誰かが助けを求めてくれれば、まだ簡単なのだが……。


 俺は地面を蹴り、空へと飛び上がる。

 地上を高速で移動すると、通行人を撥ねてしまうかもしれない。


 右足が落ちる前に左足で空気を踏み、その左足が落ちる前に右足で踏む。これを繰り返せば、空中を歩ける。


 交通費を節約するために編み出した、悲しき人材派遣営業のライフハックである。


 俺はスーツを乱さない速度を保ちながら、営業先へと向かった。


     ◇


 帰り道。


 すぐに会社へ戻る気にはなれず、行きよりも速度を落として歩いていた。


 600キロの道のりを、三時間ほどかけて帰るつもりだ。

 営業先ではうまく言葉が出ず、結局、仕事を取ることはできなかった。


『お前みたいな営業を寄越す会社と、人材契約なんか結べるか』


 あそこまで言わなくてもいいと思う。

 俺だって、俺なりに頑張っているのだ。


「昔はよかったな……」


 知らない相手の前では、とりあえず「はい」か「いいえ」のどちらかを答えていればよかった。

 王様に命令され、頼まれたクエストをこなす。それで褒めてもらえた。

 営業トークも、名刺交換も、相手の要望を聞き出す必要もなかった。


 今は……本当に生きにくい。


 俺はファルローズ山脈の中腹を、自分なりにゆっくりと歩いていた。

 岩がごつごつとしていて、革靴では歩きにくい。


 この辺りは三年前まで、レベル80以下の冒険者は通行禁止とされていた危険地帯だ。


 いまはどうなのだろう。


 いま、この山脈を越えて街と街を行き来するのは、一部の運送業者か、電車や飛行機を利用する者くらいである。


「グルアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 大気を震わせる咆哮が響いた。

 前方の崖から、巨大な深紅のドラゴンが姿を現す。


 レッドドラゴン。

 レベル85のモンスターだ。


 大きさは、先ほど話に出した飛行機と同じくらいだろうか。

 レッドドラゴンは俺の姿を認めると、巨大な翼を広げ、地面を蹴った。


 そして、空から勢いよく爪を振り下ろしてくる。


 避けることは簡単だ。


 だが、それでは巻き上がった土埃でスーツが汚れてしまう。

 クリーニング代は、当然ながら自腹である。


 俺は右手を持ち上げ、その巨大な爪を手のひらでトンと受け止めた。


「はいはい。あっち行ってな」


 そのまま、軽く押し返す。


 レッドドラゴンの前脚が跳ね上がり、飛行機ほどもある巨体が宙を舞った。

 そして地面へと叩きつけられ、そのまま昏倒する。


 勝利である。


 経験値は――残念ながら、もうこれ以上もらえない。

 金も――回収したところで、いまとは通貨が違うので使えない。


「……虚しい」


 レベル85のドラゴンを倒しても、営業成績は上がらない。


 俺の名前は、アンセル・アークライト。


 レベル9999。

 経験値もステータスも、とっくに上限へ達している。


 魔王を倒すより先に世界のほうが変わってしまい、その役目を失った――元勇者である。


 *****


 ▼0098 元勇者◆G.Sabe/6rXs

 今日も営業契約取れなかった


 ▼0099 名無しの毒男 ID:bM9Xa2Vc

 設定上は世界救えるのに契約一件取れないの草


 ▼0100 名無しの毒男 ID:Rt6Vn1Qp

 まずその元勇者設定を捨てろ


 ▼0101 名無しの毒男 ID:Qx7Lm2Va

 600キロを30分で移動できるなら宅配業やれよ


 ▼0102 名無しの毒男 ID:kP7Qm9La

 営業より適性あるの草


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ