第1話 レベル9999、営業成績ゼロ
かつて、この世界では、人類と魔族による長い戦争が続いていた。
だが、三年前。
その戦争は、あまりにも唐突に終わりを告げた。
空の彼方からやってきた宇宙人が、人類も魔族もまとめて屈服させたからである。
剣と魔法の時代を終わらせた、新たな戦争。
――後に宇宙戦争と呼ばれる、一週間にも満たない侵略だった。
◇
そして、宇宙人の征服から三年後。
かつて石造りの家々が並んでいた街には、アスファルトが敷かれ、灰色のビルが立ち並んでいる。
馬車に代わって自動車が道路を行き交い、夜になっても街は昼間のように明るい。
そんなビジネス街にあるオフィスビルの一角で、俺は今日も上司に怒鳴られていた。
「お前なあ! 今月、1件も契約が取れてないってどういうことだ!? なんのための営業だ!」
ツルツルの頭部から、二本の触手を生やした上司が机を叩く。緑色の肌が赤くなっている気がする。
「あ、す、すみません!」
「最初に『あ』をつけるんじゃねえよ! 『あ』を! そういうところが駄目なんだよ!」
「あ、すみません!」
「もういい! ほれ、今日中にここへ営業に行ってこい!」
乱暴に渡された紙には、営業先の住所が記されていた。
ここから、およそ600キロ離れた土地である。
「あ、あの……交通費とかは……?」
「自腹に決まってんだろうが、ダボが! 早く行ってこい!」
「はひぃ!」
追い出されるように、ビルの外へ出る。
また今日も、厄介なクエストを受けてしまった。
「600キロか……交通費ももらえないし、歩くか……」
スーツを乱さないように歩くなら、三十分といったところだろうか。
この現代社会では、スーツの乱れひとつで営業先に不快な印象を与えてしまうらしい。
たった三年前まで、王侯貴族に謁見するのでなければ、服装の乱れなど誰も気にしていなかったというのに……。
本当に、生きにくい世界になってしまったものだ。
まあ、こうしてクエストを与えてもらえるだけ、まだ恵まれているのかもしれない。
命令も依頼もない日は、何をすればいいのか分からない。
誰かが助けを求めてくれれば、まだ簡単なのだが……。
俺は地面を蹴り、空へと飛び上がる。
地上を高速で移動すると、通行人を撥ねてしまうかもしれない。
右足が落ちる前に左足で空気を踏み、その左足が落ちる前に右足で踏む。これを繰り返せば、空中を歩ける。
交通費を節約するために編み出した、悲しき人材派遣営業のライフハックである。
俺はスーツを乱さない速度を保ちながら、営業先へと向かった。
◇
帰り道。
すぐに会社へ戻る気にはなれず、行きよりも速度を落として歩いていた。
600キロの道のりを、三時間ほどかけて帰るつもりだ。
営業先ではうまく言葉が出ず、結局、仕事を取ることはできなかった。
『お前みたいな営業を寄越す会社と、人材契約なんか結べるか』
あそこまで言わなくてもいいと思う。
俺だって、俺なりに頑張っているのだ。
「昔はよかったな……」
知らない相手の前では、とりあえず「はい」か「いいえ」のどちらかを答えていればよかった。
王様に命令され、頼まれたクエストをこなす。それで褒めてもらえた。
営業トークも、名刺交換も、相手の要望を聞き出す必要もなかった。
今は……本当に生きにくい。
俺はファルローズ山脈の中腹を、自分なりにゆっくりと歩いていた。
岩がごつごつとしていて、革靴では歩きにくい。
この辺りは三年前まで、レベル80以下の冒険者は通行禁止とされていた危険地帯だ。
いまはどうなのだろう。
いま、この山脈を越えて街と街を行き来するのは、一部の運送業者か、電車や飛行機を利用する者くらいである。
「グルアアアアアアアアアアアアアアッ!」
大気を震わせる咆哮が響いた。
前方の崖から、巨大な深紅のドラゴンが姿を現す。
レッドドラゴン。
レベル85のモンスターだ。
大きさは、先ほど話に出した飛行機と同じくらいだろうか。
レッドドラゴンは俺の姿を認めると、巨大な翼を広げ、地面を蹴った。
そして、空から勢いよく爪を振り下ろしてくる。
避けることは簡単だ。
だが、それでは巻き上がった土埃でスーツが汚れてしまう。
クリーニング代は、当然ながら自腹である。
俺は右手を持ち上げ、その巨大な爪を手のひらでトンと受け止めた。
「はいはい。あっち行ってな」
そのまま、軽く押し返す。
レッドドラゴンの前脚が跳ね上がり、飛行機ほどもある巨体が宙を舞った。
そして地面へと叩きつけられ、そのまま昏倒する。
勝利である。
経験値は――残念ながら、もうこれ以上もらえない。
金も――回収したところで、いまとは通貨が違うので使えない。
「……虚しい」
レベル85のドラゴンを倒しても、営業成績は上がらない。
俺の名前は、アンセル・アークライト。
レベル9999。
経験値もステータスも、とっくに上限へ達している。
魔王を倒すより先に世界のほうが変わってしまい、その役目を失った――元勇者である。
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▼0098 元勇者◆G.Sabe/6rXs
今日も営業契約取れなかった
▼0099 名無しの毒男 ID:bM9Xa2Vc
設定上は世界救えるのに契約一件取れないの草
▼0100 名無しの毒男 ID:Rt6Vn1Qp
まずその元勇者設定を捨てろ
▼0101 名無しの毒男 ID:Qx7Lm2Va
600キロを30分で移動できるなら宅配業やれよ
▼0102 名無しの毒男 ID:kP7Qm9La
営業より適性あるの草




