第五話 契約の延長
六ヶ月目の夜に、シュトラウスが「一つ聞いていいか」と言った。
夕食後の書庫で、リリアナは少し驚いて顔を上げた。彼が先に話しかけてくることは珍しい。
「どうぞ」
「あなたは、社交界で以前より楽になったか」
真剣な目だった。情報収集でも世間話でもなく、ただ知りたいという種類の目だ。
「楽になりました」とリリアナは正直に答えた。「以前は、毎回覚悟して出かけていました。今は、それが少し和らいでいます」
「私との婚約のせいで、制限されていることはないか」
「閣下と婚約したことで不利益を受けたことは、今のところありません」
「今のところ、と言った」
リリアナは少し笑った。「一年後に解消すれば、また変わるかもしれません。でもそれは契約通りのことですから、不満はありません」
シュトラウスはリリアナを見ていた。長い沈黙だった。
「あなたは、この契約を延長する気はないか」
リリアナは一瞬、息が止まった。
「閣下は」と彼女は慎重に言った。「延長を望まれているのですか」
「私は」と彼は言った。そこで少し止まった。彼が言葉を探すのを、リリアナは待った。「この半年で、初めて、帰宅することが苦ではなくなった。その理由があなたにあるなら、それを手放したくないと思っている」
告白、とは少し違う。でも、シュトラウスという人間にとって、これが精一杯に近いものだとリリアナにはわかった。
リナの前世の感覚が囁いた。この人は、ずっと一人で静かにいた人だ。誰かがいることに慣れていない。ただ、慣れようとしている。
「延長しましょう」とリリアナは言った。「条件の再交渉は?」
シュトラウスが、かすかに目を細めた。驚いているのか、それとも別の何かなのか。
「条件は、あなたが決めていい」
「では一つ。夕食後の書庫は、このまま続けること」
「……それだけか」
「今のところは」
今度こそ、シュトラウスの表情が、ほんのわずかに動いた。口元が、ほぼ見えない程度に、緩んだ。
「承諾する」と彼は言った。




