第四話 本がつないだ距離
三ヶ月が経った。
リリアナは公爵邸での生活に慣れ、社交界での立場も少しずつ変わっていった。「氷公爵の婚約者」という肩書きは、確かに効いた。以前なら嫌味や陰口で迎えられていた場所で、今は沈黙か、あるいは当たり障りのない礼儀で扱われる。
完全な解決ではないが、前よりずっと楽だ。
シュトラウスとの関係も、変わっていた。変わっていた、というより、積み重なっていた。
夕食後の書庫が、いつの間にか暗黙の習慣になっていた。どちらかが先にいて、もう一方が来て、各自が読んで、時々短い言葉を交わす。それだけだが、それが一日の中の、一番静かな時間だった。
転機は、リリアナが風邪をひいた日だった。
大したことはない。ただ少し熱が出て、侍女に止められて書庫に行けなかっただけだ。
翌朝、彼女の部屋の前に、本が置いてあった。
昨日リリアナが書庫で手に取っていた本で、まだ半分しか読んでいなかったものだ。
メモは何もなかった。ただ本だけが、そこにあった。
リリアナはそれを拾い上げて、少し長い時間、眺めた。
彼は見ていた。何を読んでいるかだけでなく、どこまで読んでいるかも。
その夜、熱が引いてから書庫に行った。
シュトラウスはいた。リリアナが入ると、一度こちらを見た。
「熱は」
「引きました。ありがとうございました、昨日の本」
「邪魔だったか」
「いいえ。嬉しかったです」
彼はまた本に視線を落とした。ただ、今度は確かに、少しだけ何かが違った。完全に閉じていない、というような、わずかな違い。
リリアナはいつもの椅子に座った。
二人でページをめくる音だけが、しばらく書庫に満ちた。




