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009話 ドゥランドの麦畑


 ムベレの森を抜けると、丘の上から大麦畑が見えた。


 収穫期でところどころ地肌が見えているが、残る畑は綺麗な黄金色をしている。その傍らの休耕地では、羊たちがのんびりと草を食んでいる。畑や休耕地の各所には作業場らしき建物や風車があり、街道沿いを道なりに進むと斜面に沿って集落がみえる。ーーマコンベ村だ。

 

 丘を下ると、畑の端に建てられた小さな番小屋がみえた。ムザリクは、番小屋にいる兵士に声をかけた。


「ご苦労さん。ゴジラム工房のムザリクだが、ドゥランドに会いに来たんだが、通っていいか。」


「やぁ、ムザリクさん。お久しぶりです!ドゥランドさんなら、今は畑の作業場にいると思いますよ。」


「そうか、ありがとな。これ、差し入れだ。みんなで飲んでくれ。」


「ありがとうございます!こちらは、皆でいただきますね。」


 兵士に、差し入れの酒樽を渡していると、「おーい!」と上から声がかかった。見上げると、見張り台にいる三人の子供たちが手を振ってきた。サイズの大きい兜から緑、黄、赤の髪が見える。


ーー前世の信号機みたいだな


 ムザリクは笑うのを隠しながら、荷車から今朝露店で買った菓子を取り出し、子供の方へ投げる。緑の髪の子供が手慣れたように受け取ると、一礼して中身を確認している。


 外からの来訪者は、子供たちに菓子を投げるのが慣例になっている。兵士の子にとっては、ささやかな役得でもあった。ちなみに、王都では一番内側の門のみでしか実施されていないので、毎日争奪戦だ。小さい頃は、見習いだったルゾガルに手引きしてもらい、近所の連中と兵士の恰好をしてちゃっかりお菓子をゲットしていたものだ。

 

 子供たちの嬉しそうな声を頭ごしに聞きながら、番小屋を後にする。石壁に沿ってしばらく進み、ところどころ風車や小屋などが見え、その向こうに一際大きな建物が見えてきた。ドゥランドの作業所だ。

 

 ムザリクは作業所の入口近くでロバを止める。近くの石壁を見ると、隙間から羊たちがひょっこり頭を出している。毛が刈られた後なのか、夏仕様ですっきりしている。御者台から降りて、ロバを引く。ひとまず入口近くの杭にロープを繋ぎ、母屋に向かった。




「お!ムザリクか。ちょうどよかった。」


 母屋へ行く途中、椅子に座り寛いでいるドゥランドがいた。さっきまで被っていたのだろう、トレードマークのテンガロンハット風の麦わら帽子を膝に起き、パタパタとタオルを振っていた。


 こんがり日焼けしたあざ黒い肌のガタイのいい男で、今日は自慢のマゼンタ色の髪をブレイスにしている。髪型を頻繁に変えるせいで、トレードマークの帽子がなければ初見でドゥランドだと気づく者はまずいない。


 ムザリクが声をかけようとするが、ドゥランドも気づき、挨拶もそこそこに話しかけてきた。


「鎌と鋤が壊れちまってな。急いで修理してもらえるか。」


「農具なら、今日予備を持ってきたぞ。」


「おぉ!助かる!今年もおまえが来るかわからねぇから、村長に相談するか迷ってたところだ。壊れた農具を持ってくるから待っててくれ。」

 

 ドゥランドは言い終えるなり、納屋へと向かった。

 

 ムザリクはその間に、荷台から土産と農具を取り出し、ロバを家畜用の小屋に移す。荷車から解放されたロバは、鼻を鳴らしながら首を振った。小屋に積まれた桶に、水と飼葉を入れると、気ままに尾を振りながらやってきて飼葉を噛みはじめた。

 

 小屋を出て元の場所へ戻ると、農具を取りに行ったドゥランドも戻ってきた。


「おっ!一通り、そろってんじゃねぇか。全部引き取るぜ。」


「そうしてくれ。」


 ムザリクは、ドゥランドに持ってきた農具を一式渡し、代わりに壊れた農具を受け取る。


「ところで、俺に用があったんじゃねぇか?」


「あぁ、それなんだが……」


 農具を積み終えたムザリクは、酒造りの件を切り出した。

 

「はぁ!?酒造り?おまえがか!?鍛冶はやめるのか!?」


 案の定、ドゥランドは、大きな声で矢継ぎ早に詰め寄ってきた。その声に、周囲の羊が驚いたように顔を上げて次々と鳴き喚いている。


「落ち着け。鍛冶はやめない。」


 ムザリクは経緯について話をした。ひとしきり話を聞き終えたドゥランドは顎に手を当てる。


「なるほどな。確かに最近の酒は特に粗悪品が多いからな。お前の言う通り、酒に問題があるというのも筋は通ってるかもな。なら、こっちにこい!」


 ドゥランドはそういって、奥の建物に向かう。ムザリクは慌てて、ついていった。

 

 案内された場所は、大きな倉庫だった。収穫された麦のほかにも、干し草などが積まれている。


「こっちのやつは、去年収穫したものだからな。好きなだけもってけ。」


「いいのか?」


「あぁ。多少劣化してるしな。試作なら問題ねぇだろ。ただ、本命は秋口にしとけよ。酒用なら、秋口の大麦が安定してるからよ。取っといてやる。」


「恩に着る。」


「おまえにはいつも優先で直してもらってるからな。その代わりできたやつは俺にも飲ませろよ!俺が丹精込めて作った大麦だ。まずかったら承知しないからな。」


 ドゥランドはガハハハッと笑いながらムザリクの肩を叩き、再び母屋の方へ視線を向けた。


「そういや、飯はまだだろ?久しぶりに来たんだ。ゆっくりしていけ。」


 ドゥランドの厚意に甘え、ムザリクは久しぶりにドゥランドの手料理をご馳走になった。休耕地で飼育している羊のソーセージやチーズ、それから特製のキノコの料理が並ぶ。


 使われているキノコは、ドゥランドが趣味で栽培し始めたウリボダケだ。独特のナッツの香りがあるキノコだ。もともとは近くの森に自生していたのを、地下で栽培し始めたらしい。村人たちの試食会では好評らしく、今度出荷を検討しているらしい。


 そんな近況を聞きながら、ムザリクは土産のフレイムハートをドゥランドに注いだ。


「そういや、ムザリク。おまえ、ずいぶん軽装できてるが、剣は帯刀しているか。」


「ナイフならあるが、どうした?」


「いや、最近変な噂が回ってるんだ。」


「噂?」


 ムザリクは眉をひそめる。農村で広がる噂話など、大抵は盗賊か野獣、あるいは酒場で尾ひれのついた与太話だ。特に収穫期前後は、人も荷も動くため、根拠のない話はいくらでも広まる。


「ムベレの森で、魔物が目撃されたんだ。」


「魔物?……あの700年前に勇者が滅ぼしたっていう、あの“魔物”か?」


 ムザリクは、思わず聞き返えした。


「あぁ、見たのは、山菜採りの若い衆だ。イノシシだと思ってみたら、目玉が三つで、大きな牙が赤黒く光っていたそうだ。幸い反対側に逃げていったから誰も襲われなかったそうだが。」


「それなら、見間違いだったんじゃねぇか?」


「それが村長がいうには、子供のころはこの辺りの村には、ドレッドボアっていう、三つ目の人食い猪の魔物が出て、村人を襲ったり、農作物を食い荒らしていたそうだ。……まぁ、あの人も800歳くらいだから、本当のことかどうかは怪しいが。それでも、用心しておいたほうがいい。」


 ドゥランドは肩をすくめる。


 村長の年齢を考えれば、700年前の話を知っていても不思議ではない。もっとも、本人の話には誇張も多く、酒が入るたびに武勇伝の規模が大きくなるので、どこまで本当かは怪しいところだ。


「わかった。用心しておく。」


「あぁ。念のため、日があるうちに帰れ。」


 それからも、二人は食事を続けながら、他愛のない話を交わした。今年の収穫具合や、王都へ出荷する大麦の値段に、村の若い衆の話。話題は次々と移り変わり、気づけば卓に並んでいた料理も半分以上なくなっていた。


 途中、ドゥランドは何度もフレイムハートを飲んでは満足そうに唸り声を漏らしていた。気に入ったらしく、樽で仕入れられないのかと真顔で聞いてきたので、ムザリクは「そんな金はない」と即座に返した。


 その流れで、ドゥランドは倉庫に置きっぱなしになっていた品をいくつか譲ってくれた。乾燥木材の端材に、使わなくなった小ぶりな木樽、それから羊脂を固めた保存用の油脂など、とにかく荷車に積めるだけ積んでくれた。


 そうこうしているうちに気づけば、太陽は南西の位置にあった。夏とはいえ、後2時間もすれば、日暮れだ。どうやら思っていた以上に長居してしまったらしい。


 ムザリクは、急いで家畜小屋へ向かった。飼葉を食べ終えていたロバは、近づいてきたムザリクを見ると、小さく鼻を鳴らして首を振る。繋いでいた縄を解き、荷車へ戻してやると、慣れた足取りで歩き始めた。行きよりもかなり重くなっていたが、まったく物ともしない。


「くれぐれも気をつけて帰れよ!」


「おぅ!」


 ムザリクは片手を軽く上げて応じ、マコンベ村を後にした。




 帰り道、ムベレの森は、薄暗かった。夕暮れが近づいているからか、午前よりも光が入っておらず鬱蒼としていた。その様変わりに、ドゥランドの話がよぎり、ムザリクはロバの足を軽く叩く。


 森の中はでは、風が枝葉を揺らす音と、荷車の車輪が土を軋ませる音だけが続いていた。だが、その静けさがかえって落ち着かなかった。


 脳裏に浮かぶのは、先ほど聞かされた魔物、三つ目の人食い猪――ドレッドボア。


 ふと、今朝見かけた集落跡のことを思い出す。森を抜ける途中、古い集落の崩れた石壁だ。硬い安山岩でできた壁が、バラバラに砕けていた。


ーーあの時は、ただの猪の仕業だと考えていたが、ドレッドボアがそこに居たはずの集落の人間を襲うために壁を壊したのだとしたら……


 ガサリ――


 その時、近くの茂みが揺れた。そこはちょうど今朝通りがかった壁の向こうだった。ムザリクの肩がびくりと跳ね、反射的に腰のナイフへ手を伸ばした。荷車を引いていたロバも、不安そうに耳を立てる。


 しばし警戒していると、草むらの奥から、小さな影がひょこりと顔を出した。


「……なんだ。」


 現れたのは、丸々としたウリ坊だった。鼻先をひくつかせながらこちらを見上げると、すぐに草むらの奥へ駆け込んでいく。


 ムザリクは小さく息を吐いた。


 どうやら、本当にただの見間違いだったらしい。とはいえ、不気味な森の空気まで消えるわけではない。ムザリクは余計な考えを振り払うように、再びロバの足を軽く叩いた。


 チリーン、チリーン


 乾いた鈴の音が、薄暗い森の奥へ響いていった。


気前のいいドゥランドさんに大麦をいただきました。

ドゥランドさんは、兄貴肌で、器用富豪なイメージです。

ちなみにドゥランドが地下で育てているウリボダケのモデルはポルチーニ茸です。

料理の回を書いていると、お腹がすいてついついカロリーメイト(メイプル)に手が伸びては、叱られてます。みなさんは、書き物や読み物をなさっているときは何を食べたくなりますか。


それでは、次回は、酒造りの場所探しのお話です。お楽しみに。

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