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010話 いわくつき部屋


「はぁ!?ムベレの森に魔物が出ただと!?」


 王都に戻るころにはすっかり夕方になっていた。ロバと別れ、家に到着すると赤ら顔のルゾガルが出迎えた。また梯子したらしい。長椅子の上で、上機嫌で寝そべっているルゾガルに、荷物を降ろしながら、ドゥランドからまた聞きした魔物の噂話について話した。

 

 すると、ルゾガルが突然椅子を蹴る勢いで立ち上がり、先ほどの言葉を吐いた。


 ルゾガルは目を見開き、険しい表情でムザリクを睨んでいる。ルゾガルがこんな風に激しく動揺した姿を見たのは、親父が亡くなったとき以来だ。


「落ち着けよ。ドゥランドからのまた聞きだから真偽はわからん。とりあえず座れ。」


 ムザリクに諭され、ルゾガルは息を吐きながら、しぶしぶ椅子に座った。少し落ち着いたのを見計らって、ムザリクはドゥランドから聞いた噂と森で見た集落跡について話した。


「なるほどな……爺さんの与太話で終わればいいが、お前が見た集落跡が気になるな。念のため隊長に連絡してくるわ。」


「そこまですることか?」


「普通の獣ならな。」


 ルゾガルはいつになく真面目な顔で続ける。


「ウリ坊程度なら、その辺のガキでも素手で捻れる。だが、魔物は別だ。斧で頭を割っても動くようなのもいるって話だしな。」


「そうか……しかし、俺は実際に見たことないから、いまいち実感がわかねぇな。」


「俺だってねぇよ。ただ、上官からは『見た時には手遅れだった』って話を嫌ってほど聞かされてるからな。」


 ルゾガルは、城門守備隊に所属する兵士だ。普段は荷検めや巡回が主な仕事だが、有事の際には周辺警戒や避難誘導も担当する。王都近辺の異変を見過ごせる立場ではないのだろう。


「ちょっくら行ってくるわ」


 ルゾガルはそれだけいうと、さっと兜と剣をとり、そのまま城へと向かった。





 ルゾガルが城へ行っている間、ムザリクは地下一階の倉庫まで戦利品を運び込んだ。何往復かし、夕飯の支度をしていると、ルゾガルが帰ってきた。


「上に報告してきたぞ。念のため、調査隊を派遣するらしい。」


「ずいぶんと対応が早いな。」


「あぁ。本来ならこんなに早く派遣されないんだが……上はどうも魔物に関して心当たりがあるような感じだった。もしかしたら、本当に魔物かもしれねぇ。」


「マジか……」


「まぁ、それも調査隊の結果次第だ。もしかしたらおまえが遭遇したウリ坊だった可能性もあるしな!とりあえず、飯でも食おうぜ!」


「そうだな。」


 重苦しい話をこれ以上続けても仕方ない。ムザリクは、冷えたエールと果実水を卓の上に置く。ルゾガルも、気持ちを切り替えるように椅子へ座り直す。


 今日の夕飯は、ドゥランド手製のウリボダケのパニーニである。ルゾガルへの土産に大量に持たせてくれた。


「このウリボダケってやつ、とんでもねぇ美味さだな!ドゥランドの奴、これで一攫千金でも狙えるんじゃねぇ!」


「ドゥランドが聞いたら、泣いて喜ぶな。」


「ドゥランドは元気だったか。俺もお前についていきたかったが、仕事のほうがな。」


「あぁ、相変わらずだった。今回は、ブレイズヘアにしてたぞ。」


「また、髪型変えたのか。相変わらず器用なやつだ。俺も切ってもらおうかな。」


 ルゾガルは、癖の強い朱毛を一房さわりながらつぶやいた。


「そうだな。朱毛だから高く売れるんじゃねぇか。」


「おいこら!俺は、羊じゃねぇぞ!」


 ルゾガルはそう言いながらも、しっかりと自分の朱毛を手で押さえていた。ムザリクは吹き出しそうになるのを堪えながら、残っていたパニーニを口へ運んだ。先ほどまで漂っていた重苦しい空気も、いつの間にか少し和らいでいた。




 次の週末、ムザリクは地下一階の倉庫で、大麦袋の山を前に腕を組んでいた。


 ドゥランドの厚意に甘え、荷車に積めるだけ持ち帰ったのは、去年収穫し、乾燥保存されていた貯蔵麦だ。一番手前の袋の口を開き、手を差し入れる。掌に掬った粒はよく乾いており、硬い。粒の大きさも揃っていた。


「悪くないな。」


 むしろ、都合がいい。収穫直後の麦は休眠が残ることがある。発芽率が安定しない麦を使えば、麦芽の出来にばらつきが出る。前世で蒸留所で働いていた頃、製麦業者が「新麦は気難しい」と愚痴をこぼしていたのを思い出した。


 ムザリクは倉庫内を見回した。大麦は手に入ったので、次は酒を造る場所だ。

 

 この家には、地下シェルターが存在する。地下シェルターは四階構造になっており、地下一階は、倉庫と食糧庫。地下二階は生活区画。地下三階にも部屋はあるが、奥の大部屋を含め、今はほとんど使われていない。そして最後の地下四階は地下回廊へ続く出入口だ。元々は魔物が出没していた時代の避難施設として掘られたものらしいが、今では半ば家のようになっている。


 ただ、問題があった。

 

 「ここだとカビるか。」


 地下一階は、通常の食糧庫向きではあるが、製麦ができるほどの空調設備が整っていない。これでは、大麦の種子が発芽する際に放出する発芽熱がこもれば、すぐにカビる。


 製麦で一番恐ろしいのはカビだ。

 一度カビればすべて終わる。あの独特の鼻につく臭いがついた麦は、もう酒にならない。


 カビ毒は加熱しても殺菌できない恐ろしい毒だ。王都に流通するエールが腐敗しているのも、おそらくそれが原因の一つではないかと思われる。

 

 それに貯蔵庫と同じ環境だと、製麦中にカビが発生すれば、すべての麦を捨てることになる。


 地上部分は生活スペースで使われているし、唯一使用されていない親父の部屋では狭すぎる。地下二階や地下四階も同様に、生活スペースが主なので製麦できるほどの広さがない。


となれば――


「地下三階しかないか。」


 その言葉に、後ろから嫌そうな声が返ってきた。


「おい!まさか、あの部屋使う気か!?」


 ルゾガルの低い声が聞こえ、振り返ると、顔をしかめて立っていた。


「あぁ、エルフの魔法使いの部屋だ。もしかしたら、実験用に設備が整ってるかと思ってな。」


「いや、まぁそうだとしてもよう……エルフの部屋だぞ?」


 ルゾガルは露骨に嫌そうな顔をする。

 

 実は、地下三階の奥には、使われていない大部屋がひとつある。


 昔、とあるエルフの魔法使いに魔改造されたと言われている、いわくつきの部屋だ。

 

 どんな部屋なのか、なぜそんなものがあるのか、ムザリクもルゾガルも知らない。親父は生前、その部屋についてほとんど語らなかったが、酒を飲むたび、妙に上機嫌になってこう言っていた。


『地下三階にいわくつき部屋があるおかげで、王都の好立地物件が格安だったんだ。いい買い物したぜ!だが、お前たちは絶対に入るなよ。ハイエルフの魔法なんざ、ろくなもんじゃねぇ。』


 そう言われ続けていたせいで、二人とも今まで一度も中へ入ったことがない。ムザリク自身も正直、この件がなかったら、入ろうとも思わなかった。やばいトラップやおぞましい拷問道具があったらと思うと寒気がする。


「行くぞ。」


「……本当に入るのか。」


「設備が使えるなら使う。」


「酒造りのために呪われるの嫌なんだが。」


「呪いで麦芽は腐らん。」


「そういう問題か!?」


 ルゾガルと言い合いになりながらも、二人は地下三階へ向かった。


 生活区画の更に奥。普段ほとんど使われていない通路を進む。石壁には埃が積もり、倉庫よりもカビ臭い。


ーー長年使ってなかったんだ。ここもだめか。

 

 ムザリクがそう思っていると、黒々とした鉄扉が見えた。鉄扉には、赤黒い子供の落書きのような奇天烈な文様が刻まれている。エルフの紋様なのだろうか。


 エルフは、ブカロンゴ王国から東、人族や獣人族の国よりもはるか極東の地にいる種族だ。魔法に長け、ドワーフより少し短い、四百年前後の寿命をもつ。


 そして、世界にたった数人しかいないエルフに近い種族――ハイエルフ。


 ハイエルフは、何万年前から生きているといわれる謎の種族だ。その研究には、禁忌めいたものも多いときく。そのため、ドワーフはハイエルフを危険視し、その英知を賞賛するエルフも同様の見方がされる。


「親父、これ見てよく買ったな。」


 そう呟くルゾガルの意見に、ムザリクは心の中で同意する。初めて見た紋様だが、大量の虫が這っているところを見たようなざわざわとした嫌悪を抱かせる。


 ムザリクは意を決して、親父の残した手記を取り出し、慎重に鉄扉に手をかけた。

 

「源泉へ(アド・フォンテス)」

 

ゴッゴゴゴゴゴゴ

 

 ムザリクから発せられた言葉に反応し、紋様が白く浮かび上がる。やがて重い音を立てながら、ゆっくりと開いた。





「「……おぉ。」」


ーー広い。


 そこは、地下とは思えないほど広い空間だった。

 

 ムザリクはゆっくりと部屋を観察した。


 壁面には魔導灯、天井近くには通風管、部屋の中央には見慣れない金属筒が並び、壁際には古い温度計らしき装置まで設置されている。ただ、隅の方には本棚と簡素な机があるだけで、だだっ広い空間があるだけだ。


 ムザリクは慎重に中に入ると、その空気に驚いた。


ーー換気しているのか?


 先ほどのカビ臭い廊下と違い、独特の重い空気ではなく、地上のように空気が軽かった。ムザリクはその秘密を探ろうと、天井の配管を見る。


「あっ、やべ!」


「はっ?」


 素っ頓狂な声が聞こえ、ルゾガルの方へ向くと、どうやら壁に張りついていた小さいボタンを押したようだ。低い駆動音が響き、壁面に取り付けられていた白い箱の一部が淡く光った。そして、白い箱の一部が開いた。


「うぉっ!?なんだ!?」


 ルゾガルが飛び退く。どうやら開いた部分から風がきているようだ。


――エアコン?なぜそんなものが?


「この風、冷てぇと思ったら、なんか暖かくなったぞ……しかも、光ってるし、どうなってるんだ?」


 ルゾガルが混乱するのも無理はない。この世界に、エアコンのような温度まで調整できるような高度な魔法具は限られており、一個人が持つようなものではない。また、電気のような便利なものはなく、魔石など特殊な鉱石の性質を利用した原始的なものだ。その魔石でさえ、産出国でもない限り手に入りにくい。


 二人が混乱している間も、エアコンらしき箱は稼働し、少しずつ暖かくなる。


「なんなんだ?この部屋は……」


「だから言ったろ。気味悪ぃって。」


 ルゾガルは落ち着かない様子で辺りを見回しながらその場をうろうろしている。

 

 しかし、ムザリクは逆にわくわくしていた。

 

 通風管に、温度計。エアコンらしき設備に、広い部屋。まるで製麦室か麹室だ。ムザリクは、前世の酒蔵を思い起こす。


 麹室は温度と湿度を徹底管理する。ウイスキーのモルトフロアもまた、発芽熱との戦いだった。この部屋は、その両方に似ている。


「使えるな。」


「おい!正気か!?」


「あぁ、むしろ理想に近い。ここでやるぞ!荷物を運ぶのを手伝ってくれ。」


「はぁ!?……まじかよ。」


 ムザリクは返事も待たず、さっさと荷物を取りに部屋を出ていく。


 取り残されたルゾガルは、しばらく呆然とその場に立ち尽くした。開いたままの白い箱からは、一定の間隔で風が吐き出されている。ひゅう、ひゅうと乾いた音が響くたび、得体の知れない生き物が呼吸しているようにも思えた。


「……あぁ、もうわかったよ!やればいいんだろ!」


 居心地の悪さを振り払うように叫ぶと、ルゾガルは慌ててムザリクの後を追った。


読んでくださってありがとうございます。

いわくつきの部屋って、不気味だけど、怖いもの見たさでわくわくしますね。

滝石の祖父の家にも開かずの部屋があったのですが、子供の頃はその前を通るときは、恐怖心と好奇心で緊張してました。大人なってその部屋が母の子供時代の部屋だったことが判明し拍子抜けしたのですが、いまだにその前を通るときも緊張してしまいます(笑)


それでは、次回も20時更新予定です。

ではでは。


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