011話 最後の材料
「だぁー!うめぇー!」
「おい、酒買いに来たんじゃねぇぞ。」
「わかってるって!」
ムザリクたちは、朝市に来ていた。酒を造る場所も確保できたので、エールを作るのに必要な道具を揃えるためだ。ルゾガルは仕事前だというのに、エールを堪能している。前世だったら、確実にコンプラ違反だが、勤務中でも平然と飲むし、休憩も当たり前にある。飲めない俺には、素直に羨ましい。
ーー俺も酒が飲めるようになったら、絶対に飲みまくってやる。
「俺は先にいくからな。」
ムザリクは、エールに夢中のルゾガルを放置して、目的のものを次々と購入していく。ひしゃくやロープ、麻布や羊毛の布など、いろいろだ。樽や桶も新しいのをいくつか購入した。ザミラやドゥランドからもらったものもあるが、試作はそれなりにするので、あるに越したことがない。初期投資は痛いが、後で申請するので、ある程度は帳尻が合うだろう。
「よぉっ!ムザリク。」
いろいろ物色していると、材木屋のキンドゥが声をかけてきた。ちょうど材木屋にも買いたいものがあったので、聞いてみることにした。
「ジュニパーの枝木?あの青い実がついてるやつか。」
「あぁ、できれば、乾燥しているやつじゃなくて、新しめの若い枝先と実がほしい。」
「若い枝先と実ね。それなら、ここにはないぞ。若い木はあんまり客が欲しがらないんだ。」
ムザリクは肩を落とした。ジュニパーの枝木は、今回のエールを造る上で重要な材料だ。木材関連なので材木屋なら売っているかもしれないと思ったが、やはり使い道が限られているので難しいようだ。ムベレの森にも自生はしているが、先日の魔物の一件で入山禁止になっている。ウリ坊だったらいいが、流石に本物とは遭遇したくない。
「すまんな。……それにしても、その荷物の山、ずいぶんと景気がいいな。」
「仕事関連だからな。残念ながら、俺の財布はルゾガルのせいでいつも不景気だ。」
「ははは。お互い石兄妹には苦労するな。」
「おっ、おまえ、それはいわないほうが……」
「ふふふ、キンドゥお石兄様。それはどういう意味かしら。」
ムザリクは慌てて声を潜めていったが、時すでに遅し。いつの間に現れたのか、ミラリがにこやかな笑みを浮かべて立っていた。
「あははは……冗談だよ、ミラリ。あぁ!ムザリクそういえば、ジュニパーだったな?ちょっと仲間に聞いてくるわ!」
ーー逃げたな
わざとらしい演技をしながらキンドゥは、向かいの商店に駆け込んだ。向かいの大将は、ちらりとこちらをみて苦笑いを浮かべている。
ミラリは、スカーフ職人で細身の清楚なお嬢さんというなりをしているが、免許皆伝の武闘家だ。外見に騙されて喧嘩をふっかけようものなら、ダイヤモンドの腕から繰り出されるラリアットで首が真っ二つである。笑ってごまかして逃げられるあたり、流石は石兄だ。
「ところで、ムザリクさん。いつものスカーフはどうなさったの?まさか……」
「いや!断じて破いたわけじゃない!実はこの間、鳥人族のお嬢ちゃんにどうしても交換してくれって頼まれてだな……」
「まぁ!そんなに気に入ってくださったんですね。それなら、ムザリクさんの分は、急いで仕上げてさしあげますわ。今度のサンバ・ジュア(還陽祭)には必要でしょう?」
「すまん。頼むわ。」
ミラリとそんな話をしていると、キンドゥが戻ってきた。
「あぁ、待たせてすまん。人族の女商人が売ってるのを見たそうだ。こういう『目』と書かれたテントが目印だ。」
「『目』が書かれたテントの人族の女商人だな。わかった。」
ムザリクは、キンドゥから『目』と記載された木片を受け取り、短く礼を言って、そそくさと外門へと向かう。これ以上居座って、兄妹喧嘩に巻き込まれるのはごめんだったのと、キンドゥから教えられた商店は内門からは少し遠かったので、ムザリクは足早に向かった。他種族のエリアに入ると、上下左右を見渡し、お目当ての店を探す。
「『目』が書かれたテントか。……おぉ、あった。」
ムザリクが見つけたのは、端の方でひっそりとテントを張っている人族の露天商だった。小ぶりのテントには、でかでかと木片の通りの『目』の文字が描かれていた。焚き付け用の薪を売っているらしく、細い枝や割り木が積まれている。ドワーフでは火付けには火の魔石を使うが、人族では火打ち石に木や炭が主流だ。おそらく他種族用の商品なんだろう。
ムザリクの視線に気づいたのか、女商人が声をかけてきた。気の良さそうな丸顔に、恰幅のよい体つきの、いかにも人族の商人といった成りの女性だ。
「おや、ドワーフのお客さんは珍しいね。焚き付け用かい?」
「いや、ジュニパーの枝木や実を売っていると聞いて。」
「ジュニパー……あぁ!もしかして煎じ薬かい?それなら、ちょっと待ってておくれ。」
そういうと小さなテントの中に入る。ごそごそといくつかの引き出しを引っ張る音がする。しばらくすると、箱を引きずるような音とともに、大きなつづらを抱えて出てきた。
「お待ちどうさん。これは、今朝鳥人族に採ってきてもらったものでね。薬用に綺麗にしたから、土や虫もついていないよ。」
「確かに、新鮮だな。」
「わたしは、薬師でもあってね。商隊向けに薬を煎じてやってるから、鳥人族に採ってきてもらっているのさ。最近、腹壊す輩がやたら多くてね。たんまり持ってきてあるからよりどりみどりさ。」
「なら、こっちの束とあっちの実のセットをもらおう。」
「毎度あり。サービスしとくから、またよっとくれ。」
薬師の姉さんからジュニパーの束とジュニパーの実を受け取ろうとすると、いつの間にか戻ってきたルゾガルがひょいっと奪って担いだ。
「なぁ、ムザリク。その枝、何に使う気だ?それじゃ子供のおもちゃにもなれんぞ。」
「酒に決まってんだろ。」
「はぁ?これ、酒に入れるのか?」
「入れるというか……まぁ、それはおいおい説明する。」
頭にはてなを浮かべているルゾガルだったが、少し離れた屋台から漂う卵が焼ける匂いに釣られ、完全に興味は朝飯へと移った。匂いの先には魚人族の屋台があり、四角い薄焼きのピザが並んでいる。その誘惑に吸い込まれるように、二人はピザを貪った。
ついつい食べ過ぎた朝食の後、家に戻って荷物を片付けているうちに、なんだかんだで、仕事に出る時間になっていた。ムザリクは急ぎ工房へと向かう。工房に着く頃には、他の職人はすでに打ちはじめていた。
「おっ!珍しいな。ムザリクがギリギリにくるとは。」
「あぁ。今日は朝市によっててな。」
「ほう?なら、魚人族のピザは食べたか?」
「あぁ。卵の匂いにつられてな。食べ過ぎちまった。」
「だよな!あの匂いは卑怯だぜ。」
そんな軽口を言い合いながらも、ムザリクは急いで仕事に向かう。今日は朝からできなかった分、気合いを入れて、鋼材と向き合った。
昼休み、ムザリクは工房に落ちていた錬鉄のクズをかき集めた。酒造りに必要な道具を造るための釘を造るためだ。集めた鉄クズを熱し、金床の上でハンマーを振るい、一本の棒にしていく。目標の半分ほどまで打ったところで、横から声がした。
「あっ!もしかして、釘作ってるんですか!?僕、ちょうど、家の椅子の調子が悪くてですね。僕にもわけてください。」
「いや、おまえは自分で造れよ。」
「あー、でも、僕、こういう細かいの苦手なんすよね。」
「面倒でも若手の修行だ。あきらめろ。」
「それはそれ、これはこれです。なーんか、自分で使う分は気がぶれるというか。あー、もちろん、仕事はばっちり決めるんで!」
こんな軽口をかましてくるバルドは、鍛冶ギルドマスターの石息子だ。くるっとしたクリムゾン色の前髪を指先でくるくるしている。こんな感じの性格と態度だから親の七光りだとさんざん言われているが、本人の言った通り、仕事となると丁寧で忠実だ。ただ、頑固一徹の親父とそりが合わず、最近はこちらの工房をよく出入りしている。
バルドの軽口をいなしながら、ムザリクは鉄棒を水の魔石に突っ込んだ。水の魔石が赤く反応し、白い蒸気が立ち上がる。
「そういえば、ムザリクは開発申請してましたよね。酒の装置でしたっけ?」
「酒用の蒸留装置な。」
「あー、それっす。親父が判子押してましたよ。たぶん、数日後に通達がくるっす。」
「よしっ。」
その言葉に、ムザリクは思わずハンマーを持つ手を止め、こぶしを握る。正直、あのバロカスがこんなに早く通すとは思っていなかったのでかなりの朗報だ。
ーーこれは急ピッチで原液を造らねば!
それからバルドの軽口に適当に付き合いながらムザリクは釘を打ち続けた。
造るべき道具はまだいくつか残っているが、材料はあらかた揃ったし、開発申請も通りそうだ。いよいよエール造りの準備が整いつつある。早く仕込みを済ませて、酒が飲めるか試したい。
ムザリクは、昼休みが終わる鐘が鳴るまでの間に、急ピッチで釘を仕上げた。
朝からエール羨ましいですね。
朝市シーン書くのに当たり、いろんな朝市を調べてみたんですが、
海鮮や屋台など回りながら、ビールを楽しんでいる様子がアップされていて、
夜とは違う爽やかな感じがいいなと思いました。
朝市限定のビールもあるようなので、いつかムザリクに造ってもらいたいです。
さて、いよいよ次回はエール造りスタートです。
ではでは。




