012話 エール造り(1)
「いよいよだな。」
「いよいよだ。」
真夏の夜、二人は、地下室に来ていた。エルフの白い箱、もっとい、エアコンが効いているため、中はひんやりしていた。ムザリクが数日かけて必要な道具を揃えたため、ルゾガルにとっては見慣れぬモノがいくつかあるが、いよいよ酒造りが始まるのが嬉しいのか、気にした様子がない。
「とりあえず、そこの前に立て。」
「これ、地下祭壇のやつか?それにしては、ずいぶん小さいな。」
「地下室にあんなバカでかいのは邪魔だろう。酒造祈願のために造ったんだ。」
ムザリクが用意したのは、ギルド試験の式典で使った地下の祭壇を模して造った、小さな神棚だ。ブカロンゴ王国では神は、火の神・アグンジュ様しかいない。酒の神ではないが、ドワーフの神なのだから、おそらく酒豪だろう。
「それにしてもだな……もっとなんかあっただろう。おまえ。」
「何がだ。……別に変なものは並べてないだろう。」
ムザリクは、神棚の前に並べた神饌を眺めながら言った。神饌には、麦、岩塩、酒のほかに、酒のつまみになりそうなものをいくつか並べた。夕食と明日の朝飯も兼ねてるのでそれなりの量が盛っている。ルゾガルの気合を入れるために、ポルチーニ茸も奮発して在庫を全部使ったくらいだ。
「……何がいいたい?」
「アグンジュ様の像は、戦士というか、王のように威厳があってかっこいいじゃねぇか!こんな丸っこくって魚みたいな顔してねぇと思うんだが。」
「親しみやすくていい顔だろう。造形は見ていてほっこりしたほうがいいと思ってな。」
「はっ!?ほ、ほっこり、だと??」
神殿にあるアグンジュ像は、毘沙門天像のような感じで威厳がありすぎるので、恵比寿像のように全体的に丸っこいフォルムに福々しく愛らしい仕上がりにした。神棚に置くなら、こちらのほうが相応しいと思ったのだ。魚顔と言われれば、エビスダイは恵比寿様のお顔と似ているからその名がついたくらいなので、確かにいい得て妙かもしれない。ルゾガルは、まだぶつぶつ何か呟いているが、気にしないことにした。
「ほら、始めるぞ。」
酒造祈願は、本来は新酒の仕込み時期である秋に行われる行事だが、これから酒を造るということで簡易的に行うことにした。転生後の世界にはそんな風習はないのだから、やらなくていいといえば、やらなくていいのだが、要するに俺の気持ちの問題だ。
ムザリクは、神棚に向けて一礼する。麦、岩塩、酒などの神饌が並ぶ机から酒を取り出し、杯に注いだ。
「おいおい。それ、酒だろ?おまえ、またぶっ倒れるぞ?」
「仕方ない。神様への祈願なのに、酒を飲まないわけにはいかないしな。とりあえず、気絶しても死にはしないようだから放置しておいてくれ。作業自体は、明日の朝からだ。」
「気絶前提かよ。まぁ、仕方ないわな。」
ムザリクは、銀の杯を差し出す。
「旨き酒が醸せますように。」
ムザリクの一声を合図に、二人は酒を口にした。一度気絶したせいか、前世の記憶を思いだしたせいか、前回ほど酒を口にすることへの抵抗がなかった。
「ぐ……っ」
相変わらず、喉が焼けるような感覚と、胃がひっくり返るような不快感が襲う。視界がぐにゃりとしたかと思えば、手足が痙攣し始めた。ムザリクは、杯を落とし、膝から崩れ落ちた。
もうすぐ意識が途切れるなと思った瞬間、ムザリクは気づいた。
ーー飯食うの忘れた。
そんなムザリクの声が聞こえたのか、聞こえなかったのかは定かではないが、意識を手放す直前、ルゾガルの心配のような呆れたような声が聞こえたような気がした。
「よし!気を取り直して、造るぞ。」
「……おぅ……うぷっ。」
ムザリクは、気合を入れ直した。前回の目覚めは最悪の気分だったが、今回はすっきり爽快な気分だった。前世の記憶が蘇るような変な現象を見なかったせいかもしれない。一方、ルゾガルは二日酔いなのか、まったく覇気がない。神棚に置いた神饌が見事になくなっていたので、そのせいだろう。おかげで朝食代わりにするつもりだった神饌がなくなり、わざわざ一階まで飯を取りに行く羽目になった。
まずは、製麦ーーモルト造りだ。浸麦の工程はあらかじめすませている。ムザリクは、水を張った石槽を覗き込んだ。沈んだ大麦を杓で掬い、芽が出ているかを確認した。ひょろっとした白い芽が揃って顔を出した。空調設備のおかげで室温が安定していたためか、発芽は順調だった。
ムザリクは、浸麦を終えた大麦を床へ広げた。
「よし。」
ここまでは何もかもがトントン拍子だった。だから、このまま順調に進むものだと思っていた。この時までは。
次の日、部屋へ入った瞬間、ムザリクは違和感を覚えた。
「熱い。」
ムザリクは、壁面の温度計を見る。
ーーげぇ!?28度!?
ムザリクは大きく目を見開いた。明らかに高すぎる。だが、エアコンが効いていたはずだ。そう思い、エアコンらしき白い箱に目をやる。
「エアコンが切れてる!?いや、嘘だろ。昨日まで普通に動いていたじゃねぇか!?」
昨日までぱかりと空いていた開口が完全に閉じている。ムザリクは壁面にあったボタンを急いで押す。
「ボタンを押しても反応がねぇ!?……タイマーではないよな?エネルギー切れか?」
ということはだ。
ムザリクは、急いで麦床へ手を差し込んだ。
「やばい!!かなり上がってやがる!」
案の定、麦床内部の温度はかなり上がっていた。麦は発芽する際、呼吸しながら熱を発する。それは発芽熱と呼ばれ、床積み製麦では避けられない現象だ。しかも今回は、空調設備があったこともあって、一度に広げた量を多めにしてしまった。厚く積まれた内部に熱と湿気が籠もっている。
「なぁ!これ大丈夫か?」
ルゾガルが指す先を見ると、一部の麦の表面に、明らかに根とは違う、白い綿毛のようなものがびっしりと張りついていた。
「……カビの兆候だ。」
「カビ!?失敗ってことか!?」
「いや、まだ腐敗まではいっていない。ただ、このまま放置すれば危ない。」
「マジか?何とかなるのか?」
ムザリクは舌打ちした。思わぬ部屋の性能に浮かれて、正直、麦床内部の発熱まで配慮をしていなかった。
ムザリクは、即座に木製シャベルを掴んで、ルゾガルに渡す。
「ともかく、撹拌するぞ!」
「か、かくはん?ってなんだ!?」
「見て覚えろ!」
ムザリクは、麦を返した。ルゾガルも慌てて見様見真似で麦を返す。麦を返すたびに、むわっとした熱い湯気が立つ。
「うぉ!想像したより熱いな。」
「発芽が揃いすぎたんだ。」
「それって、いいことじゃねぇのか?」
「発芽はいいことだが、熱が内部で籠って暴れだしたんだ。このままだと全部カビる。」
「マジかよ!なら、さっさと冷ますぞ!」
「おい!もうちょっと丁寧に扱え!おまえと違って繊細なんだ!」
全部お釈迦になるとわかるやいなやルゾガルがスピードをあげて返しはじめた。そのかいもあってか、一通り天地返しを行った後は、内部の熱も落ち着いた。麦床をなるべく積まないようならし応急処置はした。
だが、この方法だと定期的に天地返しする必要がある。ムザリクもルゾガルも仕事で昼間はいないので、夕方には同じような状況になってもおかしくない。
しかも地下室というのが、最悪だった。エアコンが機能してこそ地下三階にしたのだ。窓もない閉鎖空間は、空調という意味では最悪の環境だ。かといって、いまさら上の階に持っていくのも、空き部屋がないので厳しい。
「何か対策をしねぇとな。」
ムザリクは、途方に暮れそうになりながらも、天井の通風管を見つめた。
開始早々、エアコンが壊れるというピンチ。
どうする?ムザリク。
それでは、次回もエール造り パート2です。
また、読んでくださいますとありがたいです。
ではでは。




