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013話 エール造り(2)


 次の日の朝、陽光も差さない地下三階にムザリクはいた。目元には隈ができ、全身が埃と油と煤だらけになっている。目はしょぼしょぼし、身体中の関節はこわばっているが、頭だけが冴えていた。


 久しぶりの徹夜明けの朝を迎えたムザリクは、水を浴びに1階へ行く。鍋に水を張り、火をつけ、お湯にする。少し温まってきたら、半分を別のボウルに入れ、シャボンソウの粉が入ったガーゼの巾着袋を突っ込む。鍋の方に適当に具材を入れて放置し、ムザリクはボウルをもって、井戸の方へ向かう。


 扉を出た瞬間、夏の朝らしい白い光を直撃し、思わず目を細めた。ムザリクは光を避けながら、井戸へ着くと、服を脱ぎ、水を汲んでは、頭からぶっかける。最初は煤が残っていたが、何度もかけるうちに、どんどん汚れが取れる。それから先ほど造ったシャボンソウ入りの巾着で、全身を洗う。石鹸のように泡立つことはないが、汚れはかなり落ちた。それを何度も水で落とす。泡がなくなったら、タオルで拭き新しい衣服に着替えた。


 ダイニングに戻り、出来上がっているスープをカップに入れ飲む。野菜のだしがしっかりと染みて、シンプルだが美味い。


ーー夏はこれでもいいが、そろそろ温泉につかりたい。


 王都には風呂屋がなく、井戸の近くで行水かシャボンソウなどのハーブを使って洗うのが一般的だ。前世のように自宅に風呂があるのは、大臣か王様くらいだ。一方で、ポムジャー山の近くには温泉郷がある。王都からは少し離れているので毎日は無理だが、だいたいの連中は月に一度くらいで通っている。やはり、温泉が一番いい。


 スープを飲みながらまったりしていると、ルゾガルが階段から降りてきた。


「おまえ、昨日徹夜しただろ?ひどい顔だぞ。」

 

「日中は俺もお前も仕事だからな。連続攪拌は難しいから、改良してたんだ。」

 

「はぁ、あんま無理すんなよ。で、その成果はどれだ?」


「あぁ、それだが……」


 ムザリクは、スープを飲みながら、昨夜の出来事を語り始めた。





 エアコンを修理するため、ムザリクは、まずエルフのエアコンについて調べることにした。こういう場合、一番最初に疑うのが単純な操作ミスだ。一見、壁にしかボタンがないように見えるが、用途やデザイン性などの関係からあえて複雑な設定などの操作用に別のスイッチがあるかもしれない。


 ムザリクは、早速、取り扱い説明書や設計図を探すため、部屋の端の方に埋もれていた資料を漁った。だが、これが想像以上に難航した。そもそも文字が読めない上に、それらの資料は奇妙な絵や記号がところどころあるだけで、エアコンの構造を示す図や設計図らしき資料はなかった。不気味な文字の羅列が続くだけの資料を眺めているだけで、次第に気分が悪くなったムザリクは、エアコンを修理することは早々に見切りをつけた。


 次の手として、エアコンを含む部屋全体の設備を調べることにした。最悪エアコンが修理できなくとも、起動している設備を生かして湿気対策ができるかもしれない。


 ムザリクは天井に張られた通風管に近づき、梯子をかけた。エアコン本体が壊れていたとしても、通風管自体は生きていると思ったからだ。ムザリクは、適当な枝に火の石を近づけ、火をつける。煙を天井の通風管へ近づけると、煙はしばらく漂った後、ゆっすらと奥へ流れていった。どうやら通風管自体は生きているが、風の流れは死んでおり、外への排出機能が落ちているようだ。


 ムザリクは、さらに観察すると、天井の一部に通風口らしいところを発見した。四方を支えているかんぬきを外すとぽっかりと穴が開いた。ムザリクは、恐る恐る中を覗き込む。


「でけぇな。」


 通風管は、存外太く、その奥には人ひとりが身を屈めて進めそうな巨大な風道が続いていた。おそらく点検口を兼ねているんだろう。ご丁寧に、点検灯まで設置され、管の中を青白く照らしていた。ムザリクは、火を消し、のそのそとよじ登った。


 通風管の中は、想像より綺麗だった。風は感じられなかったが、先ほどの部屋よりも湿り気が少ない。一見すると鉄製のようにも見えるが、経年劣化により腐食や損傷が激しい箇所は見られない。


ーー特殊合金でも使っているのだろうか


 そんなことを考えながら、観察する。どうやらこの通風管は天井に沿って横に伸びているようだ。


 ムザリクは、比較的に行き止まりが見えている管の方から探索することにした。行き止まりのところまでいくと同じような通風口らしき、箇所が見える。しかも、何故かかんぬきが通風管の内側にある。ムザリクは不思議に思いながらも、かんぬきを外そうとした。


「ん?こっちは封されてるのか。」


 先ほどと同じようにかんぬきを外そうとすると、エルフの部屋の扉と同じ紋様が浮かび上がった。赤黒く光るその紋様に再び薄気味悪さを感じながらも、親父の残した手記を取り出し、合言葉を唱える。


カコッ


 前回の扉の封を解いた時のような大きな音はせず、代わりに何かがハマったような音がする。ムザリクは、四隅のかんぬきを外し中へと入った。


「なんだこりゃ!?」


 そこは小さな部屋だった。


 部屋全体に金属筒やケーブルらしきものが幾重にも張り巡らされいる。中央にはムザリクの背丈ほどの金属製の円筒がある。ムザリクは、ケーブルを踏まないように、そっと合間を抜けて中央の円筒に近づく。


 円筒の表面には細やかな溝が刻まれて、資料の中で何度か見た紋様が幾重にも走っている。金属筒の一部が天井の通風管と接続され、ケーブルらしきものも隣の部屋の壁に密集しているため、もしかしたらこれがエアコンの装置なのかもしれない。


 だが、今世でも、前世でも様々な機械を見てきたが、こんな装置は初めてだった。


「あっ!?これ、魔石か!?めちゃくちゃでけぇ。」


 ムザリクは思わず声を荒げた。円筒の中心に、自分の背丈ほどある巨大な魔石が据え付けられていた。火の魔石や水の魔石でもこんなに大きいものは、宮殿や浄水場くらいだ。個人宅にあるなんて誰が想像できただろう。


 ただ、魔石はエネルギー切れなのか、黒く鈍い色をしており、角の部分が欠けている。もしかしたら、先日の起動により摩耗してしまったのかもしれない。


「エネルギー切れか。これは修理は無理だ。どーっすっかな。」





 数分考えた後、頭を切り替えた。


 ムザリクは、金属筒の外の欠け落ちていた魔石をポケットにしまう。エアコンがエネルギー切れならば、この魔石の正体がわかれば、補充できるかもしれない。とりあえず、それは後日あたるとして、通風管の探索を再開する。


 ムザリクは、元来た通風管へと戻り、エアコンの制御室を出て反対側を歩く。


 しばらく探索してわかったことだが、この地下三階の通風管は小管であり、この通風管を含めた各階の通風管が、地下四階から地上まで伸びた一本の主風道につながっているようだ。主風道や別の階の管は、銅製でできており、ところどころ経年劣化の痕が見られる。どうやら三階の管だけが特殊な素材のようだ。


「……なるほどな。」


 ムザリクは腕を組んだ。この通風管を設計した者は、この巨大な風道を使って建物全体の空気を循環させていたのだろう。ただ、それだけでは不十分だったので、後からエアコンの装置を追加したのだろう。だが、エアコンはすぐに修理はできない。


 ふとムザリクは、主風道の頭上を見た。主風道の内部には梯子が設置され、上まで登れるようになっている。


ーーでかい煙突にしたら、いけるかもしれない。


 熱された空気は上へと昇る。ならば、上側を温めれば、地下の空気を引っ張り上げられるかもしれない。ムザリクは、急いで頭の中で構造を組み立てる。


「やりようはありそうだ。」


 ムザリクは小さく笑った。ここからは鍛冶屋の仕事だ。





 ムザリクは、急いで二階の自室へ戻った。


 まずは紙へ風の流れを書き出し、現在の構造を整理する。主風道を煙突代わりに使うなら、部屋の空気をそこへ集める仕組みが必要だ。


「こんな夜中に何してんだ?」


 設計がまとまり部屋から出ると、廊下でルゾガルとばったりと出くわした。もう深夜だ。これから寝るんだろう。


「煙突を造る。」


「はぁ?煙突?……酒造りだよな?」


「酒造りだ。」


 ルゾガルが呆れた顔をしながら、ほどほどにしろよと言いながら自室に戻っていった。ムザリクは、そのまま階段を降り、工房や倉庫から木材や金属板をかき集めた。


 まずは、既存の通風管へ熱気を導くための排熱誘導板を取り付けた。次に木板を格子状に組み、麦床を床から浮かせて、その下へ空気の通り道を造った。それから、床下の風道を金属筒の吸気口へと接続する。これで部屋から通風管までの風の流れは造れた。後は、通風管の中を改良する。


 ムザリクは鍛冶炉の排煙筒を参考に、日光で熱を集める黒鉄製の集熱筒を地上に出ている通風管の先端へ取り付けた。さらに通風管の途中に火の石を埋め込んだ加熱箱を設置した。箱の中を通る空気は温められ、軽くなって上昇するので、地下三階の空気がゆっくりと吸い上げられる。


 さらに麦床へ外気を導く通風管の吸気口近くに水の石を据えた。これによって冷やされた空気は重くなり、床下へ流れ込み、麦床の下を通るようにした。これで、即席の換気設備は完成だ。





 ムザリクはそこまで話して一息ついた。


「ーーってわけだ。これで完璧じゃねぇが、数日は持つだろ。」


 ムザリクが自慢気に話し終えると、ルゾガルはまた呆れた顔をしていた。変なテンションになっているのは自覚がある。


「おまえ、酒屋なのか鍛冶屋なのかわかんねぇな。」


「鍛冶屋だ。酒が飲めるようになれば、終いだ。」


「……そう考えると、この装置はもったいない気もするな。」


「あれだったら、ゾカラに使ってもらえればいい。酒は酒造家にだ。」


「おっ、それもそうか!これでゾカラに絞められずに飲めるぞ!」


ーーいや、たぶん絞められるだろ……


 これで俺は自由だー!と、浮かれているルゾガルに、朝からそんな残酷なことを言う気にはならず、ムザリクは、心の中でため息をついた。





 その後、数日は何度も煤だらけになりながら装置を改良したかいもあり、麦芽が完成したころには、状況はかなり改善した。空気が循環するようになり、部屋の湿気は感じられないくらいになった。麦床の温度も安定しており、熱気が立っていなかった。エアコンの修理は今後の課題として残っているが、この時期としては温度も湿度も安定してるのでヨシとする。


 発芽も終盤に入り、根が十分に伸びたこともあり、ムザリクは、乾燥設備の準備に取りかかった。


「それにしても、これ、本当に何の部屋だったんだ?」


「人には知られてはいけない実験場かもしれんな。」


「怖ぇこと言うな。」


「冗談だ。おおむね研究が快適に行えるよう改良したってとこじゃねぇか?」


 最初に入ったときは、ハイエルフの研究ということで警戒をしていたが、今は違う。通風管から流れる風は穏やかで、空気は地下特有の黴臭さはない。周囲の生活音はしないので、騒音の心配もない。エアコンが壊れていなかったら、年中気温も湿度も調整できるので、かなり快適だろう。


 ルゾガルも、いつの間にか最初ほど嫌そうな顔をしなくなっていた。むしろ今では、地下へ降りるたびに真っ先に麦床の様子を確認している。


「こうして見ると、酒造りって結構大変なんだな。酒って、もっと適当に作るもんかと思ってた。」


「適当にやると腐るだけだ。」


「夢がねぇなぁ。あぁ、美味い酒が湧く泉とか掘り当てられねぇかな。」


 ルゾガルが心底残念そうな顔をする。そんな酒泉があったら、この国は間違いなく滅びる。そんな冗談をいいながら、乾燥の作業に移った。





「ルゾガル、ここのレバーを引け。」


「よっしゃ!」


 ルゾガルがレバーを引くと、ゆっくりと熱風が流れた。大麦で乾燥させるために、ムザリクは、地上にある小さな炉を造った。正直パンくらいしか焼けそうにないが、地上の炉で温めた空気を長い通風管で冷ましながら、麦を傷めない程度の温風を取り込めるようにしたのだ。


 そのまま数時間。地下三階には、次第に甘く香ばしい香りが満ちていった。甘い蜂蜜のような、香ばしいナッツのような、まさしく、麦芽の香りだった。


 翌日、乾燥棚に広げられた麦芽は、前にドゥランドの畑で見た大麦畑の黄金色へと変わっていた。ムザリクは、乾燥した麦芽をつまみ、噛んだ。


 かりっ、と軽い音。そして、シリアルのような懐かしい柔らかな甘みが口に広がる。ルゾガルも、ムザリクに続いて同じようにつまむ。


「おっ!なんだこれ。かなり甘ぇな!菓子見てぇ。」


「おい!こら!全部食おうとするんじゃねぇ!つまむくらいにしとけ!」


 大口を開けて食べようとしたルゾガルを慌てて止めながら、ふと、前世の蒸留所を思い出した。あの時、祖父の目を盗んでは、いっぱいつまんで後で怒られていた。穀物由来の優しい甘みが癖になって、ついつい手が伸びるのだ。少し懐かしく思いながら、つまみ食いしようとするルゾガルの手をスコップで叩く。


ーー油断も隙もあったもんじゃねぇ。


「なぁ?これで、酒が完了なのか?」


「そんなわけないだろ?次は、粉砕して糖化だ。」


「まだ工程あるのかよ……長げぇな。」


「酒を造るには時間がかかるんだ。ありがたく飲むことだ。」


 しょぼくれるルゾガルを横目に、ムザリクは、小さく笑った。


今回は、エアコンの回でした。

エールも着々と進んでいます。


それでは、次回も引き続きエール造りです。

ではでは。

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