大剣を任される日
翌朝、ムザリクはいつもより早く工房へ向かった。
昨日はザミラから酒樽を譲り受け、地下の倉庫にしまったついでに倉庫内を整理していたら、気が付いたら朝になっていた。床で突っ伏しているルゾガルを担ぎ、部屋に放り込む。
そのあと仮眠をとろうと自室のベッドで横になったが、変に眠れず、そのまま工房に行くことに決め、身支度を整えて部屋を出た。井戸で顔を洗い、昨日の夕飯の残りを包んで家を出る。
朝の空気は冷たく、石造りの家は霧の中だ。複数の山が集まった火山群にあるブカロンゴ王国の王都・ムカランゴは、ポムジャー山の中腹にある。麓にはエデム湖があるため、湖面から蒸発した水分によって、夏でも白霧が発生し、朝は寒い。
工房に着くと、中は静まり返っていた。炉には火が入っておらず、昨日使った火の魔石が転がっている。
ムザリクは、火床の前に立つと、冷たくなった火の魔石をかき集めて、鉄箱に放り込む。それから、新しい火の魔石を取り出し、炉に並べ、火打ち石で火をつける。
黒々とした火の魔石が、火の熱に反応し、赤く燃えはじめる。火の魔石は通常の燃料より立ち上がりが早く、炉の温度も安定する。
炉が温まるまでの間に、道具を整える。金床、鎚、やすり、火箸。使い慣れたそれを、いつもの定位置に並べる。薪を足しながら、持ってきた朝食をぼそぼそと齧った。
今日の黒パンは少々酸味が強めだ。無性に前世の白パンが恋しく思いながら、乾燥果実とチーズでごまかしながらなんとか流し込んだ。
四半刻すると炉全体が温まってきたのを感じ、温度計を見る。ガラス製の温度計ではなく、結晶式の温度計で針の角度を確かめる。針の角度を確認し、さらに火の魔石を投下し、ふいごを踏む。
しばらくして針が所定の角度を超えるのを確認し、鋼材を火に投入する。ムザリクは頃合いを見て赤くなった鋼材を火箸で取り出し、金床に置いた。そして、勢いよく鎚を振り下ろす。
カン
乾いた音が工房に響いた。
朝の工房は静かだ。だからこそ、鎚の音がよく響く。
カン、カン、カン
その勢いのまま、一定の調子で打ち続ける。鋼はまだ荒い塊だが、打つたびに形が整っていく。
今日は、警備隊から注文された小型の刃物を作る。武器というよりは、作業用のナイフやダガーだ。
無駄な力を入れず、必要なところだけを打つ。歪みを見極め、角度を変え、再び火に入れる。炉の火は次第に勢いを増し、鋼は橙色に輝く。
小一時間ほど打ち続けると、ナイフの形が見えてきた。
ムザリクは鋼材を炉から引き上げ、足踏み式の研削砥石に当てる。踏み板を踏むたびに円盤が唸り、刃先が少しずつ整っていく。
粗く形を整えると、焼き直しのために再び炉に戻す。鋼の色が変わるのを見極め、真っ赤になったところで素早く取り出し、水の魔石へと叩き込んだ。
水の魔石は急速に熱を奪うため、扱いを誤れば鋼が割れる。
ジュッ、と短い音が上がり、蒸気が立ちのぼる。ムザリクはわずかに目を細め、その変化を見届けた。
最後に砥石で刃を整え、光にかざす。刃はまっすぐで、歪みはない。
「……悪くない。」
ムザリクは小さく呟く。出来は上々だ。
出来上がったナイフを作業台に置き、ムザリクはふうと息を吐いた。
そのとき、工房の扉が静かに開いた。
「……ムザリクか。もう来てたのか。」
ムザリクが振り向くと、カルンゴが入ってきた。カルンゴは、同じ工房で働くこの道500年の大ベテランの熟練職人だ。
「おはようございます。」
「……おう。早いな、ムザリク。昨日倒れたばかりだろ。」
「昨日休ませていただいたので、今は問題ありません。」
「……そうか。まぁ、ぼちぼちいけや。」
「ありがとうございます。」
カルンゴがこうして言葉をかけるのは珍しい。普段は必要な指示以外、ほとんど口を開かない男だ。
それだけに、その一言一言には軽い世間話とは違う重みがある。
カルンゴは作業台の上のナイフを手に取った。
「ふむ……悪くない。」
刃を光にかざし、わずかに角度を変えながら確かめる。その仕草は無駄がなく、長年の経験に裏打ちされたものだ。
やがて小さく頷いた。
「……その仕事が終わったら、大剣をやってみろ。回してやる。」
「あっ、ありがとうございます。」
一瞬、言葉の意味を飲み込むのに間があった。
大剣――それは騎士が扱う主力装備だ。加工の精度も、要求される強度も、通常の刃物とは比較にならない。
刃渡りが長くなればなるほど、わずかな歪みが全体の強度に影響する。打ち方一つで、折れるか、折れないかが決まる。
若手時代でも大剣を扱うが、あくまでも補助で、仕上げは必ず熟練職人が行う。
工房でも限られた職人しか任されない大仕事だ。
特に、再来年には5年に1度の祭りがあり、ここで使用される大剣は国内外でも注目される。
ムザリクは短く息を吐いた。
「……やらせていただきます。」
カルンゴはそれ以上何も言わなかった。ただ一度だけ頷き、いつもの持ち場へと向かった。
ムザリクは視線を落とし、再び炉に向き直る。胸の内に浮いた昂りを押し込むように、次の仕事に取りかかるため、新たな鋼材を火に入れる。
職人たちが来始めると、いつものように昨日の件でからかわれたが、気にする余裕はなかった。
目の前のナイフに集中して作業を繰り返しているうちに、日が落ちかけていた。外に出ると、夕方の空気が冷たく感じた。
ムザリクは申請書を提出するために、工房の横にあるゴラジムの家へ向かう。鍛冶場と違い、こちらは生活の場だ。
玄関から二階に上がる。踏みしめる足音がやけに大きく響いた。廊下は静かで、人の気配は薄い。突き当たりの執務室の前で、ムザリクは一度だけ息を整えた。
軽く扉を叩く。
「入れ。」
中から低い声が返る。
ムザリクは扉を開ける。
部屋の奥、机の向こうでゴラジムがエールを傾けていた。書類と道具が整然と並ぶ机は、工房とは違う種類の秩序を感じさせる。
ゴラジムの視線が上がる。
「……ムザリクか。こんな時間にどうした。」
ムザリクは一歩進み、昨日書いた申請書を差し出した。
「研究開発制度の申請書です。ご確認をお願いします。」
机の上に静かに置く。ゴラジムは一瞬だけ目を細め、それを受け取った。
「ほう……」
ぱらりと紙をめくる。視線が走るたびに、部屋の空気がわずかに重くなる。
ムザリクはそれ以上何も言わなかった。ただ軽く頭を下げる。
「では、失礼します。」
「ああ。」
ゴラジムは視線を紙から外さないまま答えた。ムザリクは静かに扉を閉め、廊下へ出た。
外ではすでに仕事終わりの職人たちが酒場へ向かっている。ムザリクはその流れには加わらず、静かに歩き出した。
GW楽しんでおられますでしょうか。
前回、更新は5/8(金)だったのですが、はやめに仕上がったので投稿しました。
今度こそ、次回更新は5/8(金)の予定です。
よろしくお願いいたします。




