【SIDE ゴジラム】 ムザリクという弟子
仕事終わりに石娘のバルメが買ってきたエールをドカッと机に置く。棚から以前人族の戦士である友人から貰ったミノタウルスのホーングラスを取り出し、移し替える。
エールは腹を壊しやすいが、ホーングラスの効果でましになるらしい。どういう理屈か知らねぇが、それ以来お腹を壊すことがないため、200年間くらい愛用している。
ゴラジムは、早速ホーングラスに注いだエールを一気に煽いだ。
今日のエールはどうやら当たりだったらしく、エール独特のとろっとした飲み心地で、少々酸っぱい匂いがするが、いつものような青臭さがしない。
そのことに少し気分が良かったゴラジムは、先ほどムザリクが提出した申請書を、エールを煽りながらゴラジムは読み進めていた。
「……ふむ。」
まず、整然とした文章に、目を奪われた。ここまで、整理された文書は珍しい。
大概のやつは適当に研究目的と方法などを羅列するくらいしかしないが、この書類は項目ごとに整理されているためわかりやすい。
ご丁寧に承認欄を想定した余白まで取られており、鍛冶関連に関しては几帳面なムザリクらしい文書だ。
鍛冶ギルドマスターのバロガスは、250㎝もあるあの巨体に似合わずとんでもなく細かい性格だ。
ゴラジムも熟練職人時代には、何度も書き直させられた。
一度など、提出のたびに赤を入れられ、翌日に出し直せばさらに細かい指摘が増える。そんなやり取りを何十回と繰り返し、気が付けば二年が過ぎていたこともある。
積み上がった却下申請書の束は、下手な鉄材よりも重かった。
提出用の手本として、この申請書をつけておくのもいいかもしれない。
文書に感心しつつも内容を追ううちに、酒造用蒸留器の開発が、あくまで銅加工技術や熱制御技術の精密化に寄与する点が強調されていることに気づく。
この文章で、蒸留装置の技術的価値は理解できる。しかし、頭の片隅で本当は酒を造るためにやるのでは、と勘繰ってしまう。
酒を造ることが目的なら、鍛冶ギルドからすればただの趣味にあたる。これではギルドの金は出ない。
そして、ルゾガルの名前に目が止まった。
「助手……か。」
確かムザリクの石兄弟のルゾガルは、酒にめっぽう強い。幼い頃からムザリクのところに顔を出しては、ムザリクの酒を片っ端から掻っ攫っていった大酒飲みだ。
ムザリクが酒を飲めない以上、毒見は必須といったところだろうが、ゴラジムからすればどうみても趣味の片棒担ぎだ。
ページの隅に書かれた補助内容を読み、眉をひそめながらも口元に薄い笑みを浮かべる。
思わず、『ルゾガルの補助は本当に必要か、実務的根拠を補足せよ。』と赤を入れたくなる。
「いろいろツッコミどころはあるが、まあ、今回は認めてやるか……」
ゴラジムは、申請書を机の上に置き、正面に飾っているエクスヴァーミン輝石を見た。加工されていない原石で、友人のガルドムが祝いにくれたものだ。
ゴラジムは今年380歳になる。ムザリクにはじめて会ったのは60年前で、あいつがまだ12歳のころだ。ガルドムが石息子として紹介してきたのが、ムザリクだ。
俺はそのころ、師匠のバロガスから工房を引き継いだばかりだったこともあり、ガルドムにはよく酒を奢ってもらっていた。いつものように酒を交わしていたある日、朱岩連の岩兄弟としてムザリクを雇ってみないかと頼まれた。
ガルドムがいうには、最初は自身と同じ鉱夫にしたかったそうだ。しかし、掘るのに夢中になりすぎて定刻に帰ってこない、珍しい鉱石を発見し、本来掘る予定の鉱石を掘らない。どうやら興味があることに夢中になりやすい性格らしく、協調性を重視される鉱夫には合わないと判断されたらしい。
その時も、ムザリクは俺からの杯を受け取り、ぶっ倒れていた。こいつはダメだと思いつつも、ガルドムの手前断ることができなかった。
しかし、試しに雇ってみると、意外に真面目に働いており、着々と技術を身に着けていった。熟練職人が根をあげそうな案件でも食らいつく根性があった。多少凝り性なところもあるが、指摘すると、反省し少しずつではあるが改善している。
それから60年、みっちり指導したこともあり、ムザリクは、ギルド内でも将来を有望視されるようになった。他の工房への研修の際は、毎回オファーがあるが、俺がきっちり断った。
だからこそ、先日の儀式で失神した件は、ムザリクの将来に大きな影を落とすのは目に見えていた。
ドワーフにとって、酒が飲めないことは致命的だ。大酒飲みのドワーフとは言い得て妙で、普段の交流はもちろん、重要な祭典や儀式においても酒が必須だ。
上に立つほど、酒を飲む機会は増える。どんなに腕の立つ職人だとしても、上が酒が飲めないのであれば、下に示しがつかない。
まして才能がある奴ほど、嫉妬や妬みもついて回る。現に春の試験結果が主席である話とともに、儀式で失神した話は、すでにギルド中に広がっている。ギルド内では、酒が飲めないやつを熟練職人に認めるわけにはいかないと、上奏する岩蓮までいやがった。
「蒸留装置か……」
おそらくこの装置は、ムザリクが酒を克服するためのものなのだろう。どんな困難な状況においても、試行錯誤をし克服しようとするムザリクらしいやり方だ。
ムザリクは、酒を飲むたびに幾度となく失神するが、今まで一度も酒を断ってことがない。それは、一人前の鍛冶職人として認められたい、ムザリクなりのケジメなのだろう。
「まぁ、うまくいくかはわからんが……」
申請書の最後にサインをし、工房の印を押す。朱い焔と月の判がきれいに押せたことに満足し、ゴラジムは残った甘酸っぱいエールを煽った。
ゴジラム視点のムザリクとの出会いです。
次回は、もう一人の岩兄さんを訪ねます。




