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雪女のあなたとキスした私  作者: キノハタ


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ぬくみさん

 もともと、陰キャ……って言葉はあんまり好きじゃないんですけど、そういう人間ではありました。


 高校では、オタクであることは隠してて、普通の顔して過ごしてました。っていっても友達もそんなにいなくて、グループの端っこでへらへら笑ってるだけのやつでしたけど。


 で、大学上がって、色々あって、授業が全部リモートになって。


 最初はちょっとうきうきだったんですよ?


 やった、これでうっとうしいグループに参加しなくていいし、本当はずっと我慢してた好きなことができるって。絵描いて、アニメ見て、漫画読んで、ゲームして。


 初の下宿、初の独り暮らしって言うのもあって、それはもうウキウキだった気がします。


 こんな社会の騒ぎもどうせ一年もすれば終わるだろって、甘いこと考えてました。


 でも、そうなんですよ、結局数年続いたんですよね。あれ。


 私の大学生活、大半が引きこもらなきゃいけなくて、外に出るときもマスク着けて誰だかわかんないままで。


 たまにあるリモートのゼミも、黙ってれば、まるで私なんかいないみたいに過ぎてって。


 うきうきで引きこもったはずなんですけど。ある時違和感に気づくんです。あれなんかおかしいなって。


 パジャマを着替えない日が増えて。

 

 人にも合わないから、化粧もしないし、お風呂にも入んないし。


 ゴミを捨てるのすら面倒になって、ずっと画面ばかり見て、夜更かししてるから、頭や身体が少しずつずきずきって傷みだしてました。


 高校にいたころは、別に休みがちでもなかったんですよ。毎朝八時半に学校について、授業受けて、帰ったら宿題してたのに。ふと気づいたら、お昼どころか、夕方や夜に目が覚めることも多くなってました。


 誰とも喋らないから、ぼーっとしてると、喉がガラガラで。それが嫌だと想って、今度は誰もいないのに独り言をベラベラ喋って。


 ふと窓の外を見てみたら、歩いてる人がたくさんいて。


 あの人たちは当たり前だけど、どこかへ行くんだなって思ったんです。


 学校だったり、会社だったり、他の何かの集まりだったり。


 社会の中でそうやって人と交わって過ごしてる。


 なのに、私は何もしてない。誰とも居てない。たまに提出があるレポートを少しまとめて、あとは独りよがりに過ごしてるだけで。自分がどんどん、そういう波に適応できなくなっていくのがわかりました。


 このままじゃ、まずい。社会復帰しなきゃって思ったんですよ、これでも一応。


 でもね、じゃあ、実際人と話そうと想っても、もううまくできなくなってて。


 あ、今の言葉変だったらどうしよう、引きこもりのやつって思われたかも。


 ていういか見た目おかしくない? 見下されてる? でもでもって。


 画面の向こうじゃない、目の前にいる他人がどうしようもなく怖くなっていきました。


 ゼミの打ち合わせに誘われだけで、心臓がバクバクして。


 軽い自己紹介をするだけで、冷や汗が止まらなくって。


 それを自覚したら、人の集まりを避けるようになっちゃって。あとは、その繰り返し。


 このままじゃダメってわかってるのに怖くって。


 怖さを忘れるために、趣味にのめり込んで。でも、それじゃあ問題は何も解決しなくって。


 そんな自分が嫌でなのに止められなくて。


 そこからは……もう、説明することすらちょっと憚られる有様でした。


 控えめにいって、人間の生活してなかったです。正直、あの時の私はナメクジかなにかでした。……ナメクジにも申し訳ないんですけど。


 で、そんな生活を救ってくれたのが、まふゆさんでした。


 優しくて、暖かくて。


 …………態度はあんまり変わってないですよ? あーいう感じです。


 ちょっとクールでそっけなくって、優しくって。


 ゼミの人に無理矢理引っ張られていった、OG会でたまたま出会って、話を聞いてるうちに「私が引っ張り出してあげよっか?」って。


 私、お酒飲んで、ろれつも回って無くて、なのに「助けてください!!」って泣きついて。初対面の相手なのにね、まふゆさん、ちょっと呆れた顔してたけど、そっからはずっと面倒を見てくれました。


 週一で、家の掃除に来てくれて、ご飯作ってくれて。もう、信じられなかった。あの時だけ、私ラノベの主人公か何かなったかなって思いましたよ。あまりにも都合がよすぎるって思ったくらい。まあ、実際、都合いい理由はあったんですけど。


 それから、半年くらい、一緒に過ごしました。たまにお出かけして、行ったことないところに一杯連れて行ってもらいました。その頃にはまふゆさんの、素っ気なさもその裏にあるとびっきりの優しさも、すっかり好きになっていました。


 だって好きになるなという方が無理じゃないですか。自分を変えてくれた人、自分に優しくしてくれた人、自分の隣で立ち上がるのをじっと見守ってくれた人ですよ。


 でも「頑張れ」とか「えらいよ、できる」とか言わないですけどね。「それでいい」「できることからやってきな」「大丈夫、見ててあげるから」って、隣に立ってちょっと背中を押すような。


 まふゆさんは、騙されてるって言いますけど、私にとってあの言葉は嘘や誤魔化しなかんじゃなかった。本当に勇気をたくさんもらえたんです。私でもこんなことできるんだって。


 え……? もちろん聞きましたよ、どうしてこんなことしてくれるんですかって。最初は、弱み握られて脅されるとか考えて、凄いびくびくしたの覚えてます。宗教かな、薬物かなって。


 でも、まふゆさんは「大丈夫、ちゃんと理由があるから」って、最初っから言ってました。「だから、嫌ならやめるけど」とも。隠してはいたけど、あの人が私に対して、本気で嘘ついてるの見たことないです。


 私が勇気を出して、大学に行ったって話をしたら「よかったね」って小さく笑ってくれて。私が描いた絵を恐る恐る見せたら「ぬくみらしい」って微笑んでくれて。


 私が感じたこと、想ったこと、ベラベラ喋ってたら、それを全部、全部聞いてくれて。


 今は、こうやって、割と喋れるようになりましたけど、前はホント誰にも何にも喋れなくって。でも、まふゆさんにだけはちゃんと喋れてました。だって、まふゆさん、絶対否定はしないし、ちゃんと最後まで話を聞いてくれるから。


 こんなに優しいのにはそれ相応の理由がきっとあるって想ってました。


 だから、まふゆさんの身体のこと、雪女のことを聞いた時、驚きより、ああ、やっとだって感覚の方が大きかったかな。


 やっと、大事なことを告げてくれた。やっと、まふゆさんが本当のことを教えてくれた。


 理由なんて、正直なんでもよかったんです。


 理由があっても、まふゆさんがしてくれたことに変わりはなくて。


 だって、その頃にはもうすっかり外に出るのが怖くなくなってました。まふゆさんがたくさん連れ出してくれたから。


 人と喋るのも億劫だけど、前ほど辛かったり嫌なことばかり考えることはなくなりました。まふゆさんがたくさんお話を聞いてくれたから。


 自分のことを前ほど嫌いと想うことはなくなりました。だって、まふゆさんが、それでいいって言ってくれるんだから、それならこんな私でもきっとこれでいいんだと想っていました。


 こんなに沢山、貰いすぎるほどに貰ってしまったんだから、まふゆさんが打ち明けてくれたことは、私にとっては恩返しのチャンス以外の何物でもありませんでした。


 やった、これでまふゆさん何か返せる。私だってまふゆさんの役に立てる。


 キスとか、その…えっちとかまで、いっちゃうのはちょっと嬉しい誤算でしたけど。


 こんな素敵な人にパートナーになれるなんて、私はそれだけで幸せでした。


 まふゆさん的には、「そうなるように恩を着せた」ってことなんでしょうけど、私としては受けた恩は何も変わらないので。返せるなら喜んで返そうと想いました。


 命が惜しくなかったかって言われたら、ちょっと困りますけど。でも正直な話、私引きこもってる時、自分が生きてる意味すらよくわかんなかったので、それに比べたら全然平気かなって想いました。誰かの役に立てるならそれでよかった。


 …………まあ、「愛があるから絶対大丈夫です!!」って啖呵きったら、たかはな先生に思いっきりお尻蹴られましたけど……あはは。


 あれからずっと、私にとっては幸せな時間でした。


 あのまま部屋にこもって、先も見えない真っ暗な洞窟みたいな場所で、ただ独りで苦しみに喘いでいるより。今の方がずっと幸せです。


 お二人ほどではないんですけど……、私、まふゆさんとキスしてもほとんど体温下がらないんです。ふふふ、一杯愛されていますよね?


 まふゆさん曰く、コツがあるそうなんですよ? ちゃんと相手のことを調べて、毎日相手のことを想う時間を取って、適度にスキンシップして。相手の話をちゃんと聞く。そういう風に訓練すれば、なかなか体温が下がりにくいらしいです。


 まふゆさんはこれを訓練の成果なんて言ってますけど、私にとって紛れもない愛そのものです。


 それだけ、私のことを想ってくれていると行動で示してくれているわけじゃないですか。あんなに誰かに想ってもらえたこと、今まで私ありませんでしたから。


 たとえ命が少しずつ削れてでも、あの人の隣にいるのにそれ以上の理由はありませんでした。


 パートナーを三年ごとに変えるのも、それだけパートナーの人生を想ってくれているから。


 パートナーの体温が下がらないようにしてるのも、それだけ私たちの負担をなくそうとしてくれていたから。


 ……だからもちろん、まふゆさんの言うこともわかるんです。必要に迫られた関係なんだから、必要がなくなったらいったんリセットしようって。私もまふゆさんだけじゃなくて、たくさんの人と出会って、まふゆさんだけに依存しないようにしなくちゃいけないってことは。


 …………わかってはいるんですが。


 やっぱり私の大切な人はあの人以外考えれなくて。


 ……あ、ちゃんと、交流を広げてはいますよ! お話したいと想った人にはちゃんと、自分から声かけてます。ま、まだ緊張しますけど……。


 あ、て、ていうか。すいません! 私の話ばっかりしちゃって、つい、お二人ともまふゆさんご存じなので話せるの嬉しくて、話し過ぎちゃったといいますか……。


 え、えへへ…………。こうやって、誰かと話せるのも全部まふゆさんのおかげなので。


 あー見えて可愛いところもいっぱいありますよ? ゲームで負けるとちょっとムキになることとか。本当は虫苦手なのに、私のゴミ部屋の掃除してくれてたとことか。対応に迷ったらとりあえず無言でいっぱい抱きしめてくれるとことか! あ、あとですね、ああ見えて実は脇が弱くて……ちょっとくすぐれば―――。


 あれ? お二人とも、なんか顔が引きつってません? え、後ろ?





 ―――あ。





 ま、ま、まま、まふゆさん!!?? なんでここに!!?? え??!! 今朝様子がおかしかった!!?? そそ、そんなこと、わ、わっわやめて、やめてください。ま、まだ話してないこと一杯で、パフェもまだ食べきってなくて!!


 ひぃん!? ゆ、ゆるして、ゆるしてください!! やーです、いーやです!! 夕ご飯はこの前チーズたっぷりのキムチ鍋にするって言ってました!! やーだー、ダイエットメニューにしーないでーくださーい!!!


 お、お二人も笑ってないで、何か言ってください!! このままだと私の最高の楽しみが!! にゅあぁぁん!! お説教も嫌です!! 違うもん! まふゆさんがこう育てたんだもん!! うにゅわああん!!


 わ、わかりましたあ!! それだけはご勘弁を……。


 ……というわけで、すいませんお二人とも、ちょっとお先に失礼します。また今度はお二人の話聞かせてください。特に、キスしたときの体温のあげ方は聞いておきたくて……、はい、行きます。すぐ行きます、なんでまふゆさんほっぺ引っ張らないでくだひゃい……。


 …………。


 ……………………。


 ………………………………。


 やっぱり、パフェ食べきってからでいいですか? …………やた、えへへ。










 愛してるなんて言葉は、必ずしも必要ですか。


 そんなことしなくても、あなたはたくさん愛を示してくれているというのに。


 相手を想って、行動すること。相手の人生を尊重すること。


 相手の好きなものを知ろうとすること。


 相手の言葉を、想いを、ちゃんと聞き届けること。


 その過程であなたが積み重ねてきたたくさんの試行錯誤。


 それを愛と呼ばずしてなんと呼びますか?


 だから、あなたがどれほど自分の愛を打算的だと告げたとしても、私は「そーなんですか?」って笑って聞き返しちゃいます。


 たとえ、あなたにとってそれが愛ではなかったとしても。


 私にとっては、それが十分すぎるほどの愛でした。


 だから、そんな愛をたくさんたくさん、これからお返し出来たらなと想います。


 恋は三年で覚めるとたかはな先生は言っていました。


 では今、残っているこの想いは何でしょう。


 もはや問うまでもありませんね。


 いえ、そもそも初めから名前なんていらなかったのかもしれません。


 たとえ、それが必要に迫られたものだとしても。


 たとえ、それが一時の熱に駆られたものだとしても。


 受け取った相手にとってそれが大事な想いになれば。


 きっと、それでよかったのです。


 だから、今日もあなたに愛を語ります。


 だから、きょうもあなたに愛を歌います。


 私音痴だから、うまくは伝えられないかもしれないけれど。


 それでも精一杯の愛をこめて。


 なんやかんやと、最後まで話を聞いてくれるあなたに向けて。


 今日も愛を伝えます。


 「ね、まふゆさん!! 大好きです!!」


 「そう、ありがと」


 「まふゆさんはどうですか? 私に愛、向いてますか?!」


 「…………ちょっとね」


 「いやったぁ!!!」


 そうやって、そっけなく告げるあなた頬が紅く染まっているのに喜びながら。


 目一杯、飛び跳ねました。


 だから、ほら。


 今日も私は幸せです。


 まだまだまだ、離れてなんてあげないんですからね。

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