サクタンの画策と、双頭の歪み
『艦長! サクタンのAIより提案を受ける。
――地上攻撃用に温存していた惑星間弾道弾を、敵1番艦(大天使2号艦)のプレッシャープレートに撃ち込みましょう。連続で当てることが出来れば1番艦の進行速度が落ち、後方にいる2番艦(大天使1号艦)は追突を避けるため後進をかけねばなりません。その際、素直に前方スラスターを使えば、1番艦にスラスターの噴射を直接浴びせることになり、彼らはそれを避けるはずです。彼らに出来ることは、艦首を振り、艦を1番艦の後方から斜め前に抜けるしかありません。そこを全火力で叩くのです。上手く行けば、二隻とも同時に破壊可能です。敵1番艦の艦尾X線レーザーを防ぐため、艦首側の対レーザー膜の噴射と同じく、前方に対レーザー弾の弾幕を張ります。
それにより敵2番艦のレーザー攻撃を防ぎます。
ミサイルには従来通り対空熱線で対応します』
木星から進軍してきた異星人の巨大宇宙船『サクタン』のブリッジにおいて、統合AI副官から下されたその冷静な戦術提案は、即座に実行に移された。
彼らが地球のインフラを灰にするために温存していた、最大・最後の火力である対地弾道弾が、一秒間隔の精密なパルスとなって、正面で立ち塞がる大天使二号艦に向けて一斉に放たれたのだ。
「――敵艦より、大型弾道弾の急速接近を感知! 船尾プッシャープレートへ直撃コースです!」 南洋諸島基地から発進し、地球軌道面で「盾」として前方に位置していた大天使二号艦のブリッジ。
対Gチェアーに固定された藤堂艦長は、電脳空間に迫る光点を鋭く睨みつけた。
「武藤! 対空レールガン、副砲レーザー、全門斉射! 迎撃しろ!」 二号艦は決して無策で攻撃を甘んじて受けたわけではなかった。
プッシャープレートの外周から展開された12基の小口径赤外線レーザー副砲、そして後方へ回り込んでいた残存の無人迎撃衛星たちが、決死の迎撃火線を展開する。
宇宙空間で、弾道弾が次々と撃破され、強烈な核の光が連続して炸裂した。 だが、完全に迎撃しきれなかった弾道弾と、至近距離での凄まじい核パルスの連続衝撃波が、二号艦のプッシャープレートへと容赦なく叩きつけられる。
ドぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!!
無敵の金属塊であるプッシャープレートそのものは無傷だったが、そのあまりにも巨大な爆発のエネルギーにより、二号艦の前進速度(進行速度)が、ガクリ、ガクリと目に見えて低下し始めた。
『藤堂艦長! 二号艦の速度が落ちているわ! このままでは追突する!』 電脳の奥から、後方に位置する一号艦のロバートソン大佐の緊迫した声が響く。
前方を往く二号艦との衝突を避けるため、一号艦がまともに前方へ減速スラスターを噴射すれば、その超高熱のプラズマ火線を、わずか50メートルの距離にいる二号艦の艦首へ直接浴びせることになってしまう。
大天使の艦首を焼き切るわけにはいかない一号艦の選択肢は、敵のAIの目論見通り、ただ一つしかなかった。
『一号艦、艦首を回頭! 二号艦のプッシャープレートの外周ラインから離脱し、斜め前へとスライドして抜けるわよ!』 ロバートソン大佐の指示の元、大天使一号艦が二号艦の影から、強引にその船体を外側へと滑らせた。
敵フィスプの指揮官は、まさにその瞬間を待っていた。
一号艦が側面から姿を現した瞬間、サクタンの全熱線砲の火線が一斉に一号艦の艦首へと指向されたのだ。
サクタン艦首側対レーザー膜と、空間に散布された対レーザー弾幕により、一号艦側のレーザー攻撃は完全に無効化され、遮断されていた。大天使、Ⅰ号2号両艦から放たれた残存ミサイル群が一斉に放たれ、敵の熱線を自爆の断片で相殺しようと試みる。ミサイルが壁となり、最大で三十パーセントの威力を落とすことには成功したものの、それでも残るサクタンの圧倒的な全火力が、無防備な一号艦の艦首へと次々と直撃していった。
激しい閃光。一号艦の艦首軸線砲(主砲)は、敵の熱線によって跡形もなくドロドロに溶けて消失。同軸に設置されていた20cmレールガンも、辛うじて一門が使えるだけという、凄惨な壊滅的打撃を一号艦はこうして身に受けることとなった。
無傷の二番艦、限界の特攻
ミサイルをすべて打ち尽くし、主兵装の大半を失った一号艦大天使側には、もう次がないことは誰の目にも明らかだった。一号艦のブリッジでは、ロバートソン大佐が血の気の引いた顔で、しかし国軍の指揮官としての、最後の覚悟を電脳に響かせた。
『……藤堂艦長。一号艦は主砲が完全に融解、レールガンも残り一門しか使えない。――だが、まだだ。まだこの船は動く。私たちが、このまま前進を続けて奴らの【おとり(デコイ)】になるわ!』
「大佐……!?」
『二号艦は、プッシャープレートで守られて未だに完全な【無傷】のはずよ! 私たちが残ったレールガンと副砲のレーザーを撃ちまくりながら、囮となって前進する! その隙に、無傷の二号艦が――奴の心臓部を仕留めなさい!』
双頭フォーメーションの際とは、完全に逆だった。 損失を受け、ボロボロになった一号艦が自らおとりとなってサクタンの全火線を引きつける。
その間に、これまで無傷で温存されていた藤堂の二号艦が、一気に出撃するのだ。
藤堂は、対Gチェアーの中で、奥歯が圧壊するほどの力で噛み締めた。 熱くなりやすい指揮官の脳波が、怒りと、そして一号艦の覚悟への共鳴によって、限界突破の赤色へと染まる。
「副官!! ――本艦の全システム、および人体同調の【リミットをすべて解除】しろ!!」
隣の副艦長席でチェアーに固定された妻の美咲は、夫のその狂気的な命令に対し、一瞬の躊躇いもなかった。
優等生タイプの美しき副官は、人生で最も鋭く、最も凛とした、完璧な瞳でコンソールを叩き割るように入力した。
(了解しました、艦長
二号艦、すべての安全制御リミッター、完全カット。
全乗組員に警告!
本艦はこれより全ての安全処置をカットする。不意の衝撃に備えよ!
艦内に機械音声による警報が繰り返される。
電脳の同調率、限界値を超えて150%までオーバークロック……!
全乗組員の生体保全機構最大値に固定、耐ショック防御を、限界のその先まで最大展開!!
ピキィィィン!!と、
藤堂の脳に直接、大天使二号艦の60万トンの全コントロール、全スラスターの制御権が、猛烈な過負荷と共に直接流れ込んできた。
脳血管の耐圧センサーが悲鳴を上げるが、心肺強化された機械の肉体が、その限界の負荷を強引にねじ伏せる。
一号艦が火花を散らしながらおとりとなって突撃し、敵フィスプの注意を完全に引きつけている、その一瞬の隙。
「――如月! 武藤! 艦首を回頭! 目標、フィスプ(サクタン)艦中央の、一番破損している箇所だ!」
藤堂は、若返った顔に血を滲ませながら、電脳化により艦の操縦系に直接接続された操縦桿を限界まで引き絞り、全宇宙の運命を決める最後の号令をブリッジに轟かせた。
「推進用核パルス、最短間隔で連続点火!! 艦と人の限界を超えた速度で――突撃ィィィ!!! 60万トンの質量ごと、奴の横っ腹へ、
ぶちかませェェェェェエエエエッッ!!!!!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおッッ!!!!!」」」
0,4秒一発の核パルスの炎を船尾からこれまでにない超高速の閃光として撒き散らしながら、完全無傷のまま限界以上の核の高速連打を受けながら人類が今まで出したことのない加速度へと到達した宇宙戦艦『大天使二号艦』は、地球の、そして人類のすべての未来の農地(平和)を守るため、ただ一つの巨大な質量弾と化して、敵の巨艦『サクタン』に向けて、真っ直ぐに突撃していくのだった。
『大天使二号艦』がすべての安全リミッターを解除し、艦と人の限界を超えた超神速で決死の突撃を開始し始めたころ――。
地球軌道上の防衛戦線は、異星人の巨艦『サクタン』にとって、悪夢以外の何物でもない凄惨な戦況へと変わりつつあった。
地球の裏側から回り込み、奇跡的に生き残った数機の無人迎撃衛星たち。
それらを引き連れた大天使一号艦(ロバートソン艦)は、艦首を激しく大破させられながらも、途中で身を翻し、艦尾を敵艦サクタンに向ける航法へと切り替えていた。 艦首側の主砲や同軸レールガンはほぼ使えなくなった。
だが、一秒ごとに核爆発の暴威を受け止めるあの分厚い金属塊――艦尾プッシャープレートを敵に向ければ、推進用の核爆弾を放射線強化型へと切り替えることで、至近距離用の『X線レーザー』が攻防一体の盾かつ矛として機能する。
アームで展開された副砲の小口径赤外線レーザー12基も未だに無傷であり、一号艦は満身創痍でありながら、その戦闘能力を依然として高く維持していた。
これほど無茶な大破を経験しながらも一号艦が健在なのは、大天使という船が、地球環境への汚染と引き換えに毎秒一発の核爆発に耐えるためだけに造られた、過剰と言えるほど頑靭な船体と、宇宙船の常識を遥かに逸脱した超重装甲のお陰であった。
『ロバートソン大佐より二号艦へ! 後方は私たちが引き受ける! ――藤堂中佐、あとはあなたが敵艦のエンジンを止めてくれれば、私たちの勝ちよ!』
電脳の奥から響く大佐の咆哮を聞きながら、藤堂艦長はチェアーに固定されたまま不敵に笑った。
対するサクタンのブリッジでは、言葉に表せぬほどの巨大な混乱と、底知れない絶望の波が広がっていた。
『敵二番艦(一号艦)に壊滅的打撃を与えたはずですが、破壊には至りません! 奴ら、反転してあの厄介なプレッシャープレートをこちらに向け、未だに戦闘力を維持したまま後衛の迎撃衛星群と合流しつつあります!』
オペレーターの触手が、焦燥のあまり千切れんばかりにコントロールパネルの上で狂ったようにのたうち回る。
だが、彼らにとっての本当の地獄は、目の前の、もう一隻の怪物だった。
――それだけではありません! 敵一番艦(二号艦)の動向に異常な変化を感知! 奴ら、安全制御リミッターを完全に遮断した模様です! 現在、当初のシミュレーションで想定されていた【二倍の巡航速度】に到達! 爆発的な加速でこちらへ向かって直進してきます!
「……何だと……!?」
サクタンの最高指揮官は、メインスクリーンに映し出された二号艦の急加速データを見て、すべての思考が白く凍りついた。
二倍の速度。それは、洗練されたサクタンの核パルスエンジンが叩き出す、最高加速力すらも完全に凌駕する、
「狂気」の突撃スピードだった。
『敵一番艦の到達まで、残り数十秒! ……もはや、我が方の機動性では回避不可能です! 逃げることも、制動をかけることもできません!』
「撃て! 残された熱線砲をすべてあの突撃してくる船に集中させろ! 塵にしろ!」
駄目です! 指向可能な熱線砲の半数はすでに先ほどのX線レーザーで焼き切られています! ――それに、あれだけの質量と金属強度を持つ物体は、我が方の熱線砲の全力照射を以てしても、衝突までに
【完全破壊することは物理的に不可能】です!
AI副官の無機質な音声が、ブリッジの異星人たちに冷酷な死刑宣告を突きつける。 もし、あの60万トンもの超合金の塊が、このままサクタンの船体に激突すればどうなるか。
例え熱線で外殻をいくらか融解させたとしても、原型を留めたまま時速数万キロで突っ込んでくる超質量の破片は、サクタンの外周装甲の層を容易に突き破り、その中枢にあるメインエンジンや、同胞たちが眠る居住ブロックを一瞬で内部から微塵切りに破壊し尽くすだろう。
(……戦うべきでは、なかったのだ……)
最高指揮官の脳裏に、激しい、そして取り返しのつかない後悔の念が濁流のように押し寄せていた。
所詮、このサクタンは、滅びゆく母星系から命からがら逃げ出してきた【ただの避難船】に過ぎないのだ。
一族の未来を背負った、最後の替えの利かない生存者たちを乗せた、傷つきやすい箱舟なのだ。 地球の人間たちの科学力は、自分たちに比べれば確かに100年は遅れていた。
だが、自らの母星の環境を放射能で汚染してまで、一秒に一発の核爆弾を炸裂させて進むような、あんな狂気的なゲテ物宇宙戦艦『大天使』を作り上げ、恐らくはそれを乗りこなすために自らの肉体をもサイボーグに変えるような、そんな底知れない執念を持つ惑星国家と、最初から戦うべきではなかったのだ。
ああ、何という過ちを犯したのだ……。あの最初の探査機が近づいてきた時、我々が独自のメンタリティに囚われず、野蛮な警告(熱線破壊)ではなく、平和的な挨拶の通信を一本でも送っていれば。
……いや、せめて、地球上で核パルスの反応が起きたあの時、恐怖に駆られて木星を発進などせず、あのまま木星軌道に踏みとどまって、静かに燃料の精製を続けてさえいれば……。
チャージが終われば、私たちは地球に目もくれず、そのまま宇宙の彼方へ立ち去るはずだったのに……!
サクタンの指揮官の思考は、完全に閉ざされた袋小路の奥へと陥っていた。
自衛のため、生き残るために選択してきたすべての決断が、皮肉にも、自らの種族を全滅の淵へと追いやる最悪の引き金になってしまった。
『敵一番艦、衝突まで残り十秒……! 九、八……っ!』
オペレーターの悲鳴が響く中、サクタンの最高指揮官は、プライドも、戦士としての誇りも、すべてをかなぐり捨てて、血を吐くような思いで叫んだ。
「――全通信回線を開け!! 第三惑星軍に向けて、我が方の最大出力で【降伏】のシグナルを発信しろ! 攻撃を停止してくれと、我々は今すぐエンジンを止めると、彼らに伝えてくれ!!」
避難船サクタンの指導者が選んだのは、種族の全滅を避けるための、なりふり構わない『降伏』の選択だった。
だが、限界を超えた神加速で突撃してくる大天使二号艦の艦首は、すでにサクタンの巨大な船体の目の前まで迫っていた。
このあまりにも遅すぎた降伏の叫びは、果たして、電脳化された藤堂艦長たちの元へと届くのか。
太陽系の存亡をかけた絶対防衛戦は、互いの絶望と後悔の交錯する中、ついに最大極限の激突の瞬間(ゼロ秒)を迎えるのだった。
(完全決着編へ続く!)




