無人の防盾
無人の防盾
西暦2060年。木星を離脱し、地球の全インフラ樹立能力を破壊するために進軍を続ける異星人の巨大避難船『サクタン』の地球到達まで、残り「六時間」を切っていた。
アメリカ・コロラド州のシャイアン山地下深く、NORADの戦略メインオペレーションルームは、もはや人の発する熱気と、電子回路が発する冷却ファンの駆動音だけで満たされた、不夜城の様相を呈していた。正面の巨大なメインスクリーンに映し出されているのは、地球の青い輪郭と、そこに接近しつつある『サクタン』の、二キロに及ぶ圧倒的な超質量を示す不気味な赤いインジケーターである。
「――全セクターへ最終通達! これより、最終防衛プラン【フェーズ・ゼロ】へと移行する!」
NORADの最高指揮官の怒号が、ブリッジ全体に響き渡る。
通信回線を通じて南洋諸島基地から接続している統合責任者の山口中将の映像がモニター越しにえがきだされていた。
現在、地球の軌道面で敵を迎え撃つために正面に配備されているのは、搭載されている武器(核ミサイルか、核爆発のエネルギーを収束させるX線レーザーか)が違うだけの、合計26機の無人迎撃衛星。そして、敵の正確な軌道と熱線照射の兆候を捉えるための、6機の無人観測衛星。
地表からの指令を伝えるための専用の指揮観測衛星12機、それらは元からあった衛星通信網に接続されて死角はない
――計44機の無人機+温存された12機。これが、短期間に地球の全工場が悲鳴を上げて生産し、ロケットを打ち上げ続けた、人類の限界の数字だった。
「……これ以上の追加配備は不可能だ。時間切れだて」
山口中将が低い声を漏らす。
「ああ、だが、この56機をただ正面に並べて一網打尽にされるわけにはいかない。――オペレーター! 最終配置転換のシーケンスはどうなっている!」
「――作戦の第一段階、完了しています!」
オペレーターが、張り詰めた声を張り上げた。
「正面の防衛線に残すのは、先遣の【26機の無人迎撃衛星】、および【4機の無人観測衛星】のみ! ――それ以外の、残存するすべての迎撃衛星群は、ただいま、敵から見て完全に死角となる『地球の反対側(影)』の静止軌道へと退避を完了しました! 地球のその巨大な岩盤の厚みを物理的な【盾】として利用し、敵の最初の熱線照射から、最後のカバー兵力を隠匿しています!」
メインスクリーンの3Dマップの上で、地球の裏側へと回り込み、静かにその熱パターンを消して息を潜める「三分の一の無人の盾(衛星群)
正面に並ぶわずか26機の無人迎撃衛星たちが、敵の最初の突撃を受け止めて全滅するまでの数十分間の間に、地上のドックから大天使一号艦・二号艦がパルスを点火してスクランブル発進する。そして、大天使が地球軌道面に到達したその瞬間に、地球の裏側からこの避難させておいた衛星群が一斉に回り込み、合流して後方をカバーする。
この完璧な時間差の結合戦術こそが、人類が生存をかけて導き出した、唯一の、そして冷徹な絶対防衛陣形だった。
「……よし。これで、あとはあの『最後の保険』にすべてを託すのみだ」
最高指揮官の視線が、メインスクリーンの最下部、太平洋の南洋諸島の座標で、地上の暗闇の中で静かに眠る宇宙戦艦『大天使一号艦』のアイコンへと注がれる。
発進の引き金(地上第一波点火)の条件は、NORADのメインシステムにすでに完全自動でロックされている。
――【正面の無人迎撃衛星網の残存数が、残り3機となったその瞬間に、自動で執行される】。
地球の環境に甚大な放射能汚染を及ぼすという究極の毒薬を飲むその瞬間まで、人類は、地表の暗闇の中で静かに爪を研ぎ続けるしかなかった。
無人の防盾の咆哮、前哨戦の火蓋
「――敵フィスプ『サクタン』、地球の静止軌道外縁部まで到達! 減速シーケンスを終了し、回頭を確認!慣性航法で我が方の第一防衛線へと侵入してきます!!」
奴らの回頭が予想よりも早い!迎撃衛星の防衛線に艦首を向けて来るぞ!
オペレーターの、それまでの静寂を完全に叩き潰すような緊迫した絶叫が、NORADの不夜城に鳴り響いた。
ついに、化け物が来たのだ。
メインスクリーンには、光学望遠鏡が捉えた敵の映像がリアルタイムで投影された。長さ二キロに及ぶ全体にずんぐりとした幾何学的なその船体は、圧倒的な威圧感で地球を見下ろすように肉薄してくる。
「――敵艦より、高エネルギーの赤外線放射を確認!! 最初の熱線照射、来ます!!」
――閃光。
深宇宙の闇の中で、サクタンの艦首から放たれた目に見えない熱線の暴威が、正面で待ち受けていた地球の無人観測衛星の一機を一瞬で捉えた。
爆発すら起こらず、数トンの精密機械の塊が、一瞬にして分子レベルで蒸発し、宇宙の霧へと変わる。
「観測衛星1号、ロスト!! ――だが、データは生きている! 敵の熱線照射の死角を逆算、自動迎撃システム、作動!!」
人類の無人の盾が、一斉に牙を剥いた。
正面に展開していた26機の無人迎撃衛星のうち、核ミサイルを搭載した数機が、その化学ロケットを最大出力で点火。漆黒の宇宙空間に、青白いケミカル燃料の尾を引きながら、敵の二キロの巨体へ向けて一斉に突撃を開始した。
「ミサイル、全弾発射! 指向性核爆弾、有効射程まで残り30秒!!」
発射されたミサイルは核搭載の本物は4機のみで残りの20発に及ぶミサイルは全てダミーであった、発射されたミサイルはそれぞれがバラバラに分かれて敵に向かう、無弾頭のミサイルもその運動エネルギーで何らかの形で損害を与えることを期待されていた。
だが、敵もさるもの、避難船としての卓越した防衛システムが稼働する。
サクタンの船体各部から、細細とした無数のインターセプター熱線が放たれ、接近する地球のミサイルを次々と迎撃していく。
宇宙空間で、音が伝わらない、無音の核爆発の光が、音もなく消滅するミサイルの残光が、まるで真夏の夜の打ち上げ花火のように、幾つも幾つも激しく炸裂し、地球の夜空を昼間のように白く照らし出した。
「無駄死にさせるな! ミサイルを撃ち終わった機体は、そのまま本体のブースターを点火しろ! 敵の針路上に立ち塞がって、【核自爆特攻】を仕掛けろ!!」
NORADの最高指揮官のデスクを叩く手が、衝撃で白く染まる。
無人機の利点を極限まで活かした、凄惨な肉弾戦。
熱線によって船体を焼かれ、コントロールを失いかけた地球の迎撃衛星が、最後の電脳の命令に従って、メインスラスターを逆噴射。サクタンの巨大な外殻装甲に向けて、自ら核を抱いたまま時速数万キロの速度で突っ込んでいく。
ドォォォォォォォォン!!!!!
遮蔽されたメインモニターが、一瞬だけホワイトアウトした。
数十㏏級の核自爆特攻の直撃。敵フィスプの強固な耐放射線装甲が、激しく波打ち、歪む。地球が一丸となって宇宙へ突き上げた無人の盾たちの、これが意地であり、最初の咆哮だった。
手綱を握る夫婦、地下ドックの静寂
その頃、――太平洋の南洋諸島基地、大天使ドック。
宇宙の彼方で行われている凄まじい核の光の乱舞とは対照的に、宇宙戦艦『大天使二号艦』のブリッジは、深海の底のような、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。
中央の対Gチェアーに、その全身をガッチリと、締め付けるようなホールドで固定された藤堂艦長は、電脳空間の視野の端で、地球軌道上の無人衛星たちの残存数が「26……22……17……」と、ものすごい勢いで削り取られていくのを、死んだような魚の目で見つめていた。
自分の心肺機能は強化され、脳は電脳化されている。だが、肉体の奥底にある「熱くなりやすい軍人としての本能」が、喉の奥をカラカラに乾かせていた。
「……すごい勢いで落ちていくな。各国の迎撃衛星が、俺たちの発進のために、命を削って時間を稼いでくれている」
藤堂の呟きに、隣の副艦長席で、全く同じように対Gチェアーに身体をホールドされている妻の美咲が、静かに、しかし絶対の信頼を込めた電脳通信を返してきた。
(ええ、あなた。だからこそ、私たちは一時も無駄にできないわ。
……あなたの脳波のグリッド線、また少しだけ『焦り』の赤が混じっている。
……手綱を緩めないで、艦長)
トク、トク、と。
美咲の冷徹な電脳介入が、藤堂の脳波に直接リンクし、高まりかけた血圧と心拍数を、電子的にコントロールし優しく宥めていく。
士官学校時代、首席で天狗になっていた自分を物理的にボコボコにして叩き直した、世界で唯一の、そして最強の女性。
この理不尽な2060年の決戦前夜にあっても、彼女のその揺るぎない優等生スマイルの瞳だけが、藤堂の正気を完璧に繋ぎ止めていた。
「ああ……分かっているよ、美咲。ネバダの一号艦、ロバートソン大佐との電脳リンクも安定している。……船尾プッシャープレート、および自動放出システムの準備は?」
(いつでもいけるわ。船尾の直下、人工島をくり抜いて作った【巨大な爆発用の穴】の中に、第一波点火用の小型核爆弾の射出シグナル、完全オンライン。
……システムが『残り3機』を検知したその瞬間に、自動で引き金が引かれるわ。
……私たちの骨格は置換されていないけれど、細胞レベルで耐ショック加工されているもの。
あの10メートルの落着テストの衝撃すら生ぬるいと感じるほどの、本物の核パルスの地獄……二人で、しっかりと噛み締めましょうね、あなた)
「……フッ。最高級のトラクターを運転する前の、ちょっとしたアトラクションだと思えば安いもんだ」
藤堂は、チェアーのホールドの感触を確かめ、奥歯を強く噛み締めた。
自分たちがここで発進すれば、南洋諸島の大気と環境は、毎秒一発の核の炎によって甚大に汚染される。
自らの手で地球を汚す、その罪悪感と業のすべてを電脳の奥に呑み込み、二人は地表の暗闇の中で、その運命の瞬間(秒読み)をじっと待ち続けた。
大天使、第一波パルス点火・大気圏スクランブル発進
コロラド、NORADの戦略オペレーションルーム。
メインスクリーンに刻まれる数字は、すでに人類の絶望のカウントダウンへと化していた。
――迎撃衛星第14号、大破! 指向性核爆発衛星第19号、自爆特攻に失敗、熱線によって溶解しました!
「残存数、残り9機……! 敵船サクタン、第一防衛線を完全に突破! 地球軌道面への侵入角を固定、減速を続けながら本隊の防衛サテライト網をすり抜けてきます!」
オペレーターの悲鳴が、シャイアン山の花崗岩の壁に虚しく反響する。
26機あった無人の盾は、敵の圧倒的な二キロの質量と熱線兵器の前には、文字通り「わずか数十分間」しか持ち堪えられなかった。
機械知性体の弾き出したシミュレーションの通り、人類の用意した防衛線は、今、完完なまでに崩壊しようとしていた。
全弾道ミサイル発射準備せよ!
「山口中将!! システムの自動執行まで、残り数秒だ!!」
NORADの最高指揮官が、叫ぶ。
「……全セクター、衝撃に備えよ……!!」
全封鎖艦隊! 大天使が発進する! 対閃光防御、ホールアウトに備えよ。
山口中将は南洋諸島基地地下シェルターで手を握り締め、画面を凝視した。
「――残存数、残り5機……! 4機……っ!!」
世界が一瞬、スローモーションになったかのように感じられた。
メインスクリーンの光の点が、さらに二つ、敵の熱線の光の中に消え去る。
そして、その瞬間――システムが冷徹に、人類最期の『保険』の引き金を、自動で完全に引き絞った。
『――警告。軌道上の残存無人迎撃衛星数、残り【3機】を検知。これより、日米共同開発・核パルス宇宙戦艦『大天使一号艦』および『二号艦』の、地上第一波点火・スクランブル発進シーケンスを【自動執行】します』
敵の位置は、大天使は大丈夫なのか?
その時、機械知性より音声による報告が入る。
敵の位置がSエリアに入った為、作戦コードS1発動します、妨害のため弾道ミサイルの発射を開始。
地球の陸と海で隠されていた凶暴な破壊の権化が吐き出された。
それらは、大天使を迎え撃とうと最適位置に移動していた敵を地球軌道面から包み込むように包囲し攻撃した。
それらにより一時的に後退させることに成功した。
なお、これらの攻撃により敵艦に少なからず被害を与えて、以後の大天使の戦闘に寄与した、その代わりに地球高層域で発生した電磁パルスの影響で、かなりの地域で通信障害が発生した。
迎撃衛星群は地球の影で影響を免れ、大天使はそもそも発生源に成りうるために対策されていた。
――ガチリ。
南洋諸島基地、地下ドックの底。大天使二号艦の船尾直下に掘られた、巨大な爆発用の穴の中へと、一発目の小型核爆弾が、自動射出システムによって完璧なタイミングで放り込まれた。
「――来るわよ、あなたッ!!!」
美咲の電脳通信が、藤堂の脳内で鋭く弾けた。
「……全艦、耐衝撃防御ッッ!!!!!」
――どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!!!!!!!!!!!!
地表の穴の奥底で、一発目の核パルスが炸裂した。
数百万度の核の炎と、大気を引き裂く猛烈な衝撃波の圧力が、大天使の船尾の分厚いプッシャープレートへとダイレクトに叩きつけられた。
ガガガガガガガガガッッ!!!!
チェアーに固定された藤堂の全身の細胞が、血管が、肉体改造によって補強されたすべての組織が、シート越しに伝わる地球崩壊のような超重量級の衝撃波によって、一瞬で限界まで圧迫された。脳血管の耐圧センサーが真っ赤に明滅し、電脳の視界が一瞬でホワイトアウトする。これが、今から毎秒一発、背後から核で殴られながら進む、狂気のエンジンの真実だった。
「第二波、来るぞおおお!!」
通常なら声を出すことも出来ない環境で有っても電脳化された脳は思考を電気信号に変え乗組員の思考を共有化した。
――どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!!!!!!!!!!!!
一秒後、二発目の核が地表で炸裂。南洋諸島の美しい無人島の大気は、猛烈な放射性降下物と熱風によって一瞬で真白に汚染され、その圧倒的な衝撃波の反動だけで、60万トンの大天使二号艦の巨体は、地表のドックの底から天空へと向けて、時速数万キロの圧倒的な加速で【大気圏スクランブル発進】を開始した。
同じ瞬間、遙か地球の反対側、ネバダの砂漠の直上でも、一号艦が全く同じ核パルスの地獄の炎を撒き散らしながら、天空へと向けてその巨体を跳ね上げていた。
「大天使一号艦、二号艦、共に地上第一波点火を確認!! 質量60万トンの巨体が、猛烈な加速で第一宇宙速度を突破中!! ――大気圏外、地球軌道面へのスクランブル発進へと移行しました!!」
NORADの管制室に、オペレーターの涙混じりの絶叫が響き渡る。
正面の防衛線に残された無人の迎撃衛星は、今や【残り、わずか3機】。
弾道ミサイル残り21!
核の炎で自らの地球を汚し、その業のすべてを背負って天空へと突き進む、最後の希望の宇宙戦艦『大天使』。
正面の盾が全滅を迎えるその絶望の瞬間に向けて、そして、地球の裏側に避難させておいた「三分の一の無人の盾」と合流し、一号艦との歴史的な【双頭フォーメーション(艦首結合)】を組むための、太陽系の存亡を賭けた、本当の地獄の戦いの幕が、今、完全に切って落とされたのである。




