↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
降伏の儀式 捧ぐ  作者: kero


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/12

無言の返答と、シャイアン山の絶望

シャイアン山の絶望

地球を発った偵察衛星『メッセンジャー1号・2号』が、木星から迫り来る異星人の巨大宇宙船『サクタン』のセンサー有効圏内へと突入し、交信の意思を示す信号を配信し始めた、運命の邂逅(ファーストコンタクト)から数日。


アメリカ・コロラド州のシャイアン山地下深くにある

【NORAD:北米航空宇宙防衛司令部】の戦略オペレーションルームは、耳が痛くなるほどの、重苦しい「静寂」に包まれていた。


正面の巨大なメインスクリーンの前に立つ最高指揮官、そして南洋諸島基地から通信回線でホログラム接続している山口中将は、微動だにせず、深宇宙からの電波シグナルを待ち続けていた。彼らの手のひらは、冷たい脂汗に濡れている。


「……中将。メッセンジャー1号からの応答の受信、未だ確認できません」

「スキャンデーター受信中」


オペレーターが、かすれた声で報告を上げる。


最高指揮官も山口中将も、本音を言えば「対話など、もう駄目だろう」と心の底では諦めていた。

十年前の最初の探査機への問答無用の熱線破壊、そして日米の大天使のパルス起動実験、宇宙空間からも特徴的な核の連続爆発は捉えられているはずだ。


運命の歯車はすでに回りすぎており、今更こちらの牙を抜いたメッセージを送ったところで、向こうにとっては罠か時間稼ぎにしか聞こえないはずだ。

それでも――二人は、

人類という種族の代表として、一縷の望みを捨てきれずにいた。

戦わずに済むなら、地球を核パルスの炎で汚さずに済むなら、それが一番いい。彼らの静かな祈りは、沈黙を続けるコンソールへと注がれていた。


「 メッセンジャー1号のデータが通信途絶!」

オペレーターの叫びに、管制室の全員が弾かれたようにスクリーンを見上げた。

だが、次の瞬間に表示されたデータは、彼らの最後の一縷の望みを、完完なまでに粉々に打ち砕くものだった。


『――メッセンジャー2号、通信途絶。メッセンジャー1号の途絶直前に感知した高エネルギー赤外線熱線の放射パターンより、敵船による【熱線破壊】と断定。

対話プロトコル、完全な失敗(デッドロック)です』


「……そうか。やはり、駄目だったか」

山口中将は、ホログラムの拳を固く握りしめ、静かに目を閉じた。

対話の実績(アリバイ)は作った。


地球側は最大限の努力をした。


人類に残された道は、もう、持てるすべての核の炎を宇宙へ突き上げる、凄惨な絶対防衛戦しか残されていなかった。


不滅の秒読みと、機械知性の励まし

それからの日々は、まさに地球という星が丸ごと奈落へと滑り落ちていくかのような、狂気的な秒読みの連続だった。

木星を発進し、地球へ向けて刻一刻と、しかし確実に制動・減速しながら肉薄してくる敵船。

NORADのメインスクリーンに映し出されたその巨体は、一週間、一日、一時間ごとに地球への距離を縮めてくる。

管制室のオペレーターたちの間には、ついに「来るべきものが、来てしまった」という、悲壮感の溢れる絶望が満ち満ちていた。


敵船、 減速比率、安定! ……地球予定到達時刻まで、残り【四十八時間】!

若いオペレーターの女性が、コンソールを叩く指をガタガタと震わせながら、泣き出しそうな声で数値を張り上げた。

「こちらの配置した無人迎撃衛星は、総数でわずか数十機……。奴の二キロの巨体と熱線兵器の前には、どれだけ持ち堪えられるか……

当てることが出来さえすれば破壊も可能だろうが?


神よ、私たちは本当に、ここで全滅するのですか……!

ブリッジ全体が悲痛な恐怖に支配されそうになった、その瞬間だった。


『――警告。国軍全オペレーター、および指揮官諸君。感情の暴走による論理的演算能力の低下を抑制しなさい』


オペレーションルームの全スピーカーから、NORADの中央知性である【超機械知性(マザーコンピューター)】の、冷徹でありながら、どこか静かに励ますような電子音声が響き渡った。


敵船サクタンの目的は、データ解析の通り、地球そのものの消滅や人類の根絶ではなく、我が方の惑星間宇宙兵器の製造能力、およびそれらを支える地上インフラの破壊です。

彼らは恐怖による先制攻撃を選択したに過ぎません。

したがって、我が方が構築した日米の双頭フォーメーション(艦首結合)による核指向性エネルギーの火力が敵の装甲を貫通する確率は、依然として【47.6%】存在します。

勝利の余地はあります。

諸君らのこれまでの突貫工事による衛星配備と、人体改造に耐え抜いた藤堂艦長たちの存在は、無駄ではありません。

――各自、最終迎撃シーケンスの維持に専念しなさい』


「……ふっ。機械の癖に、大した励ましをしてくれるじゃないか」

最高指揮官は引き攣った笑みを浮かべ、制服の汗を拭った。

機械知性の冷徹な確率論が、皮肉にも、崩壊しかけていた人間のオペレーターたちの理性をギリギリのところで繋ぎ止めていた。


各国の無策と、戦後を見据えた軍隊

しかし、そのNORADの張り詰めた迎撃準備とは裏腹に、地上世界の実態は、あまりにも醜悪で、冷酷な個人レベルの生き残り戦の様相を呈していた。

迫り来る未曾有の国難に対し、民間人に対する避難や物資の配備等のインフラ対策は、国際連盟の取り決めにより「各国政府の主権に一任」されていた。


だが、西暦2060年の各国政府がとった行動は――

【パニックを恐れて、一般大衆には『敵が地球に接近している』という事実すら公表せず、何一つ避難対策を行わない】という、最悪の「無策」であった。


それには、リアルな理由があった。

仮に事実を公表して民間人を避難させようとしたところで、この地球上のどこに、二キロの宇宙船からのインフラ爆撃に耐えられる避難所(シェルター)などあるというのだ。そんなものは存在しない。

事実を公表すれば、世界中で大規模な暴動とパニックが起き、インフラが爆撃される前に地球文明が内側から崩壊(自滅)するのは火を見るより明らかだった。

だからこそ、各国政府は「最後まで隠し通し、何もしない」という、冷酷な政治的選択を選んだのである。


一方で、地球上の陸・空・海の各国軍隊は、別の意味での非情な生存戦略に動いていた。

「最高警戒レベルを維持せよ。ただし――」

国軍の各司令部から、前線の部隊へと極秘の命令が下されていた。


これより始まる宇宙からの攻撃に対し、大気圏内の陸空海部隊が正面から防衛戦を仕掛けることは一切禁止する。

迎撃はあくまで、軌道上の無人衛星網と『大天使』に一任する。

我々の主任務は、宇宙からのインフラ爆撃によって世界が崩壊した直後、【その後に発生するであろう凄まじい略奪、暴動、戦後の混乱を早期に武力で鎮圧し、国家の治安を回復する】ことにある。各部隊、弾薬と機動兵器、戦力を最大限に【温存】せよ


戦う前から、敗戦後の「戦後処理」を見据えた、軍隊としての冷徹な計算。

彼らは、敵の爆撃をただ隠れて耐え忍び、生き残った後の世界を支配するために、自らの爪を隠して地下の防空壕へと引きこもっていた。

人類のトップたちは、生き延びるために、どこまでも打算的で、冷酷だった。


無人の盾の退避と、最終陣形

「――山口中将、および南洋諸島の藤堂艦長。聞こえるか」

NORADの最高指揮官が、コンソールを叩きながら通信を開いた。


「これより、地球軌道上の無人迎撃衛星網の、最終的な『配置転換』を行う」

現在、地球軌道上には各国のロケットによって突貫で配備された、数十機の無人迎撃衛星が並んでいる。

 

だが、NORADが下した命令は、驚くべきものだった。

「現在展開している無人迎撃衛星のうち、【およそ三分の一にあたる機体】を、これより敵の侵入ルートとは完全な『地球の反対側(影)』の静止軌道へと退避・避難させる」

「……何だと? 盾を減らすというのか?」

南洋諸島基地の大天使二号艦の通信室では、藤堂艦長が美咲副長に問いかけるでもなく口に出していた。


「疑問に思ったものもいるだろう。これは、『双頭フォーメーション(艦首結合)』を確実に成功させるための、戦術的な判断だ」


最高指揮官は、電脳の3Dマップに軌道シミュレーションを投影した。

「敵フィスプ(サクタン)は、地球軌道に侵入する際、膨大なエネルギーを放ちながら急激な制動・減速を行う。

本来ならば最高の隙と言っても良い、当然ながらわが方の迎撃衛星は全力で攻撃する。

その際、迎撃に出た衛星群は奴らの持つ先進的な迎撃システムでわずか数十分で全滅させられる可能性が極めて高い。

……もし、すべての衛星を正面に置いて全滅してしまえば、地表から発進する大天使が最も脆弱な瞬間を宇宙からの狙撃で失う可能性が高い、大天使が軌道面に到着するまで奴らを軌道に入れるわけにはいけない、その為に時間稼ぎする戦力が必要だ


最高指揮官の目は、冷徹に勝利の確率を計算していた。

「だからこそ、三分の一の迎撃衛星をあらかじめ地球の裏側に避難させておく。


敵が正面の防衛線を突破し、地表から君たちの『大天使』がパルスを点火してスクランブル発進したその瞬間、地球の裏側からこの避難させておいた無人の盾(衛星網)が一斉に回り込み、敵艦を牽制する、攻撃よりも牽制だ。

また敵が低軌道に移って攻撃を仕掛けようとした場合は各国の弾道弾による攻撃を行う予定だ、その為のプログラムは終了している。


――大天使二機が艦首を結合して一機の要塞となり、その後方を、残された無人迎撃衛星たちがカバーしながら戦う。


これが、我がNORADが弾き出した、最も勝率の高い最終陣形だ」

「……なるほどな。無人の盾を、俺たちのための『後詰めの兵力』として温存しておくわけか」

藤堂は、電脳の奥でその戦術の合理性を理解し、隣に座る美咲副艦長と静かに視線を交わした。


隣の美咲も、いつも通りの冷静な瞳で小さく頷いていた。


熱くなりやすい夫の手綱を引き、常に最適解へ導いてきた妻は、この非情な配置転換こそが、夫婦二人で生きてドックへ戻り、戦後に最高の農地を手に入れるための唯一の生き残りルートであることを理解していた。


了解しました、NORAD司令部。

無人の盾の退避シーケンスを開始してください。


……俺たちは、地上のドックの底で、その『最後の16機』の瞬間が来るまで、静かに牙を研いで待っています


「頼むぞ、藤堂、……迎撃衛星第21号から第37号、地球の裏側への退避軌道へ移行! ――全軍、最終戦闘配置!!」


西暦2060年


各国の無策による民間人のパニックと、戦後を見据えて爪を隠す陸空海の軍隊。


そして、三分の一の無人の盾を裏側へと隠し、最後のゲテ物の発進を待つNORAD。

互いが生き延びるために最悪の誤解を抱いたまま、木星を発進した異星人の巨艦『サクタン』の地球到達まで、残り――わずか四十八時間。

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。