不器用な使者
木星軌道上で地球側の核パルス実験を「宣戦布告」と誤認し、地球軌道面への進軍(先制攻撃)を開始した異星人の巨大宇宙船『サクタン(フィスプ)』。
奴らの地球到達まで残り六ヶ月と宣告されたその瞬間から、アメリカ・コロラド州のシャイアン山中にある【NORAD:北米航空宇宙防衛司令部】の戦略オペレーションルームは、軍事的な緊迫とは全く異なる、奇妙な「政治的混乱」の爆心地と化していた。
「――国際連盟理事会、および主要時事国の首脳陣から、新たな最優先指令が入った! コードネーム『フィスプ』に対し、ただちに広域電波による『対話・交渉』を試みろとのことだ!」 NORADの最高指揮官が、通信端末をデスクに叩きつけながら忌々しげに吼えた。
前線で冷徹に迎撃データの蓄積を進めていた軍のオペレーターたちや、南洋諸島基地の地下ドックから通信回線で接続していた山口中将のホログラムは、その唐突な命令に一斉に驚愕の表情を浮かべた。
「対話だと!? 今更何を言っているんだ!」 山口中将が声を荒らげる。
「奴らは十年前、我が国とアメリカが派遣した貴重な探査衛星を、何の警告もなしに問答無用で熱線破壊した凶暴な存在だぞ! 機械知性体も奴らを明確な敵と断定している!」
「分かっている! だが、そう言わざるを得ない大人の事情(政治)が向こうにはあるんだ!」 最高指揮官は血走った手で顔を覆った。
実は、木星の建造物が自力航行能力を持つ「宇宙船」であると十年前に結論づけられて以降、連盟の政治家や科学者グループからは、一貫して『敵の目的が分からない以上、まずは対話を試みるべきだ』という強い圧力が、裏でずっとかかり続けていたのだ。
その為に既に木星に偵察衛星が向かっていた。
『フィスプ』が木星を離れ地球に向かってきた時点で、対話は二の次で、偵察がメインになったが。
当初、政治家たちの多くはこう考えていた。『敵の目的が燃料(木星の気体)の補給であるなら、必要な分だけ勝手に取って、そのままどこかへ立ち去ってもらうのが一番いい。
こちらから余計な刺激をして、藪蛇を突くような真似は避けるべきだ』 何より、当時の地球の技術的制約として、地球軌道面から木星圏へ辿り着くだけでも最低「3年間」の航行期間が必要とされていた。
木星に着く頃には居なくなっていると考える学者も多かったのだ。
そのため、まずは「地球軌道面での迎撃網の構築(大天使の建造)」を最優先とし、異星人との対話やファーストコンタクトの試みは、すべて後回しにされ、棚上げにされていたという経緯があった。
それが、今になって最悪の形で裏目に出た。
敵の宇宙船『サクタン』が、木星を発進し、地球へ向けて真っ直ぐに進軍してきたのだ。
これがすべての前提をひっくり返した。
彼らが木星で何をしていようが、今までは地球の一般大衆に隠蔽するのは簡単だった。探査機の消息不明なんて、宇宙の過酷な放射線や機体の故障と言えば、いくらでも言い訳が立ったからな。
……だが、あの二キロの巨艦が地球に向かってきているとなれば話は別だ。
地球軌道面に入れば、アマチュアの天体望遠鏡でも肉眼でハッキリと観測されてしまう。
もう隠し通すことはできない!
最高指揮官は、正面のメインスクリーンに映る、少しずつ地球へ近づいてくる光の点を指差した。
理由はどうあれ、人類の歴史に
『理由も聞かずに、問答無用で異星人と戦闘の火ぶたを開いた』
などという血塗られた記録を残すわけにはいかないんだ。
戦うにしても、その前に【地球側は最大限の対話を試み、平和的な解決を模索した】という絶対的な歴史の実績が、国際政治の上でどうしても必要なのさ……!
それは、最悪の事態(大天使の点火による地球大気汚染や、人類の絶滅)を見据えた、政治家たちの必死の生き残り思想でもあった。
幸いにして、大型の木星行き偵察衛星が既に向かっていた、それらは二機一組で木星の異星人建造物に交信を試みるのが目的であった。
二機は、当初の予定の木星では無く火星と地球の中間付近で『フィスプ』との最接近予定であった。
そこで当初の予定通りに交信と偵察をすればよい、より精細な敵のスペック等が分かるかもしれない。
建前として、戦う前に、せめて「お前たちは何者で、何が目的なのか」を問いかける、不器用な使者を送らねばならなかった。
今さら奴らに電波を飛ばしたところで、奴らに無視されるのか、デブリ扱いされて
処理されるのがオチだ。
「……予想される、敵船との邂逅(すれ違い)ポイントは?」
藤堂艦長が、南洋諸島基地のブリッジでオペレーターに静かに問いかける。
――計算が出ました。敵船サクタンが地球の防衛線に到達する、ちょうど
【一ヶ月前】
地球と火星の中間海域、小惑星帯の少し手前の宇宙空間にて、偵察衛星は敵のセンサー有効圏内へと突入します。
オペレーターが弾き出したその数値を見つめながら、藤堂は隣に座る美咲副艦長と静かに視線を交わした。
五ヶ月後に地球が放った「不器用な使者(衛星)」が、異星人たちの巨艦に向けて、異星人との対話に向けた通信プロトコルを電波だけでなく光等も含め配信し始める。
もし、そこで奴らが通信を受け取り、足を止めてくれれば、地球軌道面での凄惨な核攻撃も、南洋諸島やネバダの環境を破壊する大天使の『核汚染』も、すべて行わずに済む。戦わずに生き延びるという、最高の結末が達成される。
「……六ヶ月後、いや、五ヶ月後の邂逅か。美咲、俺たちに残された時間は、これで実質的に『五ヶ月』になったな」
ええ、あなた。あの使者(衛星)が、化け物の心を動かしてくれることを祈りましょう。
……でも、もし駄目だった時は――
美咲は、冷徹な優等生スマイルの奥に、国軍の副艦長としての、そして妻としての揺るぎない覚悟を燃え上がらせた。
その時は、一号艦のロバートソン大佐と組む『双頭フォーメーション(艦首結合)』で、絶対にあの化け物を地球軌道面で叩き潰すわよ。
私たちの、戦後の穏やかな農家生活を守るためにね
「ああ。もちろんだ」 藤堂は力強く頷き、チェアーのホールドの感触を確かめた。
互いが「生き延びたい」という純粋な目的のために最悪の誤解を抱いたまま、木星を発進した異星人の巨艦と、それを地上で待ち受ける大天使達。
そして、その中間に放たれた、二機の偵察衛星。 地球の存亡を賭けた、長すぎる半年の秒読みの針は、全人類の祈りと政治の思惑を乗せて、運命の「五ヶ月後」の邂逅の瞬間へと、静かに、しかし確実に進んでいくのだった。
遅すぎたシグナル、そして避難船の決断
偵察衛星積んだプロトンロケットの爆音から、一年と五ヶ月の月日が流れた。
地球と火星の中間海域――小惑星帯の少し手前の、太陽の光すら希薄な暗黒の深宇宙。
そこを、木星の大気を吸い推進剤に変換し、地球軌道面への「進軍」を続ける異星人の巨大避難船『サクタン』が、慣性航法を維持したまま静かに航行していた。
『――前方に、未確認の人工物体を感知。質量極小、武装反応なし』 サクタンのブリッジに、AI副官の冷徹な警告音が響く。
『さらに後方にも同様の未確認の人工物体を感知。質量極小、武装反応なし』
指導者たちがモニターを凝視すると、そこには、各種観測機器を満載し、交信用の機材を積んだ地球からの不器用な使者――
偵察衛星『メッセンジャー1号』の姿があった。
メッセンジャー1号は、サクタンの高性能センサーの有効圏内に突入した瞬間、あらかじめ地球の科学者たちがプログラムしておいた『数学的な交信プログラム』を一斉に配信し始めた。
それは、宇宙共通の言語である数学的配置(素数の連続)を用いた、明確な「対話」のメッセージだった。
「……通信? 敵である第三惑星人から、何らかの対話の電波が届いているというのか!?」 サクタンの最高指揮官は、驚愕のあまり触手を震わせた。
本来であれば、彼ら『サクタン』の種族は、放浪の避難民であるがゆえに、平和的な話し合いには喜んで応じる極めて穏健なメンタリティを持っていた。
だが――モニターに映し出される衛星からのデータ通信を精査していく指導者たちの顔は、徐々に絶望と、そして冷徹な拒絶の表情へと変わっていった。
「……遅すぎたのだ」
指導者の一人が、悲痛な声を絞り出すように呟いた。
「すべてが、あまりにも遅すぎた。この対話の手順は、十年前、彼らの最初の無人探査機が木星の我が方の防衛圏へ接近した、あの最初の瞬間に交わされるべきものだったのだ……!」
彼らの論理回路において、運命の歯車はすでに「手遅れ」の領域まで回りきっていた。
最初の探査機、二機目のアメリカ機。それらをすべて無言で接近させた挙句、第三惑星の地表で、環境を汚染してまで我れらと同等の原理に築いた核パルスエンジンの起動実験を成功させてみせた地球人。
その実験の輝きを我らに見せつけた後で、今更このような「対話の試み」を送ってくるなど、彼らにとっては到底信じられるものではなかった。
『――AI副官による行動予測のアップデート』 中央コンソールに、冷酷な光が灯る。
敵惑星(地球)からのメッセージデータを解析。
……これは対話ではなく、彼らの惑星間宇宙戦艦がこちらの有効射程に到達するまでの【時間稼ぎの欺瞞(罠)】、あるいは我が方に対する【無条件降伏の勧告】であると断定するのが、軍事論理上、最も合理的です。
対話に応じる余地はありません
「うむ……。もはや、引き返すことはできん」 最高指揮官は、深く、重い決意を込めて、第三惑星のホログラムを見つめた。
彼らには「替え」の効かない、最後の同胞たちがこの船の中に眠っている。ここで騙されて第三惑星人の罠に落ちるわけにはいかないのだ。
彼らは決心してしまった。
第三惑星を侵略し、植民地にするつもりは今でも毛頭ない。
だが、自分たちの安全を確保するためには――
【第三惑星の、あの木星まで届くような核パルスエンジンの製造能力、およびそれらを支える第三惑星上の全インフラを、完膚なきまでに破壊し尽くす】までは、絶対にこの進軍を止めるわけにはいかない、と。
それが、結果として第三惑星上のインフラのほとんどを灰にし、人類の文明を崩壊させる破壊行為(大虐殺)につながるとしても、生き延びるためにはそれしか選択肢がないのだ。彼らの純粋すぎる自衛のための思想が、ついに「先制攻撃による第三惑星文明の全インフラ破壊」という最悪の結論を、完全にロックしてしまったのである。
――目標、第三惑星の工業地帯、および中規模以上の港、ダム、鉄道停留所。
サクタン、これより第三惑星軌道面への侵入に向け、制動・減速シーケンスを維持しつつ、戦闘体制を継続します。
地球の政治家たちが必死の思いで放った「不器用な使者は、その悲痛なすれ違いの果てに、何一つ言葉が届くことなく、サクタンの放った熱線を浴び、分子の曇となり傍らを静かに通り過ぎて宇宙の塵へと消えていった。
(メッセンジャー2号)も同じ末路を辿った、ただ犬死でないのは、莫大なデーターを地球に送信した事である、それにより『フィスプ』の秘密のベールがまた一枚剥がされた。
太陽系の未来を決める本当の大決戦まで、残された時間は、あと一ヶ月――
地上のドックと、艦長と副官の(漫才) 全宇宙の運命がそんな最悪のデッドロックへと突入しているとは、まだ知る由もない、地球の南洋諸島基地。
地表の頑強な地下ドックに佇む『大天使二号艦』のブリッジでは、決戦まで残り一ヶ月となったこの期に及んでも、相変わらず「いつも通り」の過激でコミカルな光景が繰り広げられていた。
「――おい副長(美咲)! 電脳回線の同期がワンテンポ遅いぞ! これじゃあ一号艦のロバートソン大佐と『双頭フォーメーション(艦首結合)』を組もうとしたら、ディープキスになるぞ!自滅するだろ! もっと同期の精度を上げろや!」
対Gチェアーに体をガッチリと固定された藤堂艦長は、電脳空間に展開された結合訓練の3Dデータを睨みつけながら、熱くなりやすい持ち前の気性で叫んでいた。
だが、その隣の副艦長席に座る妻の美咲は、至って冷静な優等生スマイルのまま、ヘルメットを深く被りコンソールを淡々と叩いた。
艦長、熱くなりすぎてバイタルサインの血圧が上がっていますわよ。
遅れているのは私の同期ではなく、あなたの指示をシステムに伝える際の、その『無駄に力んだ脳波』のせいです。
ほら、私(同期)に身を委ねて、少しは頭を冷やしなさいな
何だと!?
俺は常に冷静沈着、帝国海軍の元艦長として完璧な操艦データーを送っているはずだ!
遅れているのはお前の……あ、いや、美咲、待て。
電脳経由で俺の席のコントロールパネルのセーフティを【ハッキング】するのはやめろ!
あら、熱くなった艦長を物理的にクールダウンさせるのは、副艦長としての『義務』権限ですわ」 美咲はフッと目を細め、電脳空間のレバーをカチリと操作した。
直後、藤堂のコックピットの対Gチェアーから、プシューッ!と強力な「消火用の炭酸ガス」が藤堂の顔面にダイレクトに噴射された。
ぶふぉっ!? げほっ、ごほっ……! お前、美咲! 訓練中に艦長に冷気(物理)を浴びせる奴があるか! 改造された俺の心肺機能じゃなきゃ、今ので心臓麻痺を起こして本当に死亡してただろ!
大丈夫ですよ、研究員さんから『絶対に死なないタフな肉体』だって太鼓判を押されていますもの。
ほら、顔が冷えて、脳波のグリッド線が綺麗に整いましたわね。
訓練を再開しますわよ、あなた
「あなた、って言うな! 公務中は艦長と呼べ! ……っていうか、お前、この前廊下で締め出された時もそうだけど、我が妻ながら本当に容赦が無さすぎるだろ! 士官学校時代から何も変わってない! 鬼姫め!
藤堂は顔についた霜を拭いながら、チェアーの中でガタガタと震えて毒突いた。
あら、士官学校時代の話をします? 天狗になっていたあなたを、私が格闘訓練で徹底的にボコボコにして、そのお鼻を物理的にへし折ってあげた、あの輝かしい思い出の話を」「それはもういい! 掘り返すな! ……如月大尉! 武藤大尉! お前たちからも、この暴君(美咲)に何か言ってやってくれ!」
藤堂が助けを求めるように、後ろの対Gチェアーにホールドされている部下たちに電脳通信を送る。
だが、先任将校の如月大尉は、美佐(美咲)の士官学校時代の恐怖を骨の髄まで知っているため、チェアーの中で直立不動ならぬ「完全硬直」のまま、視線をあらぬ方向へと逸らした。
『……艦長、申し訳ありませんが、私は副艦長先輩の『旦那様への扱い』には一切の異議を唱えないと、人体改造時の契約書に血判を押しておりますので……』
そんなものあるか!
『俺もパスだ。火器管制のチェックで忙しいんでね』 武器担当の武藤大尉にいたっては、聞こえないフリをしてコンソールを叩き続けている。
ブリッジの全乗組員たちの美咲への信頼(恐怖)は、この期に及んでも完全に一枚岩だった。
「彼らの多くは、格闘訓練での無双振りと如月大尉から士官学校時代の数々の逸話を訊き絶対に逆らってはならないと刻み込まれていた」
注 士官学校時代に美咲が二年に進級し保安係に選ばれた際に優等生故に一切の違反を許さない冷徹な取り締まり(教官すら例外は無かった)の数々で鬼姫として武名を轟かした、特に最終学年(四年)だった当時の藤堂(決まり事は決まり事迷惑をかけなければ大目に見ようよの考え)との死闘?は何年も語り草になった、ある意味天才と秀才の確執と言っても良かった、その後に2人が結婚した際は驚きと二人とも個別に上手く手綱を握ってくれよと言われたといって笑いあってた。
むしろ夫婦になった、あんたは勇者過ぎるだろ!
「味方が誰もいない……っ! これが、国軍の艦長の扱いかよ……っ!」
藤堂がチェアーの中でがっくりと項垂れると、
美咲はそっと電脳の個別回線を開き、藤堂の脳内へと、優しく、しかし絶対の信頼を込めた声を響かせた。
(ふふ、冗談はここまでよ、あなた。……あと一ヶ月で、あの化け物が地球にやってくる。各国の数十機の迎撃衛星たちが全滅したその瞬間、私たちのこの『大天使』が、地球を汚すリスクを背負って地表から発進するわ。……恐い?)
藤堂は、美咲のその瞳を見て、先ほどまでのコミカルな態度を消し、静かに、深く笑った。
電脳を通じてシンクロする、夫婦の頑強な心音。
恐いわけがないさ。お前が隣にいて、俺の手綱を握ってくれているんだ。
どんな化け物が相手だろうが、大天使の核の炎と、俺たちのこの改造された五体で、地球の盾になってみせる。
……そして、必ず二人で生きてドックへ戻り、最高の一等地の農家になって、お前を最高級のトラクターに乗せてやるさ
(ええ……約束よ、艦長 電脳の奥で、二人の覚悟が完璧に一つに重なり合う。
地球環境への汚染という十字架を背負い、無人の盾の裏で静かに牙を研ぐ、人類最初で最後のゲテ物宇宙戦艦『大天使』。
互いのすれ違いの果てに、全インフラの破壊を決意して迫り来る異星人の巨艦『サクタン』との、太陽系の存亡を賭けた運命の決戦まで――残り、あと三十日。




