表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

第17話 返しに行く準備

小説フリマの存在を知ったのは、レナからだった。


「来月、小説フリマあるけど知ってる?」


「名前は知ってる。行ったことはない」


「まる助さん、出るっぽいよ。活動報告に書いてた」


心臓が一回跳ねた。


師匠が出る。小説フリマに。スペースを取って、本を並べて、そこにいる。


つまり、会える。


画面越しではなく、直接。


まる助の活動報告を確認した。確かに書いてあった。「小説フリマ、スペースいただきました。新刊はたぶん間に合います。」淡々とした報告。いつもの師匠の温度だった。


行くかどうか、という問いは一瞬で消えた。行く。それは決まっている。問題はその先だった。


何を返しに行くのか。


ノートを開いた。師匠に会ったら伝えたいことを書き出した。


「作品に救われたこと」


書いた。


「あの本命作が自分の始まりだったこと」


書いた。


「教わったことが、今の自分に全部つながっていること」


書いた。


「読まれにくいかもしれないけど、師匠の作品はすごいこと」


書いて、止まった。これは地雷だ。消した。


「自分の人気は師匠の教えの結果でもあること」


書いて、また止まった。これも重い。表現を変えた。


「師匠の教えがなければ、今の自分はないこと」


変えても重かった。


「感謝」


一文字で済ませてみた。雑すぎた。


三十分後、ノートの見開きが埋まっていた。


伝えたいことが多すぎる。何を先に言うか。何を後に回すか。何を言葉にして、何は態度で見せるか。全部考え始めたら終わらなかった。


あかりにノートを見せた。


「推し活じゃん」


「違う」


「差し入れリスト作ってるじゃん」


「……それは、会場で渡すものだから」


否定できなかった。差し入れの中身を考えて、紙袋の色を考えて、メッセージカードを添えるかどうかで迷って。動きだけ見れば、確かにそうだった。


服装まで考え始めた。普段着でいいのか。少しちゃんとした方がいいのか。初対面なのだから、第一印象は大事だ。でもかしこまりすぎると逆に怖い。あかりに相談したら「普通でいいよ」と言われた。普通が分からなかった。


自分の本を持っていくかどうかで、少し迷った。


レナに勧められて、七瀬ユイ名義の連載分を少部数だけ紙にしていた。手元に十冊だけある。押し付けがましいかもしれない。読まれてる側が読まれてない側に本を差し出すのは、また地雷かもしれない。


でも、画面越しでは届かなかったものを渡しに行くなら、言葉だけでなく、形のあるものも一緒に渡したい気がした。鞄の底に一冊だけ入れた。渡すかどうかは、会ってから決める。


話す順番を考えた。まず挨拶。次に本を買う。それから差し入れを渡す。そのあとで、伝えたいことを言う。


でも何からでも、何から言えばいいのか。


「ファンです」は違う。

「弟子です」は向こうが認めていない。

「救われました」は一言目には重い。


言うことメモが三枚目に入った。


あかりが呆れた顔で言った。


「メモ見ながら話すの?」


「まさか。暗記する」


「余計怖い」


笑えたけれど、本気だった。この人の前で、適当なことは言いたくなかった。


夜、ノートを閉じた。


メモは増え続けていた。伝えたいことが減らない。差し入れの候補も決まらない。服装も決まらない。話す順番も決まらない。何も決まっていなかった。


でも、一つだけ決まっていることがあった。


私は「会いに行く」のではない。「返しに行く」のだ。


何を返すのかは、まだ完全には言葉にならない。でも、画面越しでは届かなかったものを、直接渡しに行く。それだけは分かっていた。


感謝なのか、敬意なのか、それとも「あなたの作品が私の始まりだった」という事実なのか。全部かもしれない。全部をうまく言えないかもしれない。


でも、行く。


逃げずに行く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ