第16話 私も誰かのきっかけ
投稿サイトのメッセージに、見慣れない名前が届いた。
朝比奈まひる。
知らない名前だった。アカウントを見ると、投稿作品はゼロ。活動報告もない。できたばかりのアカウントらしかった。
メッセージを開いた。
「はじめまして。七瀬ユイさんの作品を読んで、どうしてもお伝えしたくてメッセージしました。長くなってしまったらすみません」
長かった。
感想が書いてあった。私の作品のどこが好きか、どの場面で気持ちが動いたか、どの展開が忘れられないか。
読んでいて、少し驚いた。この人は私の作品をかなり丁寧に読んでいる。感想の書き方が少し不器用で、気持ちが先に走って構成が追いついていない。でも、伝えたいことがあるのは分かった。
最後の段落で、手が止まった。
「七瀬さんの作品を読んで、私も書いてみたいと思いました。まだ何も書けていないんですけど、距離感の作り方とか、感情の見せ方とか、七瀬さんの作品で初めて"こういうふうに書けばいいのか"と思えたんです。まだ投稿もしていないんですけど、ノートにプロットを書き始めています」
読み返した。もう一回読んだ。
この人は、私の作品を読んで、書きたくなっている。
私がまる助の作品を読んで書きたくなったのと、同じことが起きている。
しばらくスマホの画面を見ていた。朝比奈まひる。まだ何も投稿していない。ノートにプロットを書き始めたばかり。未熟で、緊張していて、でも本気で書こうとしている人が、画面の向こうにいる。
返信を書いた。
「読んでくださってありがとうございます。距離感は一番悩むところなので、そう言っていただけてうれしいです。書き始めるの、応援しています。まずは短いものを一つ、書いてみるといいかもしれません。」
送った。送ってから、指が少し止まった。
文面の奥に、あの二行の形が残っている気がした。書くなら短い話を一本。最初は上手くなくて普通です。私はたぶん、もらった言葉をそのままではなく、自分の口調にして渡した。
でも、送ったあとも考えていた。
私は今まで、ずっと受け取る側だと思っていた。まる助の作品に救われた。まる助の言葉で書き始めた。まる助の理屈で読者に届いた。全部、受け取った側だった。
でも、この人は私の作品を受け取っている。私が書いたもので、書きたくなっている。私はいつの間にか、渡す側にも回っていた。
大学であかりに話した。
「読者から、私の作品を読んで書きたくなったってメッセージが来た」
「すごいじゃん」
「すごい。すごいんだけど、なんか変な気持ちになった」
「変って?」
「私、師匠の作品を読んで書き始めたでしょ。同じことが、私の作品で起きてる」
あかりが少し考えて、言った。
「流れてるじゃん。師匠からあんたに、あんたからその人に」
流れている。
その言い方が、妙にしっくりきた。
まる助の作品が私に届いた。私の作品がまひるに届いた。師匠は一人の読者を動かして、その読者が書いたものが、また別の誰かを動かしている。
受け取ったものが、私の中で止まっていなかった。知らないうちに、次へ渡っていた。
「返す」という言葉の意味が、少し変わった気がした。
師匠に感謝の言葉を送ること。師匠の作品を褒めること。それも「返す」の一つだと思っていた。でもたぶん、それだけではない。受け取ったものを自分の中で育てて、自分の形にして、次の誰かに届くものにする。それもまた「返す」なのかもしれない。
まひるのメッセージをもう一度読んだ。「七瀬さんの作品で初めて"こういうふうに書けばいいのか"と思えた」。
私がまる助の作品で思ったことと、同じだった。
夜、自室でPCの前に座った。
受け取ったものは、もう私の中で止まっていなかった。




