第14話 読まれる理由
落ち込んでいた。
あの夜から数日経っても、師匠への返信の書き方は分からないままだった。何を送っても事故る。何を控えても届かない。画面越しの限界が見えてしまった。
でも、落ち込んでいる間も、分析だけは止まらなかった。
自分でも呆れる。気分は沈んでいるのに、感想欄を開くと反射的に読み始めてしまう。
新しい感想が三件。一件目は距離感を褒めている。二件目は引きの強さ。三件目は「ヒロインの感情が自然で、気づいたら共感している」。
ノートを開いた。感想の傾向を書き出した。
距離感。引き。感情の自然さ。入口の軽さ。読者が「ここが欲しい」と思う場所を外していない。
全部、前から分かっていたことだ。レナにも言われた。自分でも分析した。でも、それをちゃんと「私の力だ」と認めたことがなかった。
師匠の教えが効いている。それは事実だ。入口を軽くしろ。感情を先に出せ。反応を見ろ。全部、まる助の理屈だった。
でも、その理屈を異世界恋愛の形にしたのは私だ。どの距離感なら気持ちよく読めるかを嗅ぎ分けたのも、すれ違いをどこで切るかを決めたのも、次話の引きをどこに置くかを決めたのも、私だった。
そこを認めないままでいるのは、たぶんもう無理だった。
レナにメッセージを送った。
「自分の作品がなぜ読まれてるか、ちゃんと分かりたい」
レナの返信は相変わらず事務的だった。
「今さら?」
「今さら。ちゃんと向き合いたい」
「じゃあ、まず自分で書き出して」
答えではなく、宿題が返ってきた。
さっきのページに書き足した。入口が軽い。感情が早い。引きがある。距離感の嗅覚がある。どれも、ただ偶然そこに置いたものではなかった。読者が入れる形にするために、自分で選んだものだった。
「師匠の教えもあるけど」
「それを実装したのはあんたでしょ。理屈を聞いただけで全員読まれるなら、世の中もっと簡単だよ」
最後に返ってきたのは、短い正論だった。
理屈を聞いただけでは読まれない。聞いた理屈を自分の感覚で変換して、自分のジャンルで組み立てて、読者の反応を見て修正して。そのループを回せたのは私だ。
認めるのが、少し怖かった。
自分の作品が読まれているのは偶然ではない。師匠の教えだけでもない。私の力が入っている。
それを認めると、師匠との差が私の中で確定する気がした。師匠の方がすごいのに私の方が読まれている、という現実が、もう「たまたま」では説明できなくなる。
でも、そこから逃げても、ずっと同じ場所を回るだけだった。
夜、自室でノートを閉じた。感想の傾向。反応が強かった場面。引きの位置。関係が動いた回。全部並べて、もう一度見た。
偶然ではなかった。
私の作品が読まれるのには、理由があった。




