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ねこかぶりいぬ  作者: スーパナイトシオン先生
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第一章:外では天使、家では暴君

春のうららかな陽気に包まれた近所の公園。そこは今、ちょっとした撮影会のような熱気を帯びていた。


「あらあ〜、たまこちゃん! 今日も本当にいい子ねえ」

「おめめがクリクリで、まるでぬいぐるみみたい!」


「ほら、うちの子なんてすぐ吠えるのに、たまこちゃんは大人しくて……」


マダムたちの黄色い声援の中央に鎮座するのは、我が家の愛犬・たまこさん(3歳・メス)。

ふわふわの毛並みを揺らしながら、彼女は小首を可愛らしく傾け、マダムたちを見上げてこう鳴いた。


「にゃんっ!♡」

「「「キャーーーッ! 可愛い!! 猫ちゃんみたい!!」」」


マダムたちのテンションは最高潮に達し、たまこさんの頭や背中は撫で回され放題だ。通りすがりの人まで立ち止まり、スマホのカメラを向ける始末である。


だが、リードを握る俺(しがない貧乏大学生)だけは、愛想笑いを浮かべながらも内心震え上がっていた。

騙されてはいけない。この圧倒的な「猫被り」に。


マダムたちは気づいていないが、たまこさんが発した甘ったるい「にゃんっ!♡」の語尾には、かすかに「(わん)」という犬本来の重低音が混じっていたのだ。


あれは喜んでいるのではない。



『これだけ撫でさせたんだから、当然撫でおやつは出るんでしょうね?(わん)』



という、凄まじいまでの営業職の圧である。俺には分かる。帰宅後、この「愛想ふりまき労働」に対する正当な対価を要求される恐怖の未来が。


「……ただいま戻りました、たまこさん」


アパートの玄関ドアが『ガチャリ』と閉まり、外の世界と完全に遮断された瞬間だった。


先ほどまでの天使のような笑顔はどこへやら。たまこさんは「ふう、やってらんねえわ」とでも言いたげな大きいため息を一つ吐くと、俺の足元から離れ、定位置であるふかふかの高級ベッドへ一直線に向かった。そして、どっこいしょと身を沈め、ふんぞり返る。


「あの、たまこさん。お水換えますね」


俺がへこへこしながら水入れを洗っている間、たまこさんは微動だにしない。

時刻は夕飯時。俺の今日のディナーは、スーパーの特売で買い叩いた1個88円のカップ麺だ。お湯を沸かしながら、俺は戸棚からうやうやしく『無添加・厳選国産サーモンの極上テリーヌ仕立て(一缶500円)』を取り出した。


パカッ。


缶のプルタブを開ける心地よい音が響いた、その時だ。俺がお湯を注ぐのに手間取ってしまい、お皿に盛り付けるのがコンマ数秒遅れた。


「にゃん!!」


ドスッ、という低い響きを伴った、鋭く短い鳴き声。


先ほどの公園での甘い声とは似ても似つかない。翻訳するまでもない。*『遅い! 下僕の分際で私を待たせる気!?』*という強烈なお叱りの声だ。


「ひぃっ、申し訳ございません! ただいま!!」


俺は慌てて極上テリーヌを専用の陶器の皿に移し、王座に鎮座するたまこさんの御前に差し出した。たまこさんはふんと鼻を鳴らすと、優雅にサーモンをついばみ始めた。


俺は伸びかけのカップ麺をすすりながら、その美しい食事風景を眺める。これが、我が家の絶対的なカースト制度。完全なる主従関係(下僕ライフ)の日常である。


そんな俺たちの奇妙なバランスを脅かす出来事が起きたのは、週末のことだった。


 * * *


大学の友人である健太が、ふらりとアパートに遊びに来たのだ。


「お邪魔しまーす! ってうおっ、お前、犬飼ってたのか! めっちゃ可愛いじゃん!!」


健太は部屋に入るなり、王座でくつろいでいたたまこさんを見つけて目を輝かせた。


まずい、と思った。たまこさんは自分のテリトリーに他人が入るのを極端に嫌う。激怒して吠えかかるのでは……と焦った俺の予想に反し、たまこさんはスッと立ち上がった。


そして、トコトコと健太の足元に歩み寄ると、そのスウェットの裾に顔を擦り付けたのだ。


「にゃんっ……♡」


上目遣い。しっぽの控えめな振り。完璧なアイドルスマイル。


「うわあああ! なんだこいつ、猫みたいに鳴くぞ!? すげえ人懐っこい! え、撫でていい!?」

「あ、いや、それは……」


俺が止める間もなく、健太はたまこさんをワシワシと撫で回し始めた。たまこさんは「えへへ♡」とでも言うように目を細め、あろうことか健太の膝の上にちょこんと乗っかった。


「お前、こんな可愛い同居人がいたなんて隠しとくとかズルいぞ! なあ、たまこちゃん、可愛いなあ〜!」

「……そう、だな」


俺は引きつった笑いを返すしかなかった。

健太は完全にメロメロになっているが、俺の胃はキリキリと痛み始めていた。


なぜなら、健太の膝で愛嬌を振りまくたまこさんの視線が、健太の死角から俺だけを射抜いていたからだ。



瞳孔の開いた、冷たい目。



『おい。こいつ、いつ帰るんだ。私のプライベートタイムを邪魔するな。早く追い出せ(わん)』


背筋が凍るような無言のプレッシャーが、部屋の空気をどんどん重くしていく。


「なあ、この後一緒にゲームしようぜ! 飯食って泊まっていってもいいか?」


無邪気に笑う健太の提案に、たまこさんの口元がピクッと引きつったのを俺は見逃さなかった。これ以上滞在させたら、俺の命(主に精神的な意味で)が危ない。


「ご、ごめん健太! 今日、俺どうしてもやらなきゃいけないレポートがあって……! マジでごめん、また今度にしてくれ!」

「えー? マジかよ。たまこちゃんと遊びたかったのに〜」


不満げな健太を必死の形相で丸め込み、なんとか玄関から送り出した直後。


たまこさんは健太に撫でられた毛をブルブルッと勢いよく払い落とすと、「チッ、素人が」とでも言わんばかりの顔でベッドへ戻り、大きなあくびをした。


俺は戸棚から胃薬を取り出しながら、特大の高級ジャーキーをたまこさんに献上するのだった。

外では天使、家では暴君。俺の胃弱な下僕ライフは、今日も続く。

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