炎を見て感傷に浸る、はあるある
「そういえばオークキングがいたね」
ラガスの一言でやっと存在を思い出したルネアは、ラガスの後ろで金ぴかの像になっているオークキングを見ながら呟いた。
「臭いがきつくてゲロ吐いてたらさぁ、襲い掛かってきたんだよね。それで『黄金の川』、使っちゃった!」
てへぺろ♡といわんばかりの口調でそう言われても、こっちは困る。
こん棒を大きく振りかぶった姿勢のままで固まるオークキング。哀愁が漂っている。
「死体を見て吐いたんじゃないんですか」
「死体ぃ? んなもん見慣れてるわ。臭いがきつくて無理だった」
「あっそう」
「碌な処置がされてないから腐敗集がきつすぎ」
ルネア、なんか嬉しそう。
その顔を見たラガスは視線を並べられた死体に向けた。
「まー、オークキングは放置しておいて、まずは遺体を何とかしたいんだろ? 俺の国のやり方になるけど、それでもいいならアンデット化は防げるぜ」
「アンデットにならないなら何でもいい」
「んじゃ、さっそくやりますか!」
ラガスはそう言ってアイテムボックスに手を突っ込んだ。そういえばルネアもアイテムボックス持ってたな。
アイテムボックスから布と、金でできた盃やストラのような長い布を取り出した。布は肩にかける。盃に魔法で出した水を満たした。
「俺の国のやり方だけど、ルネアとかリオンにも参加してほしい」
ラガスは後ろで準備を見ていた人たちに声をかけた。
「右の手のひらを右側に向けるようにして、胸の間においてくれ。俺の国の祈りの仕方なんだ」
「もちろんだよ。これであってるかな?」
「そんな感じ。あと、盃の水とかかけるんだけど、避けないでくれよ。穢れを祓うみたいな意味あるから」
「分かった」
リオンを筆頭に『アストラ』の人たちは右手を胸元に添えた。ルネアも同じようにしている。
私にはそんな腕はないのでとりあえず目を軽く閉じておく。
その様子を見たラガスは「じゃあ、始めるぞ」といって祈祷を始めた。
ラガスの国の言葉で祈りをささげているせいか、何を言っているのかは理解できないのが残念だ。
唱えながら遺体を一回りし、額に水で濡らした指を押し付ける。その後、遺体全体に盃の水を振りかけて最後に金箔を鎖骨部分に張り付ける。
それを三十人分。作業自体は淡々としているが、数が多い。
三十人分を終えた後、ルネアや『アストラ』の人たちに近づいた。
「最後に全員の穢れを祓うから、頭下げてくれ」
言われるがままにみんなが頭を下げる。
ラガスがまた祈りを呟きながら盃の水水と金箔を混ぜたものを一人ずつ振りかけた。
何とラガスは私にもしてくれた。言われるがままに頭を下げていたが、してくれないだろうなと思っていたので。嬉しい。
「よし終わり! アンデット化は防げるぞー」
私の分を終えた後、ラガスがそう言ったことで儀式は終了した。
「あとは燃やすなり土に埋めるなりご自由にどうぞ~」
・・・・
「いやまずは埋める前にオークキング何とかしなさいよ!!」
「この状態になった時点でどうもこうもないって。首ねじ切っとけば終わりだし」
状況を思い出した二コラさんが声を上げたが、ラガスに両断された。言ってしまえばそうではあるんだけどね。
「まぁ、気になるっていうならさっさと殺しておきますか」
「黄金だけど、純金は柔らかいから簡単にねじ切れると思うぜ」
「やるだけやってみます」
ルネアが黄金の石像と化したオークキングに歩み寄る。
「『ねじ切れろ』」
――ギギギッ……!
木の杖を向け、オークキングの首を斬るようにして杖を軽く振ると、金属特有のひしゃげた音を立てて首がねじ切れる。
本来ならグロテスクになる断面も中身までが純金になっていた。
うわぁ……。うわぁ……。
二つ名の「黄金殺し」ってそういうことだったのか……。
「純金……。表面だけじゃなくて、中身すらも黄金に……」
「解除するとちゃんと死体になるぜ。……『黄金の川』解除」
「ギャッ!」
ラガスの一言で黄金が消えた。代わりに出てきたのは血しぶき。
ブシャー!と勢いよく首から血を噴き出した。
その血を頭から被るルネア。
ちなみに私は飛んで回避したのでノーダメージ。危ない危ない。
「……」
「あ、ごめーん」
「……ッチ」
にらみつけるルネアと誠意のないラガスの謝罪。ルネアは舌打ちした。頭から血をかぶればそうなるか。見た目は美形なのにちょいちょいガラが悪いんだよな。
「……綺麗にしてあげる」
さすがのニコラさんも哀れんだのか、杖を振ってルネアの体を綺麗にした。魔法ってやっぱりすごい。
一気に血が消えて、臭いも消えた。
気分を切り替えるように穏やかな風が吹いた。
「死体、燃やすか……」
ルネアがそう呟いた。
・・・・・
祈禱によるアンデット化を防がれた遺体が炎にまかれていく。
茶色い煙が晴天の空に伸びていき消えていく。
光魔法による火葬ができるのはルネアしかいなかった。人間は炎に巻かれていくが、エルフの火葬だけはなぜか拒んだ。
エルフはどうしたのかというと、土に埋めることにしたらしい。
木の枝を魔法でシャベルにしたルネアは汗を流しながら穴を掘っている。
ある程度深く掘った後、エルフの死体をルネアは丁寧に埋めていく。
「ファルロテ神話では、エルフは木々と精霊が交わって生まれた種族、自然の調停者、と言われている」
「……」
「そのせいか、エルフは一度土に埋めると2日程度で骨になる」
額の汗をぬぐいながら、ルネアは言葉をこぼした。
エルフの美しい顔が消えていく。名前も知らぬ存在が消えていった。
発見した時とは違う、安らかな顔だった。
「……だからエルフは特定の場所に死体を埋めた後、もう一度掘り返して骨を取り出す。今度はその骨をできる限り限界まで燃やして、潰して灰にする、らしい」
「らしいって……お前エルフだろ?」
「生憎、生まれも育ちも卑しいもので」
「ふーん……」
「エルフの葬儀やその手法で弔うほうが、コレの弔いになるかと思って」
「遺体をコレ呼ばわりすんなよ」
「モノと一緒でしょう。動かなければ」
「お前、ちょいちょい頭おかしいところあるよな」
「……」
遺体を挟んでの言い争いはやめてください。
ルネアもムッとした顔しない。
「あー……。疲れた……。」
遺体を燃やし、土に埋めたあと、ルネアは疲労困憊と言わんばかりに声を上げた。
「アストラ」の人たちは精神的な疲労が出ているのか、リオンさん以外は疲労が見て取れた。
魔法で水を出し顔を洗う。私も少し水で顔を洗った。
「はぁ……」
「……ギャ」
「平気」
ルネアの暗い顔を見かねて声を掛けると、短く返された。頭をなでる手は暖かい。
みんなが好きなところに散らばって過ごしている。
ルネアは燃える遺体の様子を見るために傍についていた。
「焼きすぎると、残る骨も全部焼けるんだ。特に小さい骨はね」
パチパチと音を立てる炎は遺体を燃えているようには思えない。
体育座りをして膝を抱え込むルネア。
燃える炎を見る目には光がない。
「貴族の子供の骨を焼いたとき、見張りの奴隷が眠ってしまって、残る骨がほとんど無くなってしまったことがある」
「……」
「次の仕事で燃やしたのは、その見張りの奴隷の体だった」
「……。……グゥ」
「ひどく傷ついていて、顔なんて皮がはがれていた。体を燃やす時に首にある特徴的なほくろで初めて分かった」
淡々と、目の前にあるものを読み上げるような声色だった。
ルネアは目の前の炎を昔のことに重ねていた。
つい昨日まで、全身を鞭打たれてボロボロな体のくせに明るさを忘れなかったバカなやつ。
エルフで再生力が高いから傷なんて気にしなくていいのに、自分の微かな腰布すら引き裂いて手当てをしたバカなやつ。
見目も悪くなかった。栄養が足りずにガリガリだったが、筋肉があれば偉丈夫だろう。
ルネアは、いつかその男はどこかで買われて傭兵になるだろうな、と思っていた。
しかし次の日に死んだ。
火葬をしくじったことを理由に、顔面の皮をはがされ、背中は骨が見えるほどにえぐられていた。
むごい死体を見慣れているルネアでさえも、こればかりは血の気が引く感覚がした。顔見知りだったから、というのもあるかもしれない。
「その時、僕は思った。『あぁ。生きるものに、特別はないんだ』と。今日は元気に過ごせても、明日は死体になっているかもしれない。生き延びれたと思って息をつい瞬間に体がなくなってるかもしれない。でも、そういう環境じゃないと、僕は生きていられる実感がもうわかない」
こぶしを握り締めていた。整えられていない乱雑な爪が皮膚に食い込んでいる。
特別を意識しないようにしていた。
自分も、隣の檻のやつも、目の前の人間のバカ貴族も。いつか死ぬ。
エルフゆえに死ぬ時間が少しだけ遅いだけだ。
「どれだけの平穏が訪れても、何にも感じない。常に地獄の環境に身を置かないと、何も感じない。……。笑えばいいよ。平穏を望んでるくせに、その平穏を感じれないエルフなんて」
「……」
ノレイアがきゅるりとした瞳でこっちを見ている。
頭が良くても話す言葉を理解するなんて難しい話だ。だからこれは只の独り言に過ぎない。
「……人間は嫌いだ」
口にしてこないようにしてきた本心がこぼれた。
「師匠」も、弟子達だって人間だった。
「人間が嫌い」と言ったら、その人たちすら否定してしまうから。
「でも……。良いやつもいることは知ってる」
でも、このわずかな期間で触れ合った人間に、少なくとも悪人はいなかった。
ダークエルフだからといってあからさまに差別する奴はいなかった。せいぜい珍しさだけで見つめてくる者だけだ。
「ノレイアのおかげだよ」
「ンンー」
頭を撫でられて声を出すノレイアを見て微笑む。
「ノレイアがいなかったから、どうやって冒険してたんだろうなぁ……。考えたくない」
そう言って立ち上がる。服に付いた土を払った。
「そろそろいいかな。……骨は冷まさないといけないから、まだ時間かかるよ」
「ギャ」
「ノレイアは好きにしてていいから」
その言葉を待っていたかのようにノレイアは翼を広げて土の壁を越えて飛んで行った。
・・・・・
骨を冷ますのに一晩。
ルネア、ラガスに「アストラ」の一行は土の壁の中のオークの集落で一晩過ごした。
戻ってきたノレイアは、その辺にいたであろうロックバードの子供を狩って来た。
オークは回収できるものを回収。これにはアイテムボックスを持っている二コラとルネア、ラガスが詰めるだけ詰め込むことで解決した。
これがペナルティの依頼でなければゆうに金貨五百枚はいくだろう。
埋めた骨も掘り返り、骨についた肉は魔法でそぎ落とした。
ラガスは骨を入れるための箱を作ってくれたらしい。金の細工がついていた。
「俺の国の細工だけど、地味な箱より気分上がるからな!」と言っていたのでラガスの気遣いのようだ。
丸々一晩と半日近くをオークの集落で過ごした。
帰りも同じようにターバンにのって帰れば、見慣れた喧噪が懐かしく、同時に温かく感じた。
「んだーーーー!!! やぁっっっと終わったーー!!!」
街についたラガスは大きく伸びをした後顔を洗った。猫特有のシャラシャラとした音が聞こえる。
かくいう私も疲れがたまっているので、どこかでゆっくり休みたい。
「……何やってんの?」
「顔を洗ってんの!」
「え…」
顔を洗いながら返したラガスにルネアはドン引きだ。
猫の知識がないと、唾液で顔を洗ってるように見えるのか……
「きっっっったな…」
「は???」
ものすごいどシンプルだけど真っ直ぐな罵倒だった。
なんというか変に蔑むみたいな表情じゃなくて、シンプルに「汚い」って顔してた。
殴り合いの喧嘩をした。
・エルフ
ファルロテ大陸での神話では「精霊と植物が交わり肉体を持った者たち」とされている。それ故に植物のように長命。魔法に長けているのも、精霊と呼ばれる神秘の存在にルーツがあるため。
土に埋めると二日ほどで骨になる。エルフの集落では土に埋めた後骨を取り出し、骨についた肉を焼いて骨を手元に置く。場合によっては砕いて森にまくこともある。
・ルネアの人間嫌い
帝国ではいろんな仕事をさせられていた。火葬の仕事もその一つ。
人間嫌いではあるのだが、「師匠」をはじめとする存在がいるので一括りに切り捨ててしまうことができない。複雑な心境。
・ラガス
生態自体も猫。顔と全体のベースはイエネコ、尾の長さはチーター、体はジャガーや豹、手足が大きい(特に足)はライオンをイメージしてる。猫の獣人ではあるけど正確には「ネコ科の獣人」といった感じ。




