大技で一網打尽、はあるある
峠……もとい山の頂上で集落を見下ろすルネアは案を思いついたらしい。
「もう群がられるのはごめんなので、魔法でボコボコにします」
「お、おう……」
ターバンから降りたルネアは集落を見下ろす。私は近くの手ごろな枝にとまって後ろから見ている。
アイテムボックスから木の杖を取り出す。
「初めて使うから加減がちょっと……」
「何するんだよ」
「見てなよ」
集落の方に杖をかざした。
「『ストーンウォール』!!」
そう唱えた瞬間、
――ドガアァン!!
轟音を上げて集落を取り囲むようにして、土の壁……もはや断層というか、城壁並みの厚さと大きさの壁が出てきた。出てきた、というよりも、大地が隆起した、の方が正しいのかもしれない。
おかげで取り逃がすことはないようだ。
轟音のせいで鳥が逃げていくわ、集落のオークたちが慌てているわでだいぶ混乱している。
ラガスはびっくりしている。猫のびっくり顔って面白いよね。
「お、おま……」
「これで逃げられないでしょ」
「……そうだな」
ツッコミをあきらめたらしい。目が死んでいる。
目測では十メートルほどはあろうかという巨大な土の壁。遠くからでもよく目立つ。
ルネアとラガスはそこへ近づいて行った。
・・・・・
「でっか……」
「うまくいってよかった」
土壁のすぐそばに来た私たち。私は土壁の上に立っている。厚さもすごい。幅三メートルはありそう。
土壁の内側からフゴフゴ!とオークの鳴き声がする。汚い鳴き声だ……。
「そういえば、リオンから『被害者がいるかもしれないから、ちゃんと確認してね』って言われてた」
「なんで物まね」
「似てただろ?」
「それはそう。ノレイアに見て来てもらおう」
土壁の向こう側をのぞき込んでいた私の耳に笛の音が入る。
その音に反応して集落の中へと飛んで行った。
・・・・・
オークたちが混乱の中暴れている。というか混乱しすぎて仲間同士で殴り合っている。
私に気づいて撃ち落そうとしているけど、そもそも私の方が素早い。空振りに終わる。
オークたちの間を飛びながら家(もはやあばら家と言ってもいいぼろい家)を覗いて回る。
火を使ったような生活跡しかないが、オーク以外の気配は感じない。
念のため一つ一つ丁寧に見て回った。ひときわ大きな家が最後に残った。
粗末な屋根のせいで家の上に乗れないのが面倒でしかないが、家主にばれないように窓から覗き込む。
「……!」
死体があった。
下半身がちぎられている。
茶髪の人間に、金髪のエルフだ。
肉が残っているのはその二つだけだった。
その他にも人間やエルフと思しき骨が散らばっている。百、とまではいかなくともそれなりの数になるだろう。
こちらに背を向けるようにして、一際大きなオークが何かを食べていた。
死体の肉だろう。
死臭が鼻をつく。
獲物として狩った肉や、大森林で命を落とした人間の死臭とは違う臭い。
ぐちゃぐちゃ、と生肉を咀嚼する音が鮮明に聞こえた。
この大きなオークが集落を束ねている「オークキング」とか言われるやつだ。
自分ではかなわないのがひしひしと伝わる。
こっちの視線に気づかれないうちに、その場を飛び去った。
死体を見るのは初めてではない。
群れから離れる前はロタク王国の死体を見たし、大森林に入ってそのまま死んだ人間の死体は沢山ある。
初めは気持ち悪いと思っていたが、その内「死肉の一つ」としてみなすようになっていた。
これが単純な慣れのせいなのか、魔物になったせいなのかは分からない。
しかし、しかしだ。
これほど生々しい死体を見たのは前世を合わせても初めてだった。
前世はそもそも外に出られなかったから当然ではあるのだが。
見たところ年頃の、高校生ぐらいの年齢だろう。
自分の自認は高校生ぐらいだと思っているので、どうしても自分と重なってしまった。
弱肉強食である以上、自分もいつ食われるかわからない環境にいたのだ。ルネアと出会って行動を共にしているのは奇跡に等しいだろう。
魔物として生きることがどういうことなのか。それが少しわかった気がする。
人間ではない存在がどうするべきか。
せめて死体は持って帰ってあげよう。
そう思った。
・・・・・
「帰ってきた」
空を見ていたラガスがそう声を上げた。空から降りてきたのは人面鳥ハルピュイアのノレイア。
『アストラ』の話では大層な嫌われ者な魔物のようだが、ノレイアはいい子らしい。騒ぐ様子もなければ、話に聞いたような粗暴な顔つきでもない。きれいな女の顔だ。
他者から聞く情報と実際に見る情報では違うよな、と思った。
「偵察、どうだった?」
「グゥー……ブー」
ノレイアがせわしなくその場で一回転する。これは偵察した先で何かしらのものを発見したときの動きだ。
オーク以外に何かあったらしい。
ノレイアは話すことができない魔物なので、そうなったらしらみつぶしに質問をしていくしかない。
ルネアがノレイアに褒美の干し肉を与えながら聞いた。
「オークキングはいた?」
「ギャッ」
肯定の返事だ。
「金目のものがあった?」
「ンンー」
「なんでそっちの話になるんだよ」
否定の返事だ。
「オーク以外の何者かがいる」
「ギャア」
鳴き声が変わった。
「生存者がいる?」
「ンンー」
「冒険者?」
「ンンー」
「普通の人?」
「ギャッ」
「……オークに攫われた普通の人がいて、その人たちはみんな死んでいる?」
「……ギャ」
「最悪なパターンかよ」
ルネアの問いに素直に答えるノレイア。
断片的な情報から導き出された結論に、ラガスが言葉をこぼす。
死者がいるということはその死体を持ち帰る必要がある。
しなくてもいいことだが、少なくとも家族のもとに返すという行為は人として大切なことだ。
ラガスがターバンに乗ったままの『アストラ』に話しかけた。
「死人がいるっぽいですよ」
「犠牲者か……」
「死体、持ち帰った方がいいんですかね」
「できればそうしてくれた方がありがたい。……。複数の近隣の村から行方不明者が出ていてね。おそらくその人たちだ」
「魔法で一網打尽にするのはありですか」
「やめたほうがいい。遺体もダメになる」
「骨のひとかけらでも残ってればいいじゃないですか。丸ごと必要なくないですか」
「……」
さらりと言い放つルネアのあまりにも人の心がない言い方に全員が黙った。
「とにかく。遺体をさらに傷つけないように!」
「……めんど」
「……」
リオンの言葉に小さく返したルネア、をドン引きに目で見つめるラガス。
リオンの言葉はごもっともなんだよなぁ。奴隷だったから、命の大切さがよくわかっていないのかも。
「……中に入らないと魔法も撃てない」
「どうやって入る?」
「見てなって」
そう言ってルネアが土壁に手を当てると、壁から階段が出てきた。
「これでいいでしょ」
「おー」
土壁から出てきた階段を上るルネアとラガス。『アストラ』の人たちも後ろに続いている。
ターバンはすでにラガスの頭に巻かれている。
「集落って言ってたから、やっぱりだいぶ大きいな」
「死体を回収して撃ち込むか、撃ち込んだ後に回収するか……」
感慨深く呟くラガスの隣で、どうしようかと悩むルネア。
私は遺体を見た家の屋根に向かい、その上で旋回する。
「お、ノレイアちゃん、この家を気にしてるみたいだぜ」
「そこを避ければいいか。それ以外はいいでしょ」
「大胆だな」
私の意志をくみ取ったルネアは土の城壁に立ったまま木の杖を掲げる。
「『ファイヤーボール』!」
――ゴオォォォッ!!!
――ガスンッ!!
――メギィッ!!
そう唱えたとたん、隕石ばりの火の玉が雨あられと降ってきた。
一つではない。無数の大小様々な火の玉が城壁の中に降り注ぐ。
直撃して燃え盛る集落。何なら集落の中に生えている木々も轟音を立ててへし折れる。
というか、火の玉がこっちにも来た。
避ける、って言ったじゃん!!
一通り降り終わった後、残ったのは自分が旋回していた家だけ。
それ以外は焼土と化している。
オークも丸焦げだ……。
肉とか皮とか、そういうのっていいのか??
な、なんちゅう威力……。
改めてルネアが恐ろしい。
家の屋根に降り立って集落を見下ろす。
・・・・
「ファイヤーボールってそんなに威力あったっけ?」
「さぁ?」
ラガスのぼやきを無視して土の壁から降りる。焼け焦げた臭いが漂っている。
「遺体回収かぁ。布持ってたかな」
「布いるんですか」
「いるに決まってんだろ! そのまま持ち帰るわけにもいかないからな」
「へー……」
「くそ。焼けた匂いがキツイ……」
ラガスは匂いに耐えられないのか布で鼻を覆っている。
奴隷の時は死体なんてその辺のごみと変わらなかったし、そのまま放置されて腐っているのは普通だった。
何なら死体の処理を奴隷がやるのも普通。僕もやらされた。
下手な人間よりも死体の方がひどいことしないから気持は楽だった。死体処理の仕事は大変だけど。
ノレイアの方に行けば、あばら家に近い粗末な家が無傷で残っている。
家の主と思しきオークキングの姿は見当たらない。偵察を頼んだ時はいたっぽいんだけどな。死んだかな。
中をのぞけば、死体が転がっている。中途半端に食われた女の死体だ。
骨だけになったものがそれなりに残されている。
「エルフ、人間、獣人もいるな」
「うえ゛っ……」
部屋の惨状を見たラガスが部屋を飛び出して、近くの木の根元で吐いた。
『アストラ』に人たちも息をのんでいる。
別に死体があるだけで吐くほどじゃないと思うんだけどな。
息を一つはいて、木のワンドを振る。
死体が集まって家の外に出ていく。
「元の場所に戻れ」
そう呟けば、ばらばらになっていた骨と肉が集まり人の形になっていく。
二列に寝かせれば三十ほどの人数だった。
ほとんどが骨まで食われていたが、数人上半身が残ったままだった。
「布、ないですか」
「すまない。これだけ多いとは思わなくてね。五枚ほどしか」
「……」
「アンデット化しないように特殊な布が必要になるが、それも高価だからな。五枚の布もギルドから借りてきたものなんだ」
アンデット化、そうなると面倒だな。
正規の手段を踏まずに埋葬や火葬をすると、生者の肉を求めて動く死体になるのは常識だ。
一番いいのは骨まで焼き尽くすことだ。光魔法の一つにアンデット化せずに火葬をする技があったはず。使えるかどうかは分からないが。
死体をそのままにするのはよくないし、かといってここから数日かかるギルドとここを往復するのも骨が折れる。
ほとんどが骨になってるし、今ここで全部骨にした方がいいな。
「じゃあここで火葬します」
「え」
「往復するのにも時間がかかるし、もう骨になっている以上、祈りでアンデット化は防げるはずです」
「そ、そうか」
「なら……俺がやる」
木の根元で放心していたラガスが声を上げた。
「でもその前に」
ラガスが自分の後ろを指さした。
「オークキング、何とかしようぜ」
黄金になったオークキングがあった。
「いや、木の根元で休んでたら襲われてたからつい、な……」
・アンデット
祈りや光魔法による処置をせずに遺体を放置すると、生者の肉を求めて動き回る死体になる。ならない場合もある。
アンデットはしぶというえにとどめを刺すには光魔法や聖魔法が必要になるので、冒険者に限らずめちゃくちゃ嫌われている。
・光魔法と聖魔法
聖魔法は異世界からの勇者が持つスキル。光魔法はその下位互換、といったところ。光魔法の才能は教会の血筋やそれに連なる才能がないとなかなか出てこない。ルネアはなぜか持っている。
・オークキング
ルネアのファイヤーボールで逃げ出した後、木の根元でへばってるラガスを襲おうとしたらネヘブられた。黄金の像になってる。
・ルネアのファイヤーボール
読んで字のごとく、ただの火の玉を出す魔法。だけど魔力バカのルネアが使ったらこうなった。
聖書の「ソドムとゴモラ」をオマージュした。聖書では硫黄と火が降り注いだと記述されている。オークキングは一度集落から逃げ出したはいいけど振り返ってラガスに襲い掛かったので、塩の柱ならぬ黄金の柱にされた。




