黄金は海を渡る
ルネアのお友達になる獣人のお話です。
ファルロテ大陸の真南に位置するビトリック王国は東西をつなぐ関所であるのと同時に、海上貿易の拠点でもある。
ビトリック王国の穏やかな海域、「メイル海域(古代エルフ語で「平穏」を意味する)」を抜けさらに南下すれば、メイル海域の穏やかなものとは打って変わり、荒れ狂う波に暴風、雷、気性の荒い魔物が一帯を支配する海域となる。
その海域の境界をつなぐと真四角になることから「死の正方形」、転じてこの海域の名を「スクエステ海域」と呼び、海を渡る者たちは恐れた。
誰も近づかないその海域の、荒くも神秘的なベールが捲られたのは今から600年ほど前のこと。
今は滅んだ、西の海に面した国の一つ「ロンテ帝国」。そこに商売の拠点を持つとある商船が、スクエステ海域に踏み込みそのまま行方知らずとなった。
スクエステ海域に踏み込まずとも周辺の潮の流れは極めて不定形で不安定で、西から南を経由して東へ行くルートは殊更に気を使う必要があった。
ここまでは「愚かな商船の話」で終わるはずで、誰からも忘れ去られるだけだった。
人々がその商船を忘れ、六年後のこと。
見知らぬ船がロンテ帝国の港に停泊をした。
その船は今まで停留したどの商船よりも大きく、目に見えるところ全てを金で塗り固め、太陽に照らされてに黄金に輝く。
船に乗るものは皆獣人で、その中に行方知れずとなった船の船員がいた。
黄金の船の船長が下船し話を聞けば、「ロドゥ・モージの使者」と名乗り、なんとスクエステ海域の中心にある島国から来たと言うではないか。
大陸の人々はこの国を「モージ王国」名付けた。
彼らはこの国に奇跡的に漂着した彼らを「王の命令により送り届けた」と言う。
そして「その国の珍しい品を持ち帰りたい」と続けた。
その対価に見せられたものは山と積まれた香辛料と黄金。それらは極めて質の良いものだった。
黄金は言わずもがな。それ以上に黄金にも優る、誰もが欲しがる香辛料を彼らはさも当然のように差し出した。
そしてスクエステ海域を無傷で渡る航海術。
戻ってきた船員に話を聞けば、
「道端に香辛料が雑草のように生えていた」
「観たこともない魔獣が闊歩していたが、そこに住むものはそれを怖がるどころか、それが当たり前のように過ごしていた」
「黄金を纏ったドラゴンがいた」
全てが眉唾な物ばかり。
眉唾な物ばかりだが、彼らの存在が全てを事実と肯定する。
その話を効いたロンテ帝国に連なる国々、敵対する国々はモージ王国の全てを欲しがった。
香辛料と黄金の引き換えにロンテ帝国の品物を積んだ船は去り際、全てを欲しがった彼らの要求にこう答えた。
「欲しければ、自力で来い」。
この言葉にどんな意図があったのか。
600年たった今でも分かっていないが、彼らはロンテ帝国の欲望を見抜いていたのかも知れない。
その後ロンテ帝国はモージ王国に辿り着こうと躍起になり、その隙に他の国に攻め入れられあっけなく滅んだ。
他の国も同様に、モージ王国を目指してスクエステ海域に挑んだが、誰一人として戻ることはなかった。
荒れ狂う暴風雨、雷、魔獣。
モージ王国の存在が公になってから数百年。
スクエステ海域を潜り抜けてモージ王国に辿り着く船は今でもわずか一握りだ。
東はチェザニル帝国、西はロザリンド王国。そして大きな商船だけがモージ王国に辿り着く。
その船でさえも無傷で帰港するのは少なかったが。
唯一全ての危機を乗り越えて往復できるのはモージ王国の船だけだった。
モージ王国は香辛料と黄金と引き換えに大陸の織物や希少な植物を得るばかり。
黄金は大陸の鉱山やダンジョンからドロップするとはいえ、地下深くにあるせいで希少価値は言わずもがな。
香辛料は流入した種から栽培を試みても環境が合わないのか芽吹くそぶりはない。
香辛料ふらりと現れては大量の黄金と香辛料を大陸に流通させるモージ王国。
それらの要因が重なり、香辛料と黄金はいまだ価値が高いのだ。
・・・・・
メイル海域を渡る船は黄金に輝いている。
風を受けて船は滑るように穏やかな波を走る。
「何も無ぇな……」
黄金の船の側面、手すりに身を預け風を受ける者がいた。
猫の獣人だ。縦半分で黒と白に分かれている。
全身に黄金のアクセサリーを纏い、煌びやかだ。手にある肉球にも黄金を溶かした液体によるペイントがされている。
「王子。もうすぐ港に着きますよ。下船の準備を」
「分かってるって。部屋に戻るから先行ってろ」
船員の声に適当に返答をする様は王子とは程遠い。
この船は「王子」をファルロテ大陸に届け、なおかつ香辛料と黄金を引き換えにファルロテ大陸の品物を持ち帰る貿易船でもあった。
普段はもう少し控えめな船(とは言いつつも黄金の船ではあるが)、王子を乗せる以上、さらに絢爛な船になっている。
初めてこの船が完成しお披露目がされた際、「王子」はこの船の絢爛さがいたく気に入り名前を与えた。その名前は「ラディン」。それ以降、モージ王国では「ラディン」と似たような特徴を持つ船のとこを「ラディン船」と呼ぶようになった。閑話休題。
「王子」は国王からとある命を受け、国を離れてファルロテ大陸へと向かっていた。
その命は「見聞を広げること」。
国交がないに等しいモージ王国。しかしある程度の文化の流入がなければ衰退する。そのためにも定期的に大陸からの情報を仕入れる必要がある。
モージ王国の国民は希少な存在だ。生半可な身分では買収や人攫いの危険性がある。
強く、それでいて国にそれなりの影響力のあるものを送り込めばいい。
そうして「王子」が選ばれたのだ。
モージ王国の国王、ベルフルルフは自身の第六王妃ニアのもとに生まれた十八番目の王子を送ることにした。
上にも下にもたくさんの王子王女がいる。一人消えとも問題はない。
何より何かあれば「王子を殺した」という大義名分の元モージ王国は動くことができる。香辛料と黄金の主導権を更に強く握れるのだ。
裏の欲望を分かった上で「王子」は提案を受け入れたのだ。
「王子」自身も世界を見てみたいと感じていた以上、そこにどんな思惑があれど合法的に国を出れるのは好都合なことだった。
三ヶ月のもの間猛烈な荒波を潜り抜け船上に上がった景色は極めて退屈だと「王子」は思った。
光に反射する穏やかな海面。水平線に浮かぶ島。
黄金をこよなく愛する「王子」にとって地味なその色彩は大層肩な透かしをくらうものだった。
船が停泊すればあからさまな欲望を隠そうともしない、表情を取り繕った商人に、貴族、国王の使者。
それを横目に自室へ戻り上陸ための準備をする。
荷物を背負い、その上から全身を覆うゆとりのある日除の上着、頭に軽くターバンを巻けば、どうみてもモージ王国の商人の姿になる。
その人だかりをわずかな使用人とともにコソコソと通り抜ける。
「見聞を広げる」という命令ではあるが、具体的な内容は指示されていない。
国にとってはそもそも積極的な国交を行う方針ではないので、わざわざ国に行って自身の国を売り込むことはしなくていい。
そもそも、表面上は取り繕いつつもこちらを見下して貿易を行うチェザニル帝国は国交以前の問題で、ただの物々交換による商売の関係性でしかないし、ロザリンド王国は友好的で航海の技術は優れているが、いかんせん品物の魅力に欠ける。
しかし、現時点でのモージ王国の価値に高さはファルロテ大陸にいるものなら全てが知っている。
要するに旅行記を記し、モージ王国の国民を楽しませることができればなんでもいい、ということだ。かなり適当。
一人で世界を巡ることに不安や懸念があるが、大人数で動くよりも目立ちにくい。
港のそばにある大きな宿、集まるにはちょうどいい大きなロビーで「王子」とその従者である爺は向かい合う。
「お願いですから! 本当に定期的な連絡だけは! しっかりと! お願いします!!」
「分かったって。んな必死になるなよ…」
怒気迫る懇願に「王子」はうざったそうに返す。その態度に爺は呆れ返る。
耳にタコができるぐらいに言わなければ享楽主義の「王子」は遊び呆けるに決まっている。
十四歳の少年とはいえ、金を稼ぐ力は侮れないものがある。国から持たせた資金を使い果たしてもこの「王子」なら微かな持ち金から雪だるま式で膨らませるのは簡単に想像できる。武力も兼ね備えているし、大丈夫だろう。
そう、要素だけを見ればこの「王子」以上に世界を巡るのにふさわしい実力を持っているのは王族ではいないのだ。
それでも全く安心できないほど、好奇心で動くわけだが。
数が多いとは言え、国では位の高い王子を島外に出すことに何かしらの欲望や思惑があるのは間違いない。
しかし実際は「島の外に出たい!!」と喚き散らした王子のためにあるようなものだ。全ては大義名分でしかない。
あまりに喚くものだから「死んでも知らん」と言わんばかりに放り出されたのだ。ついでで大陸の情報を持って帰ってこい、というわけだ。
爺の懊悩を知ってか知らずか「王子」は、
「まぁ、ちゃんとやることはやるからさ! 安心してジジィのところに帰れ!」
と言い放ったのだ。父親であるとはいえ国王をジジィ呼ばわりしやがった。
本当に大丈夫なのかわからない適当な返事に爺の額に青筋が浮かぶ。
リードを手放した瞬間問題を起こす「王子」だが、なんだがんだで生まれた時からずっと面倒を見ていたのだ。子が巣立つのは喜ばしいことだ、と言い聞かせて気分を落ち着かせる。この歳で頭に血が上ると寿命が縮んでしまう。
「大陸で行動する以上、冒険者登録をしなければ色々と面倒ですよ。それに、数ヶ月後の出航それまではこの爺が一緒ですから!」
「え、そーなの?」
「今すぐ冒険に出たい!という気持ちは分かります。ですが、準備を整えなくては! 商人の格好をしてるとはいえ、このままでは服装も目立ちますからね。宿で休んで明日からは冒険者ギルドで冒険者登録に必要品の買い出し、最終確認で忙しくなりますよ。爺も出航の船で帰らなくてはいけませんから」
「えー……。一人でできるからいいってばー」
「な、り、ま、せ、ん!」
「ウッス……」
早く冒険をしたいからさっさと帰れ!なオーラを隠しもしない「王子」をなんだがんだで言いくるめ(てはいないが)、数ヶ月間の同行には成功した。どのみちこれが最期の別れになる可能性だってあるのだ。念には念を入れておいて損はない。
「王子」は爺の気迫に、あの顔は本気だ、と察して素直に引き下がった。
・・・・・
そして数ヶ月後。
「王子」のいない黄金船・ラディンはモージ王国へと出港した。
黄金船を一目見ようと溢れんばかりの人混みの中、「王子」はそれを見送った。
やがて水平線に消える頃、彼の冒険が幕を開けたのである。
モージ王国の第十八王子、ラッガスティーナ・サンクトゥアリア・モージのファルロテ大陸での生活が始まったのだ。
これは、ダークエルフのルネアとハルピュイアのノレイアが草原街道を目指そうとルッタ王国を旅たった日のことであった。
彼らが邂逅を果たすのはもう少し先の話になる。
・「王子」
名前はラッガスティーナ・サンクトゥアリア・モージ。本当はもっと長い名前。
黄金の国と謳われるモージ王国の第十八王子。上にも下にも兄弟姉妹がたくさんいる。
猫の獣人。縦半分で白と黒に毛色が分かれてる。
・ロドゥ・モージ
モージ王国の言葉で「王の島」を意味する。ただ、ファルロテ大陸の人には正確に伝わらなかった。結果的にモージ王国として名前が広まった。




