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【閑話】ある日の話

ルネアが奴隷時代の一幕。

ファルロテ大陸の東側、そして同時にシェイオ大森林に隣接する大国であるチェザニル帝国は人間至上主義であり、それを絶対のものとして外交や戦争をしている。

魔獣、魔族はもちろんそのハーフである亜人はその血を汲むものとして強烈な差別、それよりも生ぬるい家畜のような労働を強いられている。


逆に言ってしまえば(家畜のように働かされている者たちから目を背ければ、であるが)人間であれば比較的過ごしやすい国であり、とくに戦争で活躍する騎士や魔法使いをはじめとする人材に対しては支援を惜しまない。

そのためファルロテ大陸では「西のメイザーラ」「東のチェザニル」と謳われ、魔法使いの二大活動拠点としても名を馳せていた


帝国では優秀な魔法使いに関しては生活、研究費用の負担、居住地の支給、実験体の融通などが盛んにおこなわれるため、合法・違法も含めて様々な人間の魔法使いが集まりやすい。

その対価として戦争への出撃を要請されるが、魔法学校からの出兵がほとんどのためそういった要請が来るのは帝国が窮地に追い込まれない限りはないに等しい。


メイザーラでは違法な研究は厳しく処罰されるため、違法もしくはグレーな研究をしたいと考えるものは帝国に流れるようになる。その結果、帝国の魔法使いは、よく言えば型破りな、言葉を選ばなければ頭のねじがいくつか外れた、マッドサイエンティストなものが多く集まるようになった。



・・・・・



「師匠!! あんた何やってんだ!」



帝国を治める皇帝が住まう城。その付近にある巨大な研究施設ー施設というよよりも巨大な塔ーでは、一番弟子の怒声が響いた。


「師匠」と呼ばれた者の手にある鎖。それをたどれば鎖は頑丈な首輪につながる。その首輪をはめている子供は腰元に布をひっかけただけのみすぼらしく、傷だらけのエルフ。その肌色は褐色で、ダークエルフであることが分かる。紫の瞳には光はなく、幼いながらも絶望を映していた。



「街を歩いてたら貸し出し奴隷に新しく奴隷が入荷したっていうから…気になって入ってみたら、いた」

「いたってんなんなんですか」

「ダークエルフだー…初めて見た…」

「魔力が多いね」

「でしょでしょ! 借りてきた」


怒声を響かせた「一番弟子」を押しのけて他の者がダークエルフに近づく。「師匠」はそれを自慢げに見せびらかす。鎖が音を立てるが、ダークエルフは一切の表情を変えずにされるがままの状態だ。

治りかけていた傷口が開き、血が滲みだしていた。

その様子を見た一番弟子は極めて冷静な声で師匠に問うた。



「一応聞いておきますけど、」



「料金とその期間は????」

「…」

「いくら、ですか? 期間は???」



目を背けるが顔には冷や汗が流れている。


あらかた珍しいダークエルフをみてその場の勢いで借りる、といったのだろう。いつもそうだ。

珍しいもの、新しいもの、面白いものを見たり聞いたりすれば後先考えずにそっちに突っ込む。金も同様だ。そのせいで月末はつねに極貧だし、肝心の研究はこれっぽちも進まない。

おかげで師匠の代わりに自分が皇帝から資金繰りに対する嫌味を言われる始末だ。


日頃の恨みをこめて「師匠」をにらみつければ、観念したかのように口を開いた。



「金貨1000枚…です」

「期間は」

「一週間…」

「完全に上級貴族向けじゃないですか返品してきてください! 人手は足りてます!!」

「だって! だってダークエルフだよ!? 一生に一度見られるかどうかの希少種族!」

「んなこたぁ知ってます!! 料金が問題だわ!! 一週間で金貨1000枚とかふざけてんのか!」

「うわーん!! かわいいかわいい一番弟子がいじめるぅ」



あからさまなウソ泣きをしながらダークエルフにすがりつく。

ダークエルフはどうすればいいのかわからず自分を見やる。やはり幼い。あどけなさが抜けていない。おそらくこここにいる者(師匠の弟子)たちの中で一番幼いものよりも年下だろう。


ダークエルフの希少性は言うまでもない。帝国以外でもその珍しさは存分に謳われるほどだ。

人間以外の差別が激しい帝国で奴隷をしているということは、奴隷の間に生まれたか古い風習や言い伝えが色濃く残る東の方で生まれたのだろう。帝国やそれに連なる国々では、口減らしとして子供や青少年を奴隷商に売り渡すケースは少なくない。


西に生まれたらもう少しマシだろうに。


そもそも根底では人間以外の扱いには心を痛めつつも、帝国で研究をするのは、研究費用を湯水のように使える国は帝国以外ではまずありえないからだ。メイザーラも研究は盛んだが、いかんせんルールに厳しい。自分たちの研究は大なり小なり実験体を必要とする大規模なものが多い。


亜人への家畜のような扱いには心底気分が悪くなるが、それを口に出せば自分たちがギロチンの錆になるだけだ。

…明るい狂人を絵にかいたような師匠はこの帝国の現状にどう思っているのかは知らないが。


「自分たちは自分たちのために研究をしているだけで、慈善事業ではない」。それを割り切って貸し出し奴隷をはじめとした奴隷は買わないと「師匠」は言っていた。そう他ならない「師匠」が。

その「師匠」が貸し出し奴隷に手を出しやがった。自分で言ったくせに。


苛立ちながらダークエルフに群がるほかの弟子と「師匠」を見やる。



「耳の先、触ってもいい? エルフの耳、前から触ってみたかったんだよね」

「データ取りたいんだけど、名前年齢身長体重出身地魔力の有無魔法適性あと両親のこと教えて」

「いやまずは風呂だろ。その後は新しく開発したポーションを飲ませよう」

「あ~~~~鑑定の装置が欲しい~~~~」

「先生、それは無理だと皇帝に言われました」

「紫の瞳か~」

「ほかのエルフと比較したいよね」

「ぼろ服なのちょっとあんまりだから服調達してきまーす」

「ついでに軽食持ってきて」

「了解です!」



四方八方からあれやこれやと聞かれ、体を触られダークエルフはすっかり混乱している。

自分としても、血だらけ傷だらけ膿のにおいがする状態で研究施設をうろつかれるのは遠慮願いたい。

言いたいことはいろいろあるがそれを飲み込む。ダークエルフに群がる師匠と弟子たちを押しのけて、傷の具合や汚れ具合を詳しく見るために跪いて目線を合わせる。


傷だらけだとわかっていたが、裂傷、擦り傷、やけど、むち打ち。あらゆる傷が刻まれていた。

心臓部には帝国の奴隷を意味する焼印。

エルフの奴隷では頻繁に行われる断耳がされていない、傷があれど五体満足で欠損がないのはこの子供が鑑賞や娯楽を目的とした「見目が一番」の奴隷だからだろう。


これだから帝国は好きになれない。資金を豊富にくれるところ以外にいいところが見当たらない。


ため息をつけばダークエルフは体をこわばらせる。



「とりあえず風呂だ」



強引に手を引いて風呂場に連れて行った。



「そうだ、師匠」

「なんだい? 一番弟子」

「二か月間おこずかいは無しです」

「え」

「賛成」

「賛成」

「やめて!!」


去り際に師匠に今回の罰を言い渡す。問題を持ってきた師匠にはしばらくおとなしくしておいてほしい。

もう少しまともな金銭感覚を身に着けてほしい。



・・・・・



「……! ……ッ……。うぅっ……。」



急激な浮遊感とともに跳ね起きる。息は荒く、寝汗で体が濡れていた。

息を整えて、ゆっくりと辺りを見回す。

冒険者ギルドで紹介してもらった格安の宿だ。

ベットの近くの床ではノレイアが丸まって眠っている。


懐かしい顔の夢を見た。奴隷時代に自分を長く借りては魔術やら剣術やらをたたき込んだ魔術師の集団。

帝国の苛烈極まる戦場に集められ、奴隷の貴賤関係なく、誰彼構わず剣を握られ、囮として扱われてもなお生き延び逃げ出すことができたのは彼らの知識に他ならない。

それはそれとして都合よく実験台として扱われたことも事実だが。


戦場から逃げ出してからは帝国へ向かわずに西へ流れた。師匠たちは今何をしているのか知らない。

少なくとも魔法を極めれば会いに来てくれるかもしれない。ダークエルフは希少な存在だから。もしくは自分で探すこともできるかもしれない。


帝国に関する気持ちは一日二日で割り切れるものではないし、望まないことをされたせいで心身ともに消えない傷を負わされてトラウマになっているものも多い。

それでも冒険者になったのは世界を渡ればいつか会えると思ったからだ。


「師匠」は人間だし、「師匠」に連なる「弟子」達も人間だった。人間は長く生きることはできない。

なるべく早く再開して感謝を伝えたいのだ。

「師匠たちのおかげでこれだけ強くなれた」と。


世界を見ること、「師匠」に会うこと。

そのためにもまずは冒険者として早く大成しなければならない。

ダンジョンに向かえば早く強くなれるし、踏破をすれば一気に知名度は上がる。


師匠が何歳かは知らない。だからこそ急ぐ必要がある。

もう一度眠りにつくために身を横たえた。


星は瞬いている。


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