初めてのクエスト
草原は平和を絵に描いたようなものだった。
魔物の気配はなく、(草原街道ほどではないにしろ)延々に広がる草原が風に受けれかすかに音を立てる。
体を覆うマントが風にあおられてはためき、フードをめくる。誰もいないならフードをつける理由もな。開けた視界で足元に目を向ければ様々な薬草が点々と咲いていた。
ノレイアは薬草採取に飽きたのか興味がないのか早々に空へ飛んで行き、自分の上空に風を受けて旋回する姿が小さく見えた。
薬草採取自体帝国で「師匠」に貸し出されたときにやらされた雑用の一つの上に、間違えると懇々と薬草についての授業が始まる。たいてい別の問題が発生して横やりが入り、中途半端なまま流れてしまうことがほとんどだったが、自分の中に確実な知識として残っている。
無心で薬草をちぎり、ひとまとめにしてギルドで借りてきた籠の中に無造作に入れていく。
コリスの花は一つ見つければあとは芋ずる式に群生しているところを見つけやすい。大きな花を中心に花束のように生えるからだ。
中心に生える花は「女王花」と呼ばれ、周りに生える花に栄養を送る道筋を作ったり、伸ばした花から栄養を受け取ることでさらに大きく成長する。
そんなことをすれば土地の栄養がなくなると思うが、コリスの花の花びらや茎、葉の部分には漏れ出た栄養が乾燥し粉末状態になった白い粉がある。これが雨によって地面にしみこむことによってさらに肥沃な地となりさらにコリスの花が成長するというシステム……らしい。
逆に言えばこの女王花に気を遣えばコリスの花は半永久的に採取することができる。女王花の存在がよくわからないまま抜いてしまい、花が生えなくなったという例もそれなりにあるらしく、一部の地域ではコリスの花はまぁまぁに珍しい花となってしまった。
しかし栽培は極めて容易なので薬師などは自分で栽培することが多いが、効能は自生したものの方がいいそうだ。
どうりで薬草採取の依頼が来るわけだ。
この草原はどうやらコリスの花、とりわけ女王花の群生地のようであちこちに女王花が見える。ほかの薬草が生えているのも、コリスの花による影響なのだろう。
薬草にはたいてい独特のにおいや口に含むと苦みがある場合が多いので魔物も近寄らない、というわけだ。
コリスの花を20本、だったが、依頼者も多くても困らないだろうし自分も薬草がほしい。薬草はあっても困らない。調合するための器具がないのが惜しまれるがそのうちどうにかなるだろう。
もう一つの依頼の薬草を得るために草原の端へと歩き始めた。
・・・・・
歩きながらヨルモの若葉、もといヨルモの木について思い出す。
ヨルモの木は胸元ほどの高さで生える木だ。寒さや干ばつ病害に強いため街にを彩る木として使われることも多いが、薬草になる葉をつけるにはきれいな空気で育てる必要がある。つまり街にある木は薬草として使うことはできない。森に赴いて採取する必要がある。
この草原のかなり離れたところに木々が生えているところがある。小高い山になっており、かすかな魔獣がその森で生活しているのだろう。
「師匠」がいれば飛んだり転移したりですぐに行けるのだが、あいにく手元には魔法の出力を安定させるための杖がない。不発ならともかく変なところに飛ばされるのはごめんだ。
歩きながらほかの薬草も採っていく。
ノレイアはいつの間にか森の方へ飛んで行ってしまった。
しばらく歩いて森に入れば日差しの通りがよく、木々の香りが鼻をくすぐる。
凶暴な魔獣や大型の魔獣がいるところは常に森に緊張があるがそれがない。気を付けるのなら落ち葉がたまって滑りやすくなっているぐらいだろう。
変に気を張る必要はないと判断し、肩の力を抜く。
目の前にはヨルモの木が生えている。ちょうど若葉が生える季節だからか寝ぐせのようにひょこひょこと枝が伸び薄緑色の若葉が生えている。
慣れた手つきで次々とちぎっていけば籠はすぐに若葉でいっぱいになる。ヨルモの木は生命力が強いので仮に若葉をすべてちぎっても一日すればすべて元通りになる。
無心でちぎり続ければ籠の中に山盛りの若葉ができた。
そろそろ戻るか、と考えると視界の端にホーン・ラビが通り過ぎた。ホーン・ラビは警戒心が強く天敵にあっても持ち前の素早さで逃走するだけの極めて無害な生物だ。
その上肉もそれなりに美味しいため市場に出回ることも多い。
このホーン・ラビはどうやらこの近くが巣穴があるようで、いそいそと穴の中に入っていく。
その様子を見届けた後に笛を鳴らしノレイアを呼ぶ。甲高い音が森に溶けていく。自分が苦手な笛の音だ。これを合図に猟犬や鳥に襲われて傷を負った。
しばらくすると頭上の木にノレイアが止まった。足や口には依頼のものではない薬草をたんまりと持っている。鑑定のスキルを持っていたから、役に立つのだろうと踏んで持ってきたに違いない。やはりノレイアは特別だ。
「ノレイアおいでー」
腕を出して呼び寄せれば、すんなりと腕に止まり、そのまま肩に体重をかける。薬草は自分の足元に散らばった。
ノレイアは大きい分それなりに重いので腕だけで支えるのは無理だ。そのまま肩に止まるように誘導する。
「終わったから帰ろうか」
「ギッ」
久しぶりに空を飛んで満足したのか、ノレイアの機嫌はとても良さそうだった。
時間もちょうどいい頃合いだ。街に戻るとしよう。
その前に採取した薬草を数える。ノレイアが持ってきたのも合わせれば大量だ。
コリスの花は77本採取、そのうち40本を納品。ヨルモの若葉は93枚採取、そのうち50枚を納品。
それ以外は自分の懐へ入れることにした。納品分は「多い」といわれても「少ない」と言われることはないはずだ。いらないなら自分が貰えばいい。
・・・・・
街に戻るとすっかり夕方になっていた。
フードを深く被り、足早に冒険者ギルドに向かう。
「依頼の薬草を持ってきたので確認お願いします」
「はい! えーっと…コリスの花とヨルモの若葉ですね!」
山のように積まれた薬草を籠ごと渡せば、受付嬢は驚きの声をあげていた。
「あそこの草原は薬草がたくさん生えているので、初心者が受ける初めてのクエストとして最適なんですが、ここまでたくさん持ってきた人は初めてです!」
「…そうなんですね」
「薬草の知識が豊富なんですねぇ!」と喜ぶ姿になんとも言えない気持ちになる。そうやって感謝されたりすることはなかったものだからどうすればいいかわからない。誤魔化すようにフードを引っ張る。
「ポーションや傷薬の材料になるのですがその分消費が多いんです。なので常に不足しがちで…。効能も野生の方がいいので尚更なんです」
「報酬金を持ってきますので少々お待ちください!」と言われそのまま待つことになった。
ノレイアはすみっこの本棚に釘付けになっている。ハルピュイアはキラキラしたものに惹かれる性質があるから、本棚には惹かれないはずだが、何か気になるものがあるのかもしれない。
「お待たせしました~! 納品分の報酬になります!」
そう言って差し出されたトレーには銀貨と銅貨が置いてある。
「今回の報酬ですが、提示していた内容よりもはるかに多く持ってきてくださったので、その分上乗せしますね! 内訳ですが……コリスの花は5本一組、20本のところを40本納品で銀貨六枚、ヨルモの若葉30枚納品のところを50枚納品で、銀貨三枚と銅貨五枚になります」
「しめて報酬は銀貨銀貨九枚と銅貨六枚になります! 幸先がいいですね!」
袋に入れれば奴隷の時では得られなかった硬貨の重みがひどく重く感じた。
硬貨の重みに浸るのもほどほどに、今日の宿を探さなくてはならない。
尋ねればこのギルドから少し通りを歩いたところに格安の宿があるそうだ。
ノレイアを連れて宿に向かって歩き出す。
何だかんだ疲れた一日だった。しばらくは路銀を稼ぐためにもこの街にいることになるし、冒険者としてのランクも上げる必要がある。
やることが山積みだ。
ノレイアがチョコチョコと歩きながら傍に寄ってくる。
ノレイアがいれば何とかなるだろうな、とぼんやりと思った。
・コリスの花
効能としては滋養強壮。白い粉(やましい表現ではない)に栄養があるので。
姿としては地面に生えるイチゴを思い浮かべてくれば分かりやすいかと。茎をのばしていろんなところに根を張ります。
・ヨルモの若葉
効能としては治癒力の強化。そのまま食べても効果あり。ただし苦い。ヨモギがつつじの木にに生えているような感じ。




