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語り継がれる詩《ウタ》  作者: アルエルア=アルファール
第三章 奏でられる詩
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銃剣、邂逅


南方諸島連合国ヌフソ所属、港町ベイ――。

諸島連合北部に位置する小さな島だがその影響力は今やヌフソの首都、水上都市ヴェルレイユに並ぶ。

銃士教会――。

絶対安全圏の理想の元に鉄火掲げる修道女達、その本拠地こそがベイである。

小高い丘に佇む教会は今日も港町を見下ろし庇護の手を翳し続けている。



長銃ロルドゥアを肩に掛け、教会の梯子を滑り降りてくるシスター・イレーヌ。


誰もいない踊り場で額に浮いていた冷や汗を拭い息を整える。

それでも何度か頭を抱え、先ほど見た光景の明滅を脳内から振り払おうとしていた。

やっとの事で落ち着きを取り戻したイレーヌは人で埋まる教会の大広間、

そこで配膳に勤しむ戒導長デトナ・プルヴィスの元へと向かう。


魔女アヌエトの緊急避難指示によって押し寄せた人々は、

東西南北にある島々でも特に港町ベイ、銃士教会の庇護を強く欲していた。

港には大型小型問わず船が押し寄せ、騒ぎに乗じた平和の乱れさえも大小を問わない。


銃士教会の狙撃手として伝令も兼ねる彼女は、

事の重大さからその足取りは重くなるも、しかし押し潰されること無く、

人を掻き分けながら報告に急ぐ。



「デトナ。少しよろしいですか?」



「イレーナ? 少しお待ちになって……」



混み合う喧騒の中でも正確にイレーナの声を追うデトナ。

盲目であることを意識させない異常なほどに鋭い聴覚がデトナを戒導長として、

延いては銃を扱う者達の長として確立させている。


人混みを避けた教会の一角。

一拍空けて話し始めるイレーナは、先ほど垣間見たばかりであった終(・)焉(・)紛いの海原の出来事を報告する。


デトナは顔色ひとつ変えずその報告に聞き入った。

倍率を絞った照準器であっても遙か遠くの光景ではあったが、

デトナはそれを耳で捉えていたらしい。


活性化魔物の上陸を警戒するため海の監視も怠らなかったイレーナは、

周期を無視して浮かび上がったリヴァイアサンと、その脅威を退けた船団の活躍を

長銃の照準器越しに見届けていた。


呑み込まれる海原と、呑み込まれる筈であった船。

迸る炎に止まらぬ筈の巨影が止まり果て。

振り上がった尾鰭。

終焉齎す大津波の発生。


その津波を消し飛ばした、暁の一閃を……。



「先ほどの音……。

 只ならぬ事とは思いましたが皆の手前顔色を変えるわけにもいかず……。

 ですがやはり、海の口が開いていましたか。

 それで? 彼の者を撃退したと思しき存在は?」



「船の形状から、プラード船団の仕業であると思われます。

 進路は真っ直ぐ此処を目指しているかと……」



「……」



腕を組み頬杖しながら考え込むデトナ。


プラード船団――。

大型旗艦リヴァイアサンで以て海原を回遊する元(・)海賊。

アヌエトへと挑み敗北を喫した後は専ら商船として貿易に勤しむと評判。

船団を纏め上げるイズナリ船長、その悪名は今は落ちていようとも、

犯した罪の清算が既(・)に(・)済(・)ん(・)で(・)い(・)よ(・)う(・)と(・)も、

要らぬ火の粉は振り払うに越したことは無い。


イレーナへ即座の撃沈命令を下さなかったのは、単(ひとえ)にリヴァイアサン撃退の報が気掛かりでもあったからだ。


如何なる魔法、如何なる術を用いたとしても、

理に座しているも同然の存在を撃退できる訳が無い。



――何らかの力を手に入れた?

――その力でアヌエトを討ち大海賊へ返り咲く?



「海を相手に勝利を収めながら……、

 大潮に乗って直接首都へは向かわず、わざわざ此処へ……。

 領地を焼け野原に? ……それを以てして魔女への意趣返しとするなど、

 あ(・)の(・)男(・)には似合いませんわね」



ふぅと息を吐くデトナは、虚空と化した眼窩を伏して開く。

その様に、イレーナの全身が総毛立つ。


教会の灯りも……。

白み始めた空の明かりも……。

辺りに散るあらゆる光が、その眼窩の元では静かな冷たさを帯びていくようだった。


普段は厳粛、そう在りながら温和。

実戦は苛烈、そう在りながら柔和。


笑みの絶えない長。


緩急の、時と場所を適切に選ぶその性格は、

食事の席でも、祈りの時間でも、軽度な罪に説教を披露するときでさえ保たれていた。



そんなデトナから慈悲が――、――慈愛が無くなっていく。



デトナは首から提げた銃士教会の意匠に手を当てて魔力を籠めると、

シスター専用の念話魔法が展開。


告げられる静かな命に、シスター全員の背筋が引き締まる。



「戒導長デトナ・プルヴィスが命じます。

 海岸線を守るシスターは最少人員を維持。

 その他は避難民を教会周辺アルヴの丘に誘導、守りを固めなさい。

 港には決して近づかないように……


 ――私(・)が(・)銃(・)を(・)構(・)え(・)ま(・)す(・)」



その歩みに撃滅の意思を秘めながら……。

戒導長デトナ・プルヴィスは港へと歩き出した。



時を同じくしてプラード船団、甲板――。



「――と、まさに理想を現実とした集団である銃士教会のお膝もお膝元、それこそが港町ベイなのです。

 悪いことをしたらぁ~……即っパーン!ってされちゃいますからね?

 分かりましたかオルネアさん?」



「オレなのか……。そこはイズナリの身を案じてやるところだろうに」



犯罪、即、殺しの罰、……とまではいかずとも厳格な法の下で存在しているらしい港町ベイ。

その現状を知っているはずのイズナリは意外にも悠長にマストに寄りかかり酒瓶を傾けている。

上陸後には寿司屋と呼ばれる場所にも向かう気満々のようで、警戒している様子も怖じ気づいている様子も無い。



「へっへぇ~、気になるかい?」



甲板隅に酒瓶を投げ捨ててニヤけるイズナリ。

どうやらその仕組みというものを見せつけたくて仕方が無いらしい。



「銃士教会のシスターってのは確かに恐ろしい。だがまぁそれも銃有っての物ってことよ。

 あいつらの銃弾は、俺(・)ら(・)に(・)は(・)当たらねえ。

 もうとっくの昔に……俺らプラードの罪は清算済みなんだよ」



余裕の笑みに滲んでいた何かを、

イズナリは潮風に乗せて吹き飛ばし、そしてまたニヤける。


潮風に流されていく何(・)か(・)――。

真意を交えたオルネアだけがそれを正しく認識していた。


強靱な意志、煮えたぎる様な野心の塊。

そんな漢が自暴自棄になるまでの体験など、そこに魔女が介在していたのだとすれば

その規模と内容など想像に難くない。


イズナリの言葉には信用に値する重みと含みがあった。

ただ港に近づくにつれ肌を圧すようになる威圧感にオルネアは、背の剣その柄に手を掛ける。


それは殺気のように鋭いがどこか狙いは付けておらず。

それは遠ざけるように意思を秘めながら然りとて押しのけはせず。

それは品定めに似た視(・)線(・)、

それは敬虔なる信徒が行う喰らう前の祈りの雰囲気を漂わせる。



「オルネアさん、警戒を解いてください。

 出来ればゆっくりと……」



視線を港の一点に集中させたアルアの静止に、緊張感が滲んでいる。

ただし、経験に則った落ち着いた声色でもあったことで、オルネアは手を下ろした。



「当代の戒(・)導(・)長(・)様直々のお出ましたぁ……俺らもまだまだ捨てたモンじゃねぇらしいな」



緊張感を物ともしないイズナリが船首へと乗り出し、着港した途端一番に降り立つ。



「プラード船団船長、イズナリだ。

 旗艦リヴァイアサンの着港許可を貰いたい。

 期間は船体の修理完了まで、俺含め乗組員は港付近を出ないことを約束しよう」



「戒導長デトナ・プルヴィスと申します。

 提示していただいたお約束を守られる限りは着港、停泊を許可致しましょう」



黒を基調とした重厚な礼服、その中程を摘まみ慎ましやかに会釈する戒導長と呼ばれる女性。

伏したままの顔、閉じられたままの目を見て、船上で感じた視線の当人であると確信しながらも、

オルネアは彼女が盲人であるという事実に只者ではない物を感じ取っていた。


さして間を置かずに前提条件を呑んだデトナは、自身の判断の中核がイズナリに無いと確信していた。


真偽を見極める開かない瞳は、桟橋に下りた剣士に注がれ始める。


その間もアルアは頑なに先頭を譲らない。

結界を張っている訳でもないが、筆と書は仕舞い込んでいる。



「アルエルア様、会議の席以来ですわね」



「はい、デトナさん。2秒ぶりですかね」



アルアの軽口に微笑むデトナ。

しかし、妙な緊張感は膨れるばかりだ。



「そちらの貴方。……お名前を聞かせていただけますか?」



目の前に居ながら、

視線を持たぬ者でありながら、

全方位から迫るような鋭き視線の気配。


アルアを前にしていなければ、それは抜剣に値していた。


かつて――。

剣神との戦いでアーヴァンを縦断した剣戟の後、あのルファシアを前にした時の様に……。

故郷で遭遇したあの深緋の魔人に酷似した気配。



「オルネア……」



名乗りの後に訪れる静寂こそは……。

デトナ側もそれを承知であるということに他ならない。



今此処に二人きりで在ったならば、互いに得物を向け合っていただろうということを。



それこそは、お互い様。

周りの状況が相互にそれを辞めさせるに足る判断材料でもあった。


――港近郊。

商業施設ひしめく建物からは、避難してきたであろう未だ移動中の人々が列を成している。


――船長の態度、並びに船体の状況。

態々許可を取る律儀さと最低限の礼節を踏まえ、行動範囲などの条件を向こうから提示してきたこと。


そして賢人の、とりわけ歴史が古く長い者による庇護の判断。


続くデトナの声は、纏っていた冷たい雰囲気を一歩引かせたものであった。



「ようこそ、港町ベイへ。

 ご説明は態々せずとも聞き及んでいるものとして今は省きます。

 ご覧の通り。今は近隣諸島からの避難民の対応に追われておりますの。

 手厚い歓迎ができないことはどうかご容赦下さい。


 そして――」



バババババババンッ――――



「――暫し手をお貸しいただけませんか?」



イズナリ、アルア、オルネア、桟橋にて応対している三名の背後。


飛びかかっていた七匹のカイプネルサ。

その急所を、七発の弾丸が正確に射貫いていた。


デトナの突き出された手に握られていた物。

煙をひと筋上げるものこそが彼女たちの武器。

鋼の灰色に差し込まれた白金の銃身、赤熱する銃口、

装填数七発の回転式拳銃、ドラグリア=ロア――。



――反応できなかった。



戦慄するオルネアの胸中は水面下に潜んでいた魔物にはない。

目の前で銃を抜き、七発全て撃ちきるまでに、身体が全く動かなかったことにある。

ゆったりとした装填の様子に先ほどまでの瞬発力は無い。

だが装填終わりに銃を構え、狙いを付けてから引き金を絞るその瞬間が、目で追えない。


水面の僅かな起こり、目では無く耳で把握した景色は、

一流の魔女が掌握した戦場と同義。


発砲、着弾、撃滅、腕を振る刹那で七度それを成すデトナ。


剣を抜いたオルネアは、デトナの真横から迫るギトワークの大鋏を叩き落とした。



「間に合いませんでしたわ、感謝いたします。

 ……先ほどは要らぬ威圧でしたわね。後に謝罪も受け取って下さる?」



「一発残しておいて何が間に合わないんだか……。

 謝罪する気があるんなら、殲滅し終えてからにしよう」



盲目の鉄火と赤熱する剣士の協奏が港町に暫し響くのであった。


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