1 新たな門出
1
王都の衣料店、試着室から出てきたワンピース姿のミリアは、華奢な身体を華麗に一回転して見せた。
「うん、良いと思う。凄い似合ってるよ。綺麗だ」
「ありがとう。じゃあ、これにする」
屈託の無い笑顔を浮かべたミリアがとても可愛く見える。
魔王討伐から10日目、どたばただった日常もようやく落ち着きを見せ始めた。最初の数日は連日のように祝賀会やらパレードに参加させられ、それから解放されたかと思えば、今度は街の何処に行っても人だかりが出来てしまう。
パン屋で自分の顔が商品になっている物を見た時には顔から火が出そうになった。それ以外にもやたらと自分の名前が付いた商品が至る所で売られている。どうにもこうにもこっ恥ずかしい。
そして、昼食を取るため飲食店街を目指して歩いていると、ふと嫌な視線を感じた気がした。そちらに注意を向けた直後、何かが飛んでもない勢いで飛んでくる。
それを左手でキャッチした。
リンゴだった。
「危ないなぁ、もう。誰だよ? ミリアに当たったらどうするんだ」
十日前の自分なら頭に直撃していたかも知れない。けれど今はやたらに動体視力が上がり、身体能力も異様なほど向上しているのだ。
肉体能力が貧弱な召喚士とはいえど、レベル999はだてじゃない。
誰かが遠くで舌打ちするのが聞こえた。聴力までも敏感になったのは良いが、こうやってたまに聞きたくないもの聞いてしまう。どうやら、誰かに恨まれたらしい。
前人未踏のレベル頭打ちに到達してしまったのは、魔王軍全ての総経験値を一人占めしてしまったためだ。なんだか非常に申し訳ない気分になってしまう。そりゃ恨む人もいるのかも知れない。
そう言えば、舌打ちのそれが何処かで聞き覚えのある声だった気がするけど、思い出せない。けれど酷くどうでも良い事のような気もする。
――まぁ、いいか。リンゴゲットしたし。
「うわぁ、これ美味しそう!」
ミリアが足を止めたのはカフェだった。そこに飾られていたケーキにキラキラした眼差しが注がれている。
「じゃぁ、ここにするか」
「やった!」
ミリアが飛びあるような勢いで喜ぶ。
なんかイメージしていた昼食と違うけれど、洋菓子と一緒に並んでいる肉が挟まれたパンが美味しそうだ。
一緒に過ごしていて分かったのだけれど、ミリアは甘い物に目が無く小食だった。
自分もそんなに大食なほうでは無いけれど、それでも自分が選んだ店の一人前は大抵の場合、彼女には多すぎる。
「沢山食べないと大きくなれないぞ」
と思わず言ってしまった事があるが、
「これでも大人だし、ラウルより大分歳上だと思うよ」
と笑顔で怒られてしまった。
ケーキとサラダと言う謎な組み合わせを選択したミリアと向かい合って座り、食事をしながら、今後について話し合う。
ある程度の方向性は既に決まっていた。二人で決めた大きな計画があるのだ。
計画のきっかけとなったのは壊れた召喚リストにある。リストを横にスライドさせると全く別のリストが現れたのだ。
そのリストにある全てのものの攻撃力はゼロ。しかも異様な金額を消費するものも多々ある。その多くの物はやはり見たことも聞いたことも無い物だ。ただ知ってるものあった。
それを見つけた時の感動を今でも覚えている。
「『橋』は知ってる! 『石畳み』も『民家』も解かる! でも分からないのも沢山あるね。『ダム』って何だろうね? 『鉄道』って鉄で出来た道かなぁ? なんか歩きづらそう」
「うーん、分からん。でもこれってヒトの生活に密接に関わるものなんだろうな、全部。そういうリストだと思う」
「私もそう思う! これ使ったら一つの街くらい作れちゃうんじゃない? ううん、国が作れちゃうかも」
「やっぱりミリアもそう思う?」
「うん、思うよ! これ凄いよ!」
ミリアと二人、夜遅くまで延々とそんな会話で盛り上がった。
国を創る。馬鹿げているかもしれない。けど、それが可能になるかも知れない力を手に入れたのだ。何が何でもやってみたいと思った。
それを今日、王に謁見し伝えると決めたのだ。
「いよいよだね」
ミリアが不意に食事の手を止めて言う。
「ああ」
それに確かな意思を込めて頷いた。
2
「なんと、国を出るとな?」
王は驚いたように目を見開いた。
「はい」
「そうか……この国になにか至らぬことでもあったかな?」
「いいえ、この国は素晴らしい国です」
「では、何故」
「私も、国を創って見たくなったのです」
言った瞬間、謁見の間にどよめきが走った。
王の目がスッと細められる。
「なる程、伝説は本当であったか。魔王を倒した者は王となり国を建てる。我が国の始まりもそう言い伝えられていたな? のう、ルカよ」
「はい。その通りでございます」
宰相が深々と頭を下げながらそう答えた。
「だが、其方は何処に国を建てるつもりなのだ? 住みやすい土地は既に各国の領地が密接しておるが……」
「ムーアの大森林に建てたいと考えています」
再び謁見の間にどよめきが走り抜ける。
「あの、亜人達の地にか。確かにあそこはこれまで、魔物の出現率も多かった故に未開の地ではあるが……いやしかし。なぜ故、その地を選んだのだ?」
「それは……」
実を言うと理由を言いたくなかった。それはあまりに単純な理由だからだ。
けれど、謁見の間は静まり返り、自分の言葉を皆が待っている状態だ。
ミリアに視線を何となく送ってしまった。
「それは、ミリアの故郷がそこに在ったと聞いたからです」
相当な決意の元に言ったつもりなのに、謁見の間は静まり返ったままだ。
王も目を見開き硬直しているような状態だ。
――だから言いたくなかったのに……
やがて、王が声を上げて盛大に笑った。
「なる程、惚れておるというわけだな」
「いや、えっと、その……」
「若さとは素晴らしいものよのぉ、ルカよ。そうは思わぬか?」
「はい、誠にその通りでございます」
宰相も笑いながらそう答える。
恥ずかし過ぎて、その場でぐるぐる回りたい気分になって来るが、そこはグッと堪えた。
「止めても無駄であるのだろうな? 其方のような人間を失うのは、国としては大きな損失となる」
「有難き幸せなれど、私はどうしてもやってみたいのです」
王が深く頷いた。
「では、我が国が貴国の最初の同盟国となろう。そしてこれより私は其方の友人だ」
その言葉にグッとくるもの感じ、地に頭をこすりつける様にして礼を言う。
「これから其方には多くの苦難が伸し掛かるであろう。国を治めると言うのは決して楽なものではない。だが、何かあれば頼って来るが良い。いつでも相談にのろうではないか。ルカを頼ってくれても良い。我が宰相は優秀であるからな」
「勿体なきお言葉」
宰相が深々と頭を下げた。
「有難うございます。そして今まで本当にお世話になりました!」
「そう言われてしまうと、何か家族を養子にでも出す気分になってしまうな。さぁ、行くがよい。見事、国を立ち上げて見せよ! そして我が国の有用な交易国として成長して見せよ」
「はい!」
再び深く頭を下げ、そして立ち上がる。何処からともなく拍手が沸き上がった。見れば王すらも手を叩きながら何度も頷く。
これはこれで恥ずかしい。
照れくささと緊張から解放されたので、ぎこちなく動く身体。全く持って格好の付かない退場ではあるが、これが自分らしいのかもしれない。
隣に目をやると、ミリアが微笑んでいた。




