二話 炎の魔女が成したこと
レリベウス自治領を離れて数日が経った。
オールトとネムは山中で採れる木の実や野草といったもので飢えをしのぎ、逃亡生活を続けていた。山間の小さな集落はいくつか発見したが、やはり近付くことはできていない。
過酷な逃亡生活の中でオールトが意外に思ったのは、ネムが随分と元気なことだ。スタミナのつく食事にはありつけていないと言うのに、歩いている最中に弱音を吐いたりなどは一切ない。慣れている、という彼女の言は本当だったのだろうと素直に感心する。
オールトも今のところ疲れを実感していない。異常な体質のせいか、そもそも体力というものが存在しないのか。
となると山中でかなりの時間を稼げるとは思いながらも、逃亡生活には終わりなどなく、山中で暮らそうと思えば、それは死ぬまで暮らす覚悟が必要になる。先行きは見えないに等しい現状では、時間稼ぎができても意味など無いのかも知れない。
「そう言えばオールトさんは、シェルスティアから出てどこへ行くつもりだったんですか?」
「あぁ」
息の上がっているネムからされた問いに、オールトは目的があって旅をしていたことを思い出す。
逃げる当てなど無いが、向かう先ならあるのだ。逃亡生活の中でそのことを忘れていた。
「あっちのほうだ」
「そんな適当な……とにかく西、ですか?」
「うん」
ただ、オールトは正確なゴールがどこなのかを知らなかった。忘れていたのはそのせいもある。
「行き先を固めるためにレリベウス将軍を訪ねたんだけど、聞きたいことを全部聞けなかった」
「あぁ、だから牢屋から逃げようとしなかったんですか。本当に用事があったんですね」
本当ならば再開を祝して積もる話でもしたいとオールトは考えていたが、その考えはあまりにも甘過ぎた。オールトは、メフュラ帝国滅亡後の五年間をあまりにもお気楽に考えていたのだ。
「で、何を聞こうとしたんですか? 炎の魔女について聞いてましたよね。あぁ、まさか……」
「うん。どこにいるのかなって」
オールトの旅の目的は、炎の魔女に会うことだった。
「領主様が言うには、炎の魔女はオールトさんの婚約者、でしたっけ」
「名前はソリン・イルトイと言って、俺の魔術指導係だった。鬼のように厳しい。けど、優しかった」
ネムは嫌なことを聞いてしまった、とばつが悪そうな顔をする。その話が本当ならば、オールトは婚約者に焼き殺され、国を滅ぼされたことになる。そんな人物を、オールトは優しいと評しているのだ。ネムはその様子に虚しさを覚える。
「……会ってどうするんですか? 復讐?」
「お茶でもしたいと思う。ソリンは紅茶を淹れるのが上手かったし、お菓子作りも上手かった」
ネムはその答えを聞き、唖然とする。
「い、いやいやいや、国を焼いた女とお茶? 正気ですか?」
「あぁ」
オールトの即答には、特段気負った様子はなかった。相変わらず感情は希薄なままの、素っ頓狂な言葉。体質だけではなく感情にまで異常性を抱えているのかこの王子様は、とネムは内心でツッコミを入れる。同時に、オールトの考えがあまりにも甘過ぎると怒りすら覚える。
「炎の魔女がメフュラ帝国を滅ぼした後、何をしたか知ってますか? 他の国にも襲い掛かったんですよ?」
「そうなのか?」
その間、オールトはシェルスティアの炎に包まれていたから知る由もない。ネムの話に、オールトは少し驚いた様子だ。
「東ノイギャリア大陸を所せましと飛び回って、滅んだメフュラ帝国の領土を奪おうとした国を焼くだけならまだしも、無関係な戦争に割り込んでは両軍とも焼いたりしたんですよ。そのせいで、ここ数年各国は派手な軍事行動を起こせていません」
戦乱の世の中は、炎の魔女の出現で一時的に休戦状態となっていたようだ。どうやらメフュラ帝国の領土を接収した国の中でも、ディカナイ王国は無事だったようだが、ネムの話を聞くに炎の魔女の標的は完全にランダムと考えていいだろう。
「まぁ、炎の魔女が出たって話を聞かなくなってから、もう一年くらい経ちますし、そろそろどこかが動くかも知れませんけど」
「それ、詳しく聞いていいか?」
何となく発したネムの言葉に、オールトが食いつく。
「炎の魔女が最後に現れたのはどこだ?」
「い、いや、最終的に炎の魔女の噂は尾ひれが付きまくってですね、火山に身を投げて自殺しただとか、とある国の英雄が討ち取っただとか、ラバス魔術院が捕らえて解剖しただとか……だから最後に現れたのも、そういう噂に埋もれちゃってて」
結局のところ、正確な情報はない、ということだ。
「そうか。でも多分、ソリンはまだ生きている」
「えーと、一応根拠をお聞きしても?」
あまり期待せず、ネムは問う。
「何となく、呼ばれている感じがする」
「……それが、西のほうってことですか」
「うん」
目的地がはっきりしないというのは、そういうことだ。
西の方角にソリンはいる。少なくともオールトはそう信じ、旅に踏み出したのだ。
「私、厄介な目的を持った人と一緒に逃げてるんだな、ってようやく実感しました」
認識が甘かったのは自分のほうだ、とネムは反省する。
「そうだな。オブライエンは勇気がある。でも、無理についてくることはない」
オールトはネムを気遣う。同じく追われる身ではあるが、オールトの旅路に付き合う必要は全くないのだ。再会できたとして、何が起きるかもわからない、というより、危険のほうが大きいだろう。
「何言ってるんですか。逆に面白くなってきましたよ」
「そうか。オブライエンはわんぱくだな」
しかし、ネムにはまだ離れるつもりは無いらしい。それどころかむしろ、オールトへの興味が増したと見える。
「あ、でも私に危険が迫った場合は守ってくださいよ!」
「任せてくれ。俺は無限に身を挺することができる」
生来の好奇心を刺激されたネムは、疲れた足に活力が戻ってきたことを感じる。
旅路の終わりに何があるのか。
燃え盛るシェルスティアを見るというネムの逃亡生活における目標は更新された。
興味の尽きないこの人に、ゴールで何が起きるのだろうか。ネムは歩きながら、色々な想像を繰り返すのだった。




